行動を起こそうとしているとき
誰でも自分に対して質問をしているわけですが
どんな質問をしているか
ちょっと考えてみると面白いですよ
その質問の仕方には
ふた通りあると思っています
ひとつが
スケジュール管理の基本とされている
ToDoリストのような質問なんです
「来週のプレゼンの資料は出来たか」とか
「明日の会議の準備は終わったか」とか
「お客さんにお詫びの電話はしたか」とかね
やった・やらないで
簡単に答えられる質問なんですね
これは
事実確認するときや
行動をチェックするときにする質問ですね
そして
もうひとつ
この質問事項を用意するための質問というのが
あるんですね
「この商談を成功させるためには
どんな風に準備を進めれば良いだろう?」
「会議では新しい企画の提案をしたいけど
賛成してもらうにはどうすれば良いだろう?」
「ご迷惑をお掛けしたお客様に
お詫びの電話をしなきゃいけないんだけど
どんな話をしたら良いだろう?」
こんな風に
目標に向かって行動を起こすためには
いつまでに、何を準備し
どうしておかなければならないかを
自分の知識と経験に照らし合わせて
ブレイクダウンしてゆくのが
この質問なんですね
この質問を
スピーディに漏れなく的確に出来る人ほど
仕事が出来るということになると
思うんですよね
最近は
プロジェクトごとに
それなりのスキルを持った人が集まって
仕事をするというのが流行っているようです
確かに
クラウドファンディングで
プロジェクトごとに資金調達する時代ですから
この流れは当たり前といえば当たり前ですよね
ただ
この方式で仕事をするとしますと
悩ましいことがひとつありますね
それは
集まったメンバーが
「デキる奴ら」かどうかですね
ここでいう「デキる奴」とは
仕事の節目節目に的確な質問をすることが
出来るかどうかです
もともと
人というのは
何か行動を起こそうと思うと
必ず自分に向かって質問をするんだそうです
「このやり方で間違っていないか?」
「こんなことで納期は間に合うのか?」
「いろんな人が関わるが予算は十分なのか?」
・・・なんてね
そして
この疑問をひとつひとつ潰して行き
実際の行動に移るわけですが
「デキる奴」というのは
この質問をたくさん持っていましてね
その質問の質が
その人の仕事に対する姿勢そのもの
ということなんです
ですから
「デキる奴」は
仕事を取り巻く環境の変化に合わせて
常に質問を変える努力をしているんですね
逆に
「こいつ考えることを止めてんだろう」って
思うような奴もいるわけで
「今月の売り上げはいくらか?」
「予算は達成できるのか?」
「会社に迷惑の掛かるようなことはしてないか?」
こんな質問ばかりされる環境で
長く仕事をしている方というのは
自ずと思考停止状態になっていましてね
「上司に褒めてもらうにはどうしたら良いか?」
「楽して儲けるにはどうしたら良いか?」
「何か盗めるものはないか?」
こんなことばかり考えているもんですから
害こそあれ、役には立たんのですわな
従って
ハッキリ申しますと
プロジェクトで仕事をする時は
肩書きで人を集めてはダメだということですね
もちろん
自分は「デキる奴」と言えるのかって
見直す必要もあるわけですがね
もし、部下を持ったことがあったら
多分、誰もがやっちまってますよね
ミスをした部下を捕まえて
「なぜ、こんなミスをするんだ
日頃から弛んでいるから、そうなるんだ!」
・・・なんてね
さらに、追い込むように
「いつになったら一人前になることやら」
・・・なんてやっちゃったかもしれませんね
確かに
ミスをした部下を叱責することは
先輩として、あるいは上司として
やるべきことですよね
ミスがどんな結果を引き起こすかを
理解させなきゃなりませんし
その責任について認識させなきゃ
なりませんからね
心に少々傷を負うくらい叱責されないと
人って理解出来ないようになっていますから
成長のためには仕方ないのかもしれません
ただ
注意すべきは
ミスに至った言い分をちゃんと聞くことですよね
曖昧な理由のままで叱責したりすると
仕事に対する判断基準を疑ってしまって
強いては会社に対して疑問を持ちますからね
やはり
ここは、怒りの感情をグッと抑えましてね
ミスの理由をしっかりと聞いて
ミスの対応をしっかりとしてもらうと同時に
改善策の履行を約束してもらわなきゃ
なりませんわな
もし
部下に対して
強く言い過ぎちゃったかな
なんて、ちょっと心が痛むのでしたら
ここは
こう思って自分に言い訳しておきましょうや
「ごめんね、言い過ぎちゃった
でもね、怒られるうちが華なんだよ
何も言われなくなったら
それはそれで辛いんだぞぉ〜」ってね
ワテら
愛すべき一般人というのは
どこか抜けていましてな
肝心なとき
肝心なことをやり損ねて
みんなの前で大恥をかく
なんてことを何度も繰り返すわけです
ですから、その都度
「へへへ、またやっちまったぜ」
なんてね
人前では、照れもあって強気を装うわけですが
でも
心の奥底では
深く傷ついていますからね
夜中
時々思い出しては
ひとり頭を抱えて悔しがっているものです
特に
同じ失敗を
何度もやっちまったときなんかは
いつもの強気は完全になりを潜めましてね
「本当に申し訳ない・・・」と
側で見ていて
心配になってしまうくらい
落ち込んでしまうものです
・・・でもね
そんな
何度も同じ失敗をしてしまったときこそ
ひとりで腐っていてはダメでしてね
もし
失敗に至った経緯や
周囲の状況が少しでも違っているのであれば
それを丁寧に説明し、以前とは違うことを
周囲に理解してもらうことで
害した感情を少しでも取り戻すことが
大切ですしね
残念なことに
明らかに同じ失敗をしてしまったのであれば
そんな時こそ
忘れてならないのは
「私は悪くない・・・」という気持ちで
行動してはならないということですよね
最優先すべきは
失敗のリカバーなんですから
その場の空気が悪くなるようなことは
ご法度であり、対応に取り組むべきですよね
そして
失敗のリカバーが無事に終わったとしても
すぐには許してもらえないと
覚悟しなきゃなりませんわな
周囲に
その後の言動を見てもらって
時間を掛けて信頼を回復していかなきゃ
ならんわけです
・・・ただね
ワテら一般人というのは
残念な存在でしてね
同じ失敗した時こそ
すぐに許してもらえないと
イジケちゃうんですな
そして
信頼を完全に失ってしまうような
アホな言動をしちゃうんですわな
「私は、この組織には不要な人間です」
なんてね
ここは
賢人と愚人との別れ道ですからね
心して掛からねばなりませぬぞ
「申し訳ありません」
この言葉を
生まれてから此の方
一度も言ったことはありません
なんて
おっしゃる方は
この世におられませんわな
逆に
謝った数は、1000回を降らない
なんて豪傑も、おられるかもしれません
何れにしても
「申し訳ありません」という限りは
相手に伝わって欲しいと思っているんですよね
「反省しています」
「もう二度と同じ過ちは致しません」
「どうか、もう一度、私を信じて下さい」ってね
・・・でもね
「申し訳ありません」って言う時
必ずしも
自分だけが悪いんじゃない
あるいは
どちらかというと
相手の方が悪かったり
タイミングが悪かっただけだったり
たまたま取り巻く環境が悪かったりと
自分は悪くないと言いたい時もあるんですよね
そんな気持ちが少しでもありますとね
不思議と相手には透けて見えましてね
「申し訳ありません」と
深々と頭を下げているアナタに
敵意を持つことになるわけです
・・・マズイですわな
やはり
どうせ謝らなきゃ
ことが治らないのであれば
信頼回復が図れるものにしたいものです
そのためには
こんなことを自分に言い聞かせなきゃいけません
自分だけが悪いんじゃないと思っても
そこは大人の対応をすると覚悟しましてね
申し訳ないと思っていることが
相手に伝わるような言動をすると
決めることなんです
また
責任の多くは
別の処にあるんだと言いたい時でも
安易に
「私は悪くない、むしろ被害者なんだ」という
気持ちで一旦発言してしまうと
あなたの発言を
もう二度と聞いてもらえなくなりますからね
ここは言いたい気持ちをグッと抑える
覚悟が必要なんです
そして
相手の方に
「軽んじられている」
「大切にされていない」
そんな風に思われるような言動は
さらにことを複雑にしてしまいますからね
細心の注意が必要だということなんです
これらの前提があってはじめて
「申し訳ありません」に続く約束ごとに
信憑性を持たせることが出来るわけです
「二度とこのようなことがないように
今後は、こんな対策をすることに致します」
同じ言葉でも
その背景にある気持ちに偽りがありますと
人は心を動かされないんですね
世の中
舐めて掛かると痛い目に逢いますぞ
というのは、このことですわな
気を付けて下さいましや
人には苦手なことって
必ずあると思うんです
人と話をするのが苦手だとか
集団で行動するのが苦手だとか
整理整頓が苦手だとかね
そんな姿を見て
上司や同僚たちは注意するわけです
「そんなことしてたら恥ずかしいぞ」とか
「お前、そんなんじゃ出世できないぞ」とか
「いい加減にしろよ、他の奴に迷惑だろ」とかね
実は
組織で仕事をする上で大切なのは
苦手なことがあることそのものより
注意された時の対応なんですよね
特に、苦手なことで
ミスを招いてしまった時なんかは
注意されるだけでなく
同時に
謝罪することも求められますからね
その時の印象の良し悪しで
苦手なことが
その人の欠点として認識されるか
それとも
その人のキャラクターとして受け入れられるかの
分岐点となるわけです
そもそも
謝罪というものは
怒りに伴う攻撃を和らげるわけですが
それは
相手の不快感を取り去ることまでは
出来ませんでね
むしろ
謝罪そのものが
その場を納めるだけの表面的なものか
あるいは、心からのお詫びなのかを
相手の方は見極めようとしてましてね
もし
表面的だと感じたら
両者の溝は以前より増して
深まってしまうもんなんですね
・・・恐ろしい話なんです
誰だって
自分の苦手なことって
周囲には笑って受け入れてほしいですよね
それには
謝罪をするときですね
ミスの程度や責任の重さを考慮し
声のトーン・顔の表情・姿勢等を考え
心から反省しながら
謝んなきゃいけないわけです
「君ね、机の上の書類を整理しないから
今回みたいに、書類を無くすんだろうが!」
なんて注意されたとき
「私は、机がグチャグチャの方が
安心して仕事が出来るんです」
なんてやっちまうようじゃ
あなたの信頼ランキングは
最下位になっちまうということなんですね
昼休みの時間を
皆さんはどうされているんでしょうか
ひと昔前
サラリーマンをしていた頃は
昼休みは移動に充てていましたから
昼ごはんは取っていなかったんですね
同行する人達からは
嫌がられていましたけどね
昼食を取らないことが
体に良かったか悪かったかは
良くは分からないのですが
ひとつ言えることは
昼休み時間になったからと
昼ごはんを食べるという習慣そのものって
体に良いとは、決して思えませんでね
どちらかというと
お腹が「グー」って鳴ってるくらいの方が
頭も良く回転しますしね
体調にも良いんじゃないかって思うんですよ
いやね
お腹が「グー」って鳴るじゃないですか
そうしますと
空腹でお腹が鳴っている
今日も俺は元気だぞ!
なんて
空腹が楽しめちゃうわけですね
とはいうものの
どうしても我慢できない時は
サラリーマンの必需品
カロリーメイトの登場ですよ
それで十分なんですね
昼間しっかりと空腹にしておきますとね
夜の食卓が本当に楽しみなんですわな
どうです?
「空腹を楽しむ」という
仕事の仕方をされてみては
驚くほど
仕事の効率が上がりますし
体調も良くなると思うんですよね
話をしている時
この人は思考のスピードが速いなって
感動することってありますよね
そんな人って
何が違うんだろうって思いません?
いろいろ考えてみたところ
ひとつ思い至ったことがあります
それは
思考のスピードが速い方というのは
「自分なりの思考のアルゴリズムを持っている」
ということなんですね
会話の中で
何か質問を投げかけたとするじゃないですか
それに対して
パッと返ってくる回答というのは
その時、その時の思い付きではなくって
結論に至るまでに
ひとつのパターンがあるということなんですね
ですから
パッと返ってきた回答でも
どこか説得力があるというわけです
例えば
よく交わされる天気の話なんかでも
まず
空を見上げて
雲行きが怪しいかどうかを観ましてね
さらに
風の向き、湿度、蛙なんかの鳴き声から
雨が降りそうかどうかを判断するわけです
もし
雨が降りそうだと判断しましたら
傘を用意するべきだけど
雨が一日中降るかどうかで
大きい傘にするか折り畳み傘にするかを
決めるわけです
会話では
「アレ!雨が降りそうですね」
「この雲で、北西から風が吹いていますから
もうじき雨が降りますけど・・・
でも、この方向からの雨はすぐに止みますから
もし外出されるなら、折り畳み傘が良いですね」
こんな風になるわけです
これは
雲行きや風向きを観て、状況を把握し
雨が降りそうだと判断した上で
雨という新たな課題に対して
その対応策を折り畳み傘としたものなんですね
いやね
チームで仕事しますとね
よく言われるじゃないですか
リーダーは
何を優先してやるべきかという
選択と集中を瞬時に判断しなきゃいけないってね
そんなリーダーとしての素養は
日頃の言動に出ちゃっているということなんです
気を付けて下さいや
気を抜いていると、アホ扱いされまっせ!
どんなことをしていても
トラブルって必ず発生するじゃないですか
納品した商品に少し傷があったり
気に入らないからと返品を申し入れられたり
契約すると言っていたのにドタキャンされたりと
いろんなことが起こるわけです
その時、忘れていけないのは
安易に
その場凌ぎをしないことだと思うんですよね
基本的に
何かトラブルが発生するということは
こちら側に何らかの落ち度があることが多く
誠意のない対応は
さらに傷口を広げることになるんですよね
いやね
最近、お詫びの記者会見や
訴訟に至ってしまった報道って
多いじゃないですか
なぜ、こうなる前に
手を打たなかったんだろう
なんて思っちゃったりするわけですが
でも
当事者の立場になってみると分かるんですよね
少しでも早く
この場を逃れたいという気持ちが強くって
ついつい安易な発言をしてしまうんだってね
そんな弱い自分への戒めとして
トラブルが起こったときの心構えを
用意しておくことは大切なのかもしれませんね
例えば
目の前のトラブルは
その向こうに何倍ものトラブルが
潜んでいるかもしれないと考えること
専門用語を並べて
煙に巻くようなことはしてはいけない
エビデンスを提示できないような
曖昧な反論や弁解、説得はしてはいけない
組織のルールだからとか
上司の命令だからといった
その場凌ぎの発言は絶対にしてはいけない
対応が可能なことと、そうでないことを
ハッキリとさせなきゃいけない
・・・こんな感じでしょうか
こんな風に
トラブルと対峙したときの心構えを
明確にしますと、腹が据わ李ますからね
日頃の言動が変わると思いますよ
・・・お試しあれ
「この程度だったらいいじゃないかよ
何で駄目だって言うんだよ!」
一旦停止をちゃんとしていなかったと
白バイに止められて切符を切られた時の
私の心の悲痛な叫び声です
警察の方は
「決まりですから」とか
「常識ですから」とか
「当たり前です」とかね
