集中して仕事をしようと
朝から準備していたときに限って
ニャンコにオシッコをされて
臭くってかなわないので
布団を丸洗いしなきゃいけなくなったり
ワンコが散歩がしたいと
玄関から離れようとしないので
仕方なく散歩に連れ出したり
窓から気持ちの良い風が入ると
獣たちの抜け毛が部屋中転げ回るので
仕方なく掃除を始めたりと
自宅がオフィスを兼ねていますと
予想していなかった邪魔が入りましてね
なかなか集中できないもんなんです
でもね
だからといって
イライラするかといいますと
実は、逆なんですね
思い通りにならない時間を
楽しんでいるとでもいいますかね
思うんですよ
仕事というのは
なかなか成果が現れないけど
いまのこの時間は
確実に成果の出ている時間だってね
仕事をしていれば
イライラすること
カチンとくること
ぶん殴りたくなるようなこと
いろんなことがありますけど
怒りには常にリスクが伴いますから
堪忍袋の尾が切れて暴れてしまったら
ハイ其れ迄っていうことになり兼ねません
いやね
思うんです
怒りという感情と冷静に向き合うには
怒りのメモを取って、読み直してみる
これに限るってね
昨日頼んだことを
何故、あいつはやっていないんだ とか
どうして、あの上司は
嫌味っぽい言い方しかできないんだ とか
メールをしてもう三日になるのに
返事をしてこないのは、怠慢だ とかね
こんなことを
マメにメモを取って
冷静な頭で読み返してみるんです
マメにメモを取る
これをマメモって言うんですけどね
そうしますとね
その怒りの下らなさに
怒りも冷めてしまいましてね
次にやるべきことって
自然と見えてくるもんなんですわな
天ぷら油に火が回ったときは
キャベツや白菜の葉っぱを数枚用意して
油の中に放り込んでやると
火が消えるってご存知ですか
これって、子供の頃
おばあちゃんが天ぷらを揚げているとき
近所の友達と話し込んじゃって
2メートルくらいの火柱が上がりましてね
実際にやって消化した方法なんです
いやね
思うんです
火事も怒りも
小さいうちなら
冷静ささえ失わなければ
対処の方法はいくらでもあるんだけど
どちらも
大きくなっちまうと
消化するのはなかなか難しいってね
ですからね
カッとなるようなことがありましたらね
サッとキャベツの葉っぱを投げ込んで
怒りの感情を消化するんだって
自分に言い聞かせておかなきゃ
ならんわけです
もっと真面目に仕事をしてくれるかな
君のために、こっちは迷惑を被っているんだ
こんなこと
いきなり同僚から言われたりすると
カチンときますわな
こっちこそ
お前のお陰で迷惑してんだ
フザケんじゃねぇ〜
見事なまでの
売り言葉に買い言葉ですが
こんな風に
やられたらやり返すってしてますと
モチベーションが落ちましてね
間違いなく
仕事は残念な結果へと
向かって行くわけです
いやね
良く言われるじゃないですか
売られたけんかを買うのは
アホな奴のすること
賢い奴は
売られたけんかを
クーリングオフして買わないもんだってね
何を言われても冷静でいると
けんかを仕掛けてきた相手も
気を削がれましてね
大抵の奴は
静かになっちゃうんですわな
新しい仕事や
大きな仕事に挑戦しますと
いくら努力をしても
一向に結果が付いてこない
なんていうことがあるものです
こんなとき辛いのは
結果が出ないこと以上に
自分の無力をコレでもかコレでもかって
知らしめられることのような気がします
こんなときは
自分に言い聞かせるしかありませんね
この努力は
いつの日か必ず報われる
小さな努力を積み重ねることしか
目の前の壁を打ち破ることができないってね
同時に
何をやっても無駄さ
止めとけ止めとけという
悪魔の囁きに耳を貸さない覚悟でしょうかね
やりたくないけど
どうしてもやらなきゃいけない仕事
そんな仕事ってありますよね
そんな仕事に
前向きに取り組もうと思ったら
それなりに自分を納得させるだけの
言い訳って必要だと思うんです
一生懸命やって仕事が上達すると
自分の成長を自分自身で実感できるぞ とか
効率良く仕事ができるようになれば
より高いレベルの仕事に
挑戦することができるぞ とか
この仕事で結果を出せば評価され
ライバルたちを見返してやれるぞ とかね
こうやって並べてみますと
良いことばっかりが並びますよね
いやね
つまらないと思うような仕事ほど
やらされているという感じが強くて
成果ってなかなか上がらないものなんですが
一旦成果が上がってしまいますとね
あれ程、つまらないと思っていた仕事が
結構、楽しくなったりするもんなんですよね
普通に生きてりゃ
職場やプライベートで
幹事・委員長・会長といった
まとめ役を申し付けられることって
あると思うんです
そこには
非協力的な輩もいますし
自分勝手な行動をする人もいます
わがままを言う人もいますし
文句ばかり言う人もいます
そんな人達を
ひとつにまとめて
何かをしようなんて思いますと
大変なストレスになりますから
イライラすることが増え
心穏やかとはいきませんわな
それでなくても
日々の仕事や家事が忙しいのに
人の為に苦労なんかするのは御免だって
普通は思っちゃいます
でもね
思うんです
非協力的な人、わがままな人
そんな人をまとめ上がる経験って
自分を鍛える絶好の機会かもしれないってね
まとめ役を嫌がってばかりいないで
ちょっとやってみるのも良いかな
なんて思うわけです
最近の気候って
朝は肌寒いと思うくらいなのに
昼間はすっかり夏ですから
その温度差って20度近くで
本当にグッタリなわけです・・・
でね
ちょっと思ったんです
冬の寒さの中では
爪先まで冷え切ってしまい
暖かい春よ早く来てくれなんて思いますし
夏の暑さの中では
いま着替えたのに、もう汗ビッシャ
涼やかな秋よ早く来てくれなんて思うわけです
寒さを嫌がり
暑さを嫌がる
そんな否定的な感情が生まれるのは
当たり前だと思うんですが
ところが
一旦、そんな感情が芽生えちゃうと
不思議なもので
心底、寒さ、暑さが身に染みましてね
辛さが倍増しちゃうんですね
日本人特有の
冬の寒さの中の静けさを楽しみ
夏の暑さの中の風流を楽しむ
そんな
ありのままを受け入れようとする文化って
やっぱり
世界から見たらクールなんでしょうね
信頼していた部下が
急に辞めると言ってきたり とか
夜遅くまで頑張ってくれているなぁ
なんて思っていた社員が
実は競合に情報を漏らしていたり とか
当社がここまでやってこれたのは
御社の協力があってのこと
なんて言っていた顧客が
突然、取引を止めると言ってきたり とかね
何も悪いことしていないつもりなのに
まるで悪いことをしたかのような
天罰みたいな酷い目にあう
なんていうことって誰もがあると思うんです
でもね
これを天罰って思うのは
どうかなって思うんです
だって
もうすでに
現実に起こっていることなんですからね
ゴチャゴチャ考えずに
これを機会に
これまでのことを一旦リセットして
心機一転、出直してみなはれ
そんな
天からの励ましの声だと
受け入れた方が良いように思うんですね
そうすりゃ
簡単に気持ちを切り替えられますもんね
仕事でもうだつが上がらない
私生活もトラブルが続いて
もうウンザリだ・・・なんてね
生きてりゃ
何をやっても上手くいかない
そんなときってあるわけで
避けて通れませんわな
だったら
現実から目をそらさず
そこから逃げ出さず・・・
私にも
一丁前に試練のときがきた
ひとつ踏ん張ってみますかね
・・・てな調子で
楽しむしかありませんわな
ひとり暮らしをしていると
漠然とした不安が
頭を支配しているものです
いま、急に気分が悪くなって
起き上がれなくなったらどうしよう とか
能力がないからって
仕事をクビになったらどうしよう とかね
不安の迷路に一旦迷い込むと
そこから抜け出すのは
なかなか難しいものです
こんな不安を軽くするには
どうすればいいのか・・・
いろんな手があると思うんですが
簡単な方法のひとつとして
これだけは大丈夫って思えるような
小さな満足感を持つのがいいと思うんですね
例えば
トイレットペーパーを1年分
部屋の隅にうず高く積み上げておくとか
ティッシュペーパーを100箱
綺麗に並べてストックするとか
いろんなメーカーの缶ビールを
出来るだけたくさん揃えてみるとかね
こんなにたくさん蓄えがある
向こう1年は大丈夫だぞって思える
そんな満足感が、漠然とした不安を
払拭してくれると思うんですね
忙しい毎日を送っていると
こんなに頑張っているのに
結果が出なかったらどうしよう
仲間には馬鹿にされちゃうし
ライバルには差をつけられてしまう
あのとき、もっとやっときゃ良かった
なんて
不安や恐怖、後悔や自己嫌悪の念で
心が乱れているもんなんですね
これに負けないで
心穏やかに仕事と向き合おうと思ったら
どうすればいいのか
結構
これって厄介な問題ですわな
思いますに
ある意味
開き直るとでも言いますか
まずは、目の前のやるべきこと
必要だと思うことを粛々とやって
やっていることで安心すること
その上で
たとえ結果が悪くても
やることをやった上での結果なんだから
仕方ないじゃないかって
開き直っちまうことじゃないでしょうかね
上手くコトを運びたければ
予感とうまく付き合う必要がありますよね
やろうとしている仕事が
トントン拍子に運んで
みんなから拍手をもらっている
そんな
上手くいったときの光景をイメージして
ポジティブな予感で頭を一杯にするって
予想以上に実力が発揮できたりしますからね
でも
それだけじゃアキマセンよね
やろうとしている仕事が
いろんなトラブルに巻き込まれて
二進も三進も行かなくなって呆然としている
そんなイメージもする必要がありますよね
ネガティブな予感は
不安を煽り、悪い結果を招くと言われますが
この不安に対して
ひとつひとつ対応策を講じ
クリアにしておかなければ
結局のところ
トラブルで行き詰まってしまうんですね
悪い予感といい予感
きちんと両方やって
はじめて、コトが上手く運ぶというわけです
恐怖や不安、見栄
そんなものから出た
その場しのぎの嘘は
自己防衛のつもりで
軽く言ったとしても
その場を乗り切ったあと
続いてやってくる
バレたらどうしようという
何倍にも膨らんだ恐怖や不安が
日常生活を蝕んでゆくもんです
よく言われますよね
嘘を守るためにさらに嘘を重ねるってね
そんな生活が待っているわけです
辛いですわな
やはり
どんなに苦しい局面にあっても
その場をとりつくろうような
姑息な嘘を言わないこと
これのような気がします
我々のような普通の人間は
どんなに追い込まれた状況だとしても
自己防衛機能を正常に働かせるためには
正直でいることが一番だというわけです
仕事も生活も将来も
何もかもが不安になると
見えない不安は勝手にドンドン膨らんで
日常生活に要らぬ影響を与えますね
何かをしようとしたとき
何かをしてもらったとき
声を掛けてもらったとき
不安で
疑心暗鬼になった心は
騙そうとしているに違いない とか
私を蹴落とそうとしている とか
笑い者にしようとしている とかね
どんなことに対しても
素直に捉えられなくなっちゃうんですね
そうなんです
何となく不安でいるって
もの凄く危険なことなんです
こんなときは
不安の正体を知る努力をするしかありません
仕事でしたら
最近、お客さんの態度が変わった気がする
取り引きを中止されたらどうしよう
最近、部下の私を見る目が冷たい気がする
何か気に触ることをしたんだろうか
最近、上司が私を避けているような気がする
人事異動でもあるんだろうか
こんな風に不安の正体が
ボンヤリとでも見えてくると
だったら
どうしようかって考えられますから
むやみに不安に振り回されることって
無くなるわけです
普通に生活していれば
仕事でも
プライベートでも
どんなときでも
人と向き合って生活しているわけですが
どんなに
人付き合いが好きな方でも
今日は誰にも会いたくない
そんなときってあると思うんです
そんなときは
無理をしないで
自分と向き合う時間に当てる
それに限りますね
その時間って
疲れた心を癒してくれる
貴重な時間になるに違いありませんからね
働いていれば
同僚よりも仕事ができると思われたい とか
いい生活をしていると思われたい とか
他人にはない能力があると思われたい とかで
ついつい
見栄を張ってしまって
偽りの自分を演出しちゃうんですよね
しかし
こんな、つまらない見栄は
自分より優れた人と出会ってしまうと
あっという間に瓦解しちまいますからね
今度は
妬ましいとか
悔しいといった感情が支配しちゃって
辛い時間を過ごすことになるわけです
やはり
仕事と向き合うときは
いい格好をしようなんて思わないこと
これですね
自分を大切にし
謙虚に生きている姿の方が
本当は格好いい
そんな気がするんですよね
欠点というのは
人から指摘されると
不思議なもので
私だけじゃない
あんたもそうだろうって
思っちゃうんですよね
ということは
偉そうに人を非難したり
余計なひと言を言ったりなんかすると
言われた相手は
顔には出さなくてとしても
心穏やかではないということなんですね
いやね
組織で気持ち良く働くには
人の欠点が目に付くことがあったとしても
それを指摘せずに
見なかったことにするって
大切なことなのかもしれないって思うわけです
同じように
他人の悪口というのは
魅惑的な香りがするもんですが
これに
安易に相槌なんかしちゃうと
そこに悪意なんかなかったとしても
争いごとに巻き込まれてしまう
なんていうことになり兼ねませんよね
やはり
他人の悪口が聞こえてきても耳を貸さない
これも組織で働く上では
大切なことのように思うわけです
人から何かを頼まれるとノーと言えずに
内心では断りたいと思いつつも
ついついイエスと言ってしまう
自分の意志より
周囲に合わせることを優先し
ついつい黙り込んでしまう
そんな
人から嫌われたくない
周囲から浮きたくないがために
いい人でいようとする側面って
誰もが持っていると思うんです
でもね
周囲と仲良くすることと
自分らしくすることとのバランスって
大切じゃないかと思うんです
いい人でいようと思うと
ついつい行き過ぎたいい人に
なってしまいましてね
いつの間にか
自己否定をするところまで
追い込まれてしまう
なんていうことになりかねませんからね
思考停止に陥るようなトラブルに巻き込まれたり
痛いと思うような失敗をしたりすると
思わず目を瞑ってしまいますよね
現実から目を逸らしたくなる気持ちが
そうさせるんだと思いますが・・・
完全に目を瞑ってしまうと
何も見えなくなってしまい
不思議なもんで
不安や心配といった感情は
ますます大きくなってしまうんですね
闇の中にいて
対応策を練るなんていうことは
出来っこありませんし
かと言って
目をカッと見開いて睨み付けても
心の動揺は誤魔化せたとしても
緊張や焦りは誤魔化せませんから
かえって
新たな失敗を呼び込んでしまう
なんていうことになってしまいます
やはり
やばい状況に追い込まれたら
目の前のトラブルや失敗から目を逸らさず
やったるぞってな具合に力み過ぎず
半眼の姿勢で向き合うくらいで
ちょうどいいんじゃないかって思うわけです
失敗には
幾つかのパターンってあると思うんです
ひとつは、成功するに違いないと考えて
始めてみたけど失敗してしまうときです
このときは、ダメージが大きいですし
想定外だという思いが強いですから
動揺も大きいですね
次に、事前にある程度失敗の可能性も
予測できていた上で失敗したときです
もともと五分五分の勝負と考えていますから
同様は少ないかもしれませんが
残念に思う気持ちは大きいような気がします
三つ目が、成功の可能性が極めて低いことに
あえて挑戦していたときです
たとえ上手くいかなくなっても
ダメもとだとしていますから
納得するものがあるかもしれませんね
いずれの場合も
成功を信じて取り組んだけれど
その結果が上手くいかなかったわけですが
案外
失敗と、どのように向き合うかって
事前に用意していないことが多くって
失敗したときのダメージを
いつまでも引き摺ってしまって
リカバーに、本当に手間取ってしまう
なんてことが多いような気がするんですね
やはり
何かを始めるとき
無意識の中にある
これは絶対に失敗しないという
変な思い込みを捨て去ってしまうことって
とても大切なことのように思うわけです
この厳しい競争社会の中で生きていれば
周囲が、みんな敵に見えるときって
必ずありましてね
誰もが
人の足を引っ張ろうと
虎視眈々と狙っているように感じますし
身近かな人が
自分の仕事を横取りしてやろうと
企んでいるように見えたりするもんなんです
面倒臭いのは
一度、そう思ってしまうと
何もかもが、そんな風に思えてきましてね
心が乱れてしまうことなんですね
弱った心には
救いの手すら悪意に見えてしまいますから
ますます自分を追い込むことになるわけです
こんな状況から抜け出すには
なかなか骨の折れることなんですが
特効薬のようなものはありませんから
自分に言い聞かせるしかないんですね
自分の味方は
周囲が敵だらけだとしても
その隙間のどこかに必ずいるってね
そして
その味方は
本当にいるんです
ただ
見えているか
見えないかの違いだけなんですね
やはり
心が弱ったときほど
心静かに周囲を見渡さなきゃいけない
そういうことなんでしょうね
どんなに良い仕事をしていても
クレームをつけられる可能性はあります
他部署から
どうしてこんなに仕事が雑なんだ
なんて文句を言われたり
同僚や部下から
何をやっても適当ですよね
なんて苦情を言われたりするわけです
クレームを突きつけられたら
動揺しますし
落ち込みますし
頭に来ますわな
しかし
ここで取り乱すようでは
信頼を勝ち取るチャンスを
未来永劫失うことになりかねません
やはり
ここはひとつ
歌舞伎でいう処の見栄が必要ですよね
クレームにこそ
成長のヒントが隠されている
なんて見栄を張るわけです
そうなんです
その場限りの言い訳をせずに
クレームと真摯に向き合い
対応策を考え実行してゆくわけです
無責任な噂話って良くありますよね
あいつは
仕事は出来るんだけど
人間としては失格だ とか
あいつは
実力もないクセに
役員に引っ張られて出世したんだぜ とか
あいつは
あんなに事業を大きくしたけど
裏じゃ、やばいことしているらしいぜ とかね
嫉妬から発せられる陰口だと分かってはいても
自分の耳に届いてしまうと
やはり、心穏やかではいられませんわな
わたしゃね
こんな輩が、心底嫌いでしてね
ぶっ飛ばしたくなるわけですが
かと言って
そんな噂話に振り回され
動揺してしまうのも
情けない気がするわけです
やはり
ここはちょっと大人になって
噂を立てられるのは
自分が頑張っている証拠 あるいは
自分の個性が輝いている証拠
くらいに思いましてね
噂されているうちが花と割り切って
目の前のやるべきことに
集中すべきじゃないかと思うわけです
ただね
悪意のある噂話が頻繁に耳に入ってくるときは
発信元を徹底的に追求するという
トレーサビリティのようなことを
一度、徹底的にやってみるというのも
ひとつの手かもしれません
発信元を追求する行為そのもので
その後は、静かになりますからね
いざとなったら戦うという姿勢を示しておく
これも大切なことのような気がします
話し掛けても
完全に無視されてしまう
集まって何かをするとき
仲間から外されてしまう
会議で発表をしようとすると
あなたの話なんか聞きたくない
なんて言われてしまう
パワハラやセクハラなんて
最近の言葉ですが
こんなことは、昔からありましたわな
こんなことをされたら
当人は深く傷付くわけですが
やっている人達というのは
案外「些細なこと」くらいにしか
考えていないんですね
もし、職場でこんなことされたら
逃げ場がありませんから
当人としては、本当に辛いことになります
防御策としては
精神的に追い詰められる前に
仕掛けてくる人達と距離を置くしかありませんね
無視されようが
仲間外れになろうが
直接的な虐めに会おうが
気にしないと強く心に決めて
同時に
ソッとこんなことをするんですね
虐めの全てをノートにメモを取るんです
感情を抜きにして淡々と事実を記載するんです
そして
反撃すべき、その日が来たら
静かに虐めのリーダーに言うわけです
いい加減にしなさいや
あんた達は、こんなに酷いことをしていますって
ノートを見せるわけです
これって個人が用意のできる
最高の武器だと思うんですね
それで相手が怯めば良しとし
心の距離を保ちながら生活すれば良いですし
それでも
治らないのなら
そこからは
法律を盾に戦えるだけの準備をし
組織内で使える上司、人脈、機能をフルに使って
戦うしかありませんわな
やはり、何と言っても
泣き寝入りなんて
美しくありませんからね
人間関係ほどいい加減なものはありません
ちょっとした誤解や気持ちのすれ違いから
嫌われたり
憎まれたり
恨まれたりするもんです
それが
仲良くしたいと思っている相手の方だと
そのショックは大きくて辛いもの・・・
でもね
人から嫌われたからと言って
死ぬほどのことではありませんから
大したことじゃないとも言えます
ですからね
誤解を解く努力をしてまで
仲良くすべきなか
それとも
誤解をする程度の仲なんだから
距離を置いても構わないとするのかは
その後の時間の使い方を大きく変えますよね
普通は
誤解を解こうと思ったら
相手との気持ちを通じ合わせることから
やり直す必要がありますんでね
それはそれは
大変な労力と時間が必要で
ちょっとシンドイことになるわけです
もし
その相手と距離を置いたところで
大したことないと思うのなら
少し距離を置いた方が
良いのかもしれませんね
そうして
時が関係を修復してくれるのを
気長に待つわけです
ただ
その時の長さは
10年単位にはなりますけどね
物事には、
必ず、良い面と、悪い面とが
背中合わせにあると思うんですね
悪い面に意識がいくと
毎日が暗くなっちまいますし
良い面に意識がいくと
毎日を笑顔で過ごせちゃう気がするんです
例えば
心を許せる友人がいなくって
居酒屋で楽しくお酒を飲むなんて
そう言えば、もう何年もやっていない
周囲から嫌われているのかもしれない
なんて思うようなことが
ありましたらね
こんな風に
切り替えてみるわけです
心を許した友人は、いまはいないけど
その分、自由になる時間があって
ゆっくりと好きな読書を楽しんでいる
いつか好きな作家について語れる友人が欲しいな
なんてね
良い面に心を向けるようにすると
本当に苦しい出来事や
本当に悲しい出来事と直面したとき
サッと気持ちを切り替えられましてね
あっという間に笑顔を取り戻せてしまう
そんな気がするわけです
どんなに有名な
芸術家や科学者であっても
必ず、無名だった頃というのがあって
周囲から変人扱いをされた経験を
持っているものです
常識の枠を超えた言動を繰り返したり
普通の人とは、どこか違う服装をしていたり
ポツンとひとりで居ることに全然平気だったりと
集団行動ができなくって
組織のパワーバランスを無視し
周囲からは浮いた存在だった筈です
会社というのは
組織で仕事をしていますから
周囲の人からすれば
変わり者、変人扱いですわな
でもね
尖がった仕事をして
着実に実績を上げる存在であるのも確かで
組織としては扱いに困るわけです
いやね
思うんです
もし
あなたが
周囲から変わり者、変人と言われているのなら
組織人としては、ちょっとだけ反省し
同時に、大いに喜びましょうや
それは
人にはないものを生み出す力を
秘めているという証拠だからですからね
これからも
しっかりと個性を磨いてゆきましょう
ただ
だからと言って
ガキのような言動を繰り返していたら
潰されちまうっていうことも
頭に入れとかなきゃいけませんぞ
世の中
合理的にできているとは
決して言えませんから
理屈に合わないことが
しょっちゅう起るわけで・・・
自分より明らかに劣っていると思われる人が
大きなチャンスを手にいれたり
自分は何も悪いことをしていないのに非難され
悪いことをした張本人が賞賛されたりと
何か割に合わないなって思うようなことが
ごく当たり前のように起るわけです
こんなとき
こんなことあり得ないと考えるか
こんなことあり得ると考えるかで
その後の流れは
大きく変わりますね
あり得ないとしちゃうと
何はともあれ、とにかく誰かのせいにしないと
フツフツとした怒りは収まりませんわな
一方で
あり得るとしちゃえば
最初は、ちょっと驚いたとしても
動揺を小さく抑えることができますから
早いうちに、次の一歩を踏み出せますよね
どちらが良いかは
明々白々ですわな
でもね・・・
分かっちゃいるんですが
聖人君子じゃないんでね
頭にくるのは、許してもらいましょうや
辛いとき
苦しいとき
暗い気持ちになったとき
そんなときほど
大切じゃないかって思うのは
追い込まれている自分を
高みの見物で楽しむことです
アレアレ?
また何かあったのかな・・・
あんなに落ち込んでやがる
ついこの間まで
自信満々に仕事していたのに
ちょっと風向きが変わると
途端にこうだからね
以前も、ちょっと行き詰ったとき
この世の全てが敵に見え
絶望の淵にいたからね
いつまで経ってもガキやなぁ・・・
とは言っても
前回も、ちゃんと乗り切ったからね
今回も、淡々と乗り切っちゃうんだろうね
さぁ〜
今回は
どうやってこの窮地から這い上がるのかな
お手並み拝見といきますかね
なんてね!
何かやろうとしたとき
ことが上手く運ぶこともあれば
拒絶されてしまうこともあるわけで・・・
採用試験で落とされたり
資格試験で不合格だったり
融資を申し込んだら拒否されたり・・・と
何事も
思うようには行きませんわな
いやね
何かに拒否されれば
頭にきますし
悔しいですし
情けないもんなんですが
ところが
長い目で見たとき
何かに拒否されたことって
その後の人生において
重要なターニングポイントと
なっていることが多いんですね
ですから
チャンスくらいに思って
自分のステップアップを
図らなきゃならんわけです
感情に流されて
自暴自棄になっちまったりすると
いつまでも怒りや未練、嫉妬が残っちまって
負の感情に支配されるなんて勿体無いですからね
やはり
幸運の女神の後ろ髪を掴むには
未熟さからの結果だと受け入れましてね
むしろ拒否されて良かったなんて思って
プラスからのリスタートにせなあかんわけです