2013年11月30日土曜日

人の話

部下を呼んで
ちょっと注意するような話をしても
その場では聞いている風なんですよ

でもね
その場から立ち去ると
途端に 元の自分に戻ってしまいましてね
ガッカリしたりするわけです

考えてみますに
こういう輩というのは
基本的に 他人の言葉が心に届かないんでしょうね
この場が どうにか治まりさえすればいい
後のことは 知ったこっちゃない
そんな感じなんじゃないでしょうか

ちょっとイラっとしますよね

でも 世の中
結構こんなことって多いと思いません?

友人 知人 家族 同僚 上司
結構いますでしょう!
ええ大人がやっちゃ〜あきませんわな

思うんです
人の話を聴くときは
心の中で相手の話す内容を反芻し
疑問に思ったことは素直に聴いて
最後は 相手の話の主旨を簡単に確かめてみる

このくらいのことをしないと
相手に失礼だと思うわけです

2013年11月29日金曜日

疎かにしない

仕事というのは
仕事をしているときだけが
仕事じゃないように思うのです 

食事のとき肘を付くような無作法なことはせず
姿勢を正して美しい姿でいただくとか

四角い部屋を丸く掃くようなことはしないで
心を込めて丁寧に効率良く掃除をするとか

わたしゃこんなに優秀なのに
なんで評価されないんだ てな無駄なことは考えず
自己研鑽を怠らないとかね

日常生活の中に埋没している些細な言動というのが
実は 仕事と向き合ったときの自分に
もの凄く影響を与えていると思うわけです

食事のときの無作法は
お客さまを前にして ついつい出てしまいます

大雑把な掃除の仕方は
問題と対峙したときの状況判断の甘さとなって出ます

テメエのことは棚に上げて人の悪口ばかり言っていると
ここは踏ん張りどころというとき
自分の無能さを嫌というほど知ることになります

日常の一挙手一投足は
全て自己研鑽のためのひとつの修行だと思って
小さなことも疎かにしないという気持ちで向き合うことが
大切なんやと思うわけです

2013年11月28日木曜日

ご利益

ビジネスに犯された頭で「ご利益」を読むと
ごりえき」となってしまいますが
これは「ごりやく」と読むんですね

神社やお寺を訪れた折
静かに手を合わせて心に思うのは
ご利益がありますように・・・」ですね

こういうときは
現実的な「利益」を求めてお願いするわけで
別に そのことが神様に対して失礼なわけではなく
自分にとって「利益」となることをお願いするのは
我々一般人の心の拠り所だと思うわけですが

同じ「利益」のためだからといって
他人を貶めたり 騙したりと
自分だけがすること することを考え
他人をないがしろにするようなまねをしては
足元をすくわれてしまいますよね

自分がするのと同じように
他人がするようなことをして
はじめて「ご利益」になると考えなきゃ
アカンということでしょうね

2013年11月27日水曜日

自信

仕事に意欲的に取り組もうと思ったら
自分の可能性を信じるといいますか
仕事に対して自信を持てなきゃうまくいきませんね

あれもこれも何もかもが
出来ない 分からない どうしようもないの連続ですと
やはり意欲的に仕事に取り組もうとはいきませんわな

かといって
自分の才能や過去の栄光をひけらかしたりしますとね

これまた
組織にはやっかいな存在になるわけです

どちらかと言いますと
周囲に溶け込むような存在でいながら
いぶし銀のような光を放つ存在で
周りからは「あの人はやっぱり凄いよね」
なんて言われるような
凄味のある人間になりたいものですね

2013年11月26日火曜日

嫉妬してどうする

小学校の運動会で徒競走の順位をつけないで
子供達に手をつないでゴールさせるなんてしましてね
平等を標榜している学校ってあるそうですが
これってオカシイですよね

大人になって
ビジネスの世界でそんなことをしたら
お前アホかって言われるじゃないですか

大人になって
アホと言われることを
いい大人が子供に強要してどうしますか
ホンマに変な話だと思います

平等って
全員が等しく同じでなければならないと
固く信じでいる人がいるみたいですが

自分の持っている体力や能力を
それぞれが思う存分に発揮出来る環境であること
そのことこそが平等だと思うのです

アイツができて
自分ができないのは 不平等だって嘆くのは
お門違いも甚だしいわけで

10人いれば10人とも
体力も能力も そして立場も違うわけですから

自分のいまいるフィールドで
自分の分をしっかりと見据えて
存分の力を発揮し
持っている才能を活かせれば
それでいい十分なんですよね

それを敢えて
同じ結果でなければ平等でないなんて
ホンマに屁理屈に過ぎませんな

いやね
仕事上で嫉妬に駆られた心というのは
案外 このヘンテコな平等意識が働いていましてね
俺が彼の立場だったら もっとうまく出来るのに
何で俺はこんな仕事をさせられているのかって
本気で思っているんですよね

嫌なら 辞めちまえばいい
そう 辞める自由があること
これこそ平等である証拠なんですな

2013年11月25日月曜日

許される嘘

組織の中で
仕事に身が入っていないなと思う社員は
大体 仕事や私生活の中に嘘がありましてね

トラブルになっているにも係らず
いまは言えない なんて自分勝手に隠蔽していたり

やるべき仕事をやっていないにも係らず
他の仕事が忙しいからと 遅れていることにしていたり

自分の実力では 到底太刀打ち出来ない仕事だからと
無かったことにしちゃって何もしなかったりと

嘘が風船のようにドンドン膨らんでいるわけで
ドッカーンと破裂するその日まで
ヒタスラ耐えているわけです

まぁ〜それもひとつの生き方でしょうけど
ちょっとシンドイやね

とはいうものの
ここで真実を語ってしまっては
相手の悲しみや痛みを深めてしまいそうだというときは
嘘を方便として使うこともあるかもしれませんね

プロジェクトを失注した担当者を前に
先方の担当者は 君のこと評価していたぞとか
なかなかいいプレゼンだったってねとか
今回はうまくゆかなかったけど
次回見返してやれ なんてね

全くの嘘じゃなくって
ちょっとだけ真実を脚色するような嘘は
許されるのかもしれませんね

2013年11月24日日曜日

相手を思う言葉

言葉というのは不思議なもので
落ち込んでいる人に対して

「頑張れよ」と直球の言葉を投げ掛けるより

「話したいことがあったら 何でも言って」と
少し変化球を投げる方が 相手を思う言葉としては
相応しいように思うんですが・・・

いやね
最近の会話って
合理的といいますか
自分勝手といいますか
twitterの影響もあるんでしょうかね

自分のコトだけを手短に言うだけ言って
それでおしまいということが多くて
相手の方がどう受け止めているかなんて
考えないみたいなんですね

言葉には 相手の方を癒したり 励ましたり
窮地を救ったりする力がある一方で
気がつかないうちに
相手を傷つける力もあることを 
忘れちゃいけませんよね

自分の発する言葉が
相手の方にどのように伝わるだろうかまで
思いを巡らせてから
言葉を発するようにしたいですね

2013年11月23日土曜日

伝えたいという想い

ネットを中心とした情報化社会において
自分の思いや気持ちを伝えるには
どうしても言葉に頼らざるを得ませんね

でもね
ネットショップで買い物をしたり
企業のホームページを見たり
個人のブログを読んだりするとき
もの凄く影響を受けているなと思うのは
実は写真や動画なんですね

格好良く肩から掛けているトートバッグの写真があれば
ついつい欲しくなりますし

女子社員のみなさんが微笑みながら
美しいオフィスで働いている写真がアップされていれば
なんて素敵な会社なんだろうと思いますし

可愛いペットと戯れている写真がアップされていれば
相手の方を何となく優しい方だろうな
なんて思ってしまいますもんね

どうも
ネット社会というのは
言葉や文字を使わないで
相手の気持ちが伝わってくる以心伝心を
具現化することを可能にした世界なのかもしれませんね

2013年11月22日金曜日

直感

初めてお会いした方に対して
あの人は付き合いにくそうだから敬遠しよう とか
どう見ても胡散臭そうだから信頼できないな とか
あんなタイプの人はすぐに裏切るから気をつけよう

なんてね

服装や顔付き 仕草さを見ただけで
自分の過去の経験に引き摺られた偏見や先入観から
勝手な思い込みをしましてね
その人を判断してしまいがちなんですね

後で振り返ってみたら
大変な失礼なことをしてしまった なんて
反省することもあるんですが・・・

でもね
ビジネスにおいては
この直感という奴は
大切にすべきじゃないかなと思っているんです

パッと見たとき アレ? 変な感じと思っても
相手の方の肩書きや勤め先・経歴の説明を聞いている内に
いつの間にか 変な違和感という奴が薄らいでゆき
信用してしまっている自分がいたりして・・・

いろいろ付き合ってゆく中で
最初の違和感なんて完全に忘れたころ
ひどい目に遭うなんていうことが良くあるんですね

もちろん 理想的には
優しさや思いやり 人の役に立ちたいという気持ちを
優先しましてね 出来るだけいろんな方と
付き合うようにするべきだとは思うんですけど

でも 自分の直感を押さえ込んで
付き合ってみたものの
後で嫌な思いをしたときの後悔の念を考えましたらね

やっぱり 自分の直感を信じるべきやと思うわけです

2013年11月21日木曜日

疎かにしない

仕事というのは
仕事をしているときだけが
仕事じゃないように思うのです 

食事のとき肘を付くような無作法なことはせず
姿勢を正して美味しくいただくとか

四角い部屋を丸く掃くようなことはしないで
心を込めて丁寧に効率良く掃除をするとか

わたしゃこんなに優秀なのに
なんで評価されないんだ てな無駄なことは考えず
自己研鑽を怠らないとかね

日常生活の中に埋没している些細な言動というのが
実は 仕事と向き合ったときの自分に
もの凄く影響を与えていると思うわけです

食事のときの無作法は
お客さまを前にして ついつい出てしまいます

大雑把な掃除の仕方は
問題と対峙したときの状況判断の甘さとなって出ます

テメエのことは棚に上げて人の悪口ばかり言っていると
ここは踏ん張りどころというとき
自分の無能さを嫌というほど知ることになります

日常の一挙手一投足は
全て自己研鑽のためのひとつの修行だと思って
小さなことも疎かにしないという気持ちで向き合うことが
大切なんやと思うわけです

2013年11月20日水曜日

聴こえてくる

頭の中が仕事で一杯ですと
何かに心が捕われていたり
我が儘であったりするわけですが

そうしますとね
自然の中を流れる風の音や
もの凄い勢いで流されている雲
秋の夜空に満ち欠けするお月様 

そんな花鳥風月に
全く関心がなくなるんですね

それって危険だと思いません?

最近 どうですか
風に煽られて見事に舞う枯れ葉を観ました?
箒で掃いたような雲を観ました?
秋の雲ひとつない夜空に美しく映えるお月様を観ました?

そうなんです
忙しさに埋没した自分を
どうにかして取り戻さなきゃ
自分がいまどこを走っているのか
分からなくなってしまいますよね

そんなときは
ひとり公園のベンチに静かに座って
通り過ぎるいろんな音に耳を傾けてみるというのも
自分を取り戻す ひとつの手かもしれませんね

2013年11月19日火曜日

お裾分け

修行僧が昼食のとき
ご飯粒を何粒か取っておいて
全員のものを集めては 鳥や獣に与えていたことを
生飯(さば)と言っていたそうで

その生飯を他人の分まで集めてネコババすることを
生飯を読むと言ったそうですけど

もともと生飯なんていう言葉が生まれたのは
この世では 自分ひとりでは生きていけなくって
他の命あるものによって生かされているという
発想から生まれたんでしょうね

お裾分けなんていう言葉があるのも
他のものを生かさなければいけないという
想いからきているんじゃないでしょうか

仕事も同じですね
自分のことばかり主張しても
他のものと一緒に共生するという発想がないと
受け入れてもらえませんもんね

誰かのためにそっと取っておく生飯のような
心に余裕を持って仕事をしなければ
本当の意味で いい仕事はできないのかもしれませんね

2013年11月18日月曜日

心配り

武道や茶道には 残心という言葉があるそうです
一時が終わった後も
なお緊張を解かないことをいうそうで

剣道では
打ち込んだあとの相手の反撃に備える心の構えであり

弓道では
矢を射たあとその到達点を見極める心の構えだとか

茶道では
茶席が終わって茶道具から手を離すとき
恋しい人と別れるときのように
精一杯心を込めなさいという教えだそうです

では
仕事における残心というとどうなるんでしょうか

別れの挨拶と共に お客さまをお送りしたら
すぐに踵を返してしまうなんてしないで
相手の方の姿が見えなくなるまで
その場に立ってお送りする そんな感じでしょうか

それは
つつがなくひとつのコトを終えたとしても
なおも 心配りを忘れないという気持ちでいることが
仕事の質を高め さらに 一緒に働いている人達の間で
お互いの心に暖かい余韻を残すということになるんでしょうね

2013年11月17日日曜日

自分のこととしてやる

頭にくること
任せて下さいと言っておきながら
締め切りギリギリになって
出来そうにありませんと開き直る輩

頭にくること
任された仕事があるのに
その進捗状況を全然報告しないで
どうなっているって聞いたら
頑張っていますと返事する輩

頭にくること
仕事を任せようとすると
急を要する他の仕事が入ったと言っては
打ち合せを中座したりして
自分がどんなに忙しいかを演出する輩

いずれにしても
仕事というのは 人から言われてやっている内は
成長出来ませんからね

いつまで経っても
大した仕事は任されませんわな

2013年11月16日土曜日

味わい

苦味・酸味・甘味・辛味・塩辛味・淡味

この六味が料理には必要だと言われているそうですが
それだけでは美味しい料理にはならないそうです

厨房の隅々まで奇麗に掃除をしておいて
調理道具もいつでも使えるように整えておき
食材も新鮮でピチピチしたものを選ぶように
心掛けるようでなきゃ
美味しい料理なんか作れないそうです

これって
仕事でも同じことが言えそうですね

成功している事業をいくら真似ても
うまく行きませんし
絶対に失敗しないやり方だけをやっても
うまく行きませんし
小手先のノウハウをいくら使ってみたところで
ロクな結果にはなりませんわな

やはり
真摯に仕事と向き合い
全力を尽くすことだけに集中することこそが
良い結果へと結びつくことになるでしょうし
仕事をすることの楽しさといいますか
味わいみたいなものを
堪能出来るんじゃないかって思うわけです

2013年11月15日金曜日

疎か

誰もが 一度は聞いたことがあると思います
コメ一粒といえども 決して無駄にしてはいけませんよってね

これは
お米一粒一粒を大切にするという気持ちがあってこそ
自分に係る全てのものについても同じように
大事に扱うことができるという教えなんだと思いますが

実際の仕事においては この教えは
この程度のことならどうにか誤摩化せる とか
これくらいなら誰も気が付かない とか
こんなもの いくらでも替えが利く という風に
ものごとを疎かに扱ってはならないということを
教えてくれていると思うわけです

だってそうでしょう!
自分のやっている仕事なんて 全体からすると
お米の一粒にもなっていないかもしれませんもんね

2013年11月14日木曜日

突然やってくる

最近の食事のスタイルは
お腹に何か詰め込んでおけばいい とか
忙しいから仕事をしながら食事することが多い とか
朝は抜くし 昼はファーストフード
夜はお酒におつまみ なんていうのが多いようですが

歳を取ると共に来るんですよ
体の変調がね

人間の体って良く出来たもんで
少々のストレスには
耐えられるようになっているみたいで

何か飲み食いしていれば
とにかく生きることはできるんですが

ある日 ある時 突然やって来るんです
自分の体が もうアカンって 我慢しなくなるんですね

思考力は落ちるわ
集中力は無くなるわで
活力はどこかに行っちゃうんですね

そうなんです
突然 仕事が思うように出来なくなってしまうんです
本当に突然なんですよ 怖いですよ

不規則な食事の影響というのは
3年越し 5年越し 10年越しで現れるみたいでしてね
じっくり時間を掛けて壊した体は
元に戻すには 同じだけ時間が掛かるみたいなんですよ

ですからね
やばい食事の仕方をしているかもしれないなと思ったら
いまからでも遅くないんでね
食事の仕方を変えるべきやと思うのです

少なくとも
元気であることに対して感謝の気持ちを持って
味わいながら食事をする
そんな食事をするべきじゃないかなって思うわけです

2013年11月13日水曜日

毎日だから

どんな手を使ってでも視聴者を笑わせようと
あの手この手で おバカキャラにスポットをあてる
バラエティー番組に責任はないと思うのですが

その影響をもろに受けてしまって
個性の演出と勘違いしての行動なんでしょうか
アホな言動を自慢する風潮がありますね

それが
個人の生活の範囲であれば
それは許されることなんですけど

こと
お金をいただいている仕事にまで
持ち込んでしまう輩がいるから困ったものです

ああ面倒臭い
適当でいいじゃん
やんなくて済むなら どんなに楽か なんてね

心得違いも甚だしいわけです

こういう人達に
いまの発言をお客様が聞いたらなんて思いますかね とか
プロとしての認識を持って欲しい とか
仕事は毎日の炊事と一緒で 真心をご馳走するんですよ とか
言ってみたところで

お客さんに聞こえるわけないじゃん だし
プロなんかになりたくないし だし
レンジでチンするから 炊事はしないし なんですね

こういう会話をしますとね
心の奥底で ついつい思ってしまうわけです
機械のパーツは表に出てくるなってね

日々鍛錬 これ修行なり

2013年11月12日火曜日

見立て

茶道には
目の前にあるものを
その姿だけでなく
別のものとして見るという
見立てという考え方があるそうですが

茶道とは無縁の素人がその域に到達することは
ハナから無理な話なんでしょうけども

ビジネスにおいては
いろんな情報と常に接している現実を見ますと
案外 似通った話なのかもしれないなと思うわけです

目の前にある情報を
右から左に流すように読み飛ばすか
もしかしたらヒントになるかもしれないと
その情報を生かそうと思う気持ちで見るかで
同じ情報も全く別のものに
見えてくるんじゃないですか

見立てというのは
案外 こういうものの見方をいうのかもしれませんね

2013年11月11日月曜日

入り口

家の玄関は
いつも奇麗に整理整頓しておいた方がいい
幸運の女神は玄関の汚い家には近づかないからね
なんて よく親から言われたものです

確かに
玄関を見れば
そこの住人の暮らしぶりが分かりますし
仕事ぶりも何となく分かっちゃいますしね
ひいては生き方も分かるのかもしれません

いやね
手帳 机の上 パソコン画面 といったものが
仕事の玄関だとするなら
毎日の清掃 整理整頓は欠かせませんわな

2013年11月10日日曜日

足元をすくわれる

ファションって
靴からコーディネートするそうですね

まぁ〜
ファッションなんて
全く縁のない私ではありますが

実は
仕事という奴も ファンションと同じように
足元が大切だと思っているんです

予期していなかったトラブルや事故
全く想定していなかった自然災害や
経営陣と社員との確執

こういったことって
足元をしかりと固めておくという
基本原則を怠ったために
ことが大きくなってしまったりするわけです

正に 足元をすくわれないように
準備をしっかりとしなきゃいけないわけです

いやね
この基本原則を忘れないために
こだわっていることがひとつあるんです

それは
履物を脱ぐときは
奇麗に揃えるということなんです

やんちゃだった子供の頃
厳しかった祖母から教わったことがあるんです

心の乱れは 履物に現れるとね

なるほどと 思ったんでしょうかね
それ以来 トラウマのようになってしまいまして
履物を脱ぐときは揃えるように心掛けているわけです

他人様が脱いだ靴なんかも揃えたりしますと
奇麗に靴が並ぶじゃないですか

何となくではありますけどね
ものごとがうまく行きそうな
そんな気がするわけです

2013年11月9日土曜日

ご恩

どんなに合理的なビジネスモデルであったとしても
そこには必ず人が係っており
多くの人の恩恵があってはじめて
ビジネスとして成り立っていると思うのです

直接 お会いすることがないにしても
大勢のご縁がつながっているからこそ
自分も携わることができて
仕事として成り立っているものです

ご恩を感じながら仕事しなきゃね
係っていただいている皆さんに失礼じゃないですかね

2013年11月8日金曜日

毒消し

ビジネスにおいては
まずは 頭でしっかりと考えてから発言せよ
なんていいますが

面倒臭いことに
頭の中には
貪るとか
怒るとか
愚かとか
そんな煩悩が宿っていましてね

どれもこれも
コントロールが非常に難しく厄介な代物なんです

欲しいものが手に入れたくて仕方なくなり
手に入れたと思った途端 次のものが欲しくなったり

ちょっとしたことで頭に来てしまい
周りの人にあたってしまったり

ついつい調子に乗ってしまい
モラルから逸脱したような発言をしてしまったりと

煩悩が
思考の邪魔をするわけです 

こんな厄介な感情が湧いてきたらどうするかなんですが

そこで 考えついたのは
呪文を唱えるという方法なんです

コンチクしょうなんて思いましたらね
「あなかしこ あなかしこ あなかしこ」って三回唱えるんです

これって
坊さんが説教をされるとき
最後に必ずおっしゃる言葉ですが
「決して」とか「ゆめゆめ」とかの意味で
「なさるなや」と続くんですね

いうなら 厄介な感情の毒消しとでもいいましょうか
結構 効果あるんですよ 

2013年11月7日木曜日

逆らわない

秋の空は
筆でサッと描いたような雲が
強い風と共に流れてゆきますね

川の流れも同じかな
自然に逆らうことなく 漂うように流れています
そう言えば この時期のせせらぎの音は
なぜか一段と高く聞こえますね

いやね
仕事をしていますと
追われるような毎日を送っているけど
これでいいんだろうか なんてね
空の雲や 川の流れのように流されている自分に
不安になるわけです

でもね
思うんです

いま係っていること
やっていること
やり続けてきたことを
疑っても仕方ないってね

自分の感性を信じましてね
流れに逆らわず 身を任せることで
なんとなく感じている不安や恐怖を振り払い
いつの日にか もたらされるであろう
ひとつの結論を受け入れようと覚悟することが
大切じゃないかって思うわけです

2013年11月6日水曜日

紆余曲折

仕事をするということは
真っすぐな道をゆくなんて
はなから無理な話で
グネグネと曲がった道を
寄り道をしてたり
道を間違えたりしながら
迷い迷い進んでゆくわけで

焦ってもしょうがないし
かといって ノンビリし過ぎてもあきませんね

どうせ仕事をするのなら
同じペースで淡々と歩み続けたいものですが

残念ながら
仕事だけでなく
生きてりゃ紆余曲折は付き物ですから
人生の迷路にハマってしまって
もうこんな歳になってしまった
どうしよう なんて想いは
年齢に関係なく誰もが感じることだと思うんです

でもね
そんなこと大したことじゃない
そう思うわけです

いい歳なんだから
この程度のことが出来ないなんて恥ずかしいとか

いい歳になっても
この程度のことも知らないなんて恥ずかしいとか

いい歳して もうそんなに若くないのに
あれもこれもやりたいなんて
恥ずかしいじゃないかとか

そんな恥ずかしいなんて感情は
どうでもいいと思うわけです

その時々で 自分がやろうと思うことに
果敢に挑戦すりゃいいと思うわけです

出来なければ やってみればいい
知らなかったら 調べればいい
挑戦したければ ちょっと知恵を使ってやればいい

何かを始めるのに
遅過ぎるということはないと思うわけです

2013年11月5日火曜日

揺るぎないもの

商品やサービスについて検証するとき
画期的な商品とか
類をみないおもてなしとか

ついつい 
他とは比較にならないくらい
揺るぎのない商品・サービスを
世に送り出すことを目指そうとします

ですから
悩みも大きく
迷いも大きく
苦しみも大きくなってしまいますね

でも
思うんです

めちゃくちゃ偉大なものというのは
実は 存在感のある特別なものではなくて
日常生活の中に溶け込むように
ごく自然に受け入れられるものであって
気が付けば「ありがたい」と思うようなもの

そんな気がしています

2013年11月4日月曜日

毒消し

ビジネスにおいては
まずは 頭でしっかりと考えてから発言せよ
なんていいますが

面倒臭いことに
頭の中には
貪るとか
怒るとか
愚かとか
そんな煩悩が宿っていましてね

どれもこれも
コントロールが非常に難しく厄介な代物なんです

欲しいものを手に入れたくて仕方なくなり
手に入れた途端 次のものが欲しくなったり

ちょっとしたことで頭に来てしまい
周りの人にあたってしまったり

ついつい調子に乗ってしまい
モラルから逸脱したような発言をしてしまったりと

こいつらが
思考の邪魔をするわけです 

こんな厄介な感情が湧いてきたらどうするかなんですね
そこで 思いついたのが 呪文を唱えるという方法です

コンチクしょうなんて思ったら
「あなかしこ あなかしこ あなかしこ」って三回唱えるんです

これって
坊さんが説教をされるとき
最後に必ずおっしゃる言葉でしてね
決してとかゆめゆめとかの意味で なさるなやと続くんですね

いうなら 厄介な感情の毒消しとでもいいましょうかね
結構 効果あるんですよ 

2013年11月3日日曜日

日々の振る舞い

日々の振る舞いである
目覚めて顔を洗うことも
食事をすることも
掃除をすることも
眠ることも

そして
仕事をすることも

みんな
怠惰に流れてしまっていなか
お座なりにしているところはないか
適当にその場限りでやってしまってはいないか
一度 振り返ってみるのはどうでしょうか

もし やばいと思うことがあったら

ひとつひとつの行動と
真剣に向き合ってみるのもいいかもしれませんね

なぜって 日々の振る舞いこそが
自分の将来を左右する修行の場なんですからね

2013年11月2日土曜日

一心不乱

昔 美術館で見た石の彫刻展で
作家さんが書かれているエッセイに

石をジッと見つめていると
そこに 彫刻の形が浮かび上がる
なんていうことが書かれていました

もうビックリですわ

石の彫刻なんて
割ったり 削ったり 磨いたりと
地味な仕事が続くじゃないですか
そこには これは凄いと言えるような
ビックリするような動きは少ないないですもんね

どうやって 形を創造していくんだろうかって
思っていましたら これですもん

一心不乱にものごとに打ち込むと
石すら語ってくるとおっしゃっているわけです

ワテらは ついつい
もっと人から評価されたいとか
もっと高く売りたいとか
もっと楽がしたいとか といった
雑念が勝っちゃいますけど

一心不乱にものごとに打ち込むと
雑念から解放されてしまうようですね

どうせ仕事をするのなら
この領域に足を踏み入れてみたいものです

2013年11月1日金曜日

しゃ〜ないじゃないですか

ワテら一般庶民は いつも迷いの中でウゴメイテいます

「これはやるべきか やらざるべきか」
「やったら損なのか 得なのか」
「うまくゆく確信はあるのか ないのか」

特に仕事に関しては 酷いかもしれませんね

悩みに大小はありますが
年から年中迷ってばかりいましてね
自分の意志では全く決められなくって
最後は 誰かに言われて 渋々やったりするわけです

ホンマに
情けないったら ありゃしませんわな

そんな自分には
一応言い聞かせてみたりするわけです

目の前に転がっている仕事が
自分にとって損か得かなんて考えるのはもう止めにして
もっと気楽な気持ちで取り組もうってね

でも
やっぱり迷っちゃうんですよね

しゃ〜ないじゃないですか
それが 生きている証なのかもしれませんがね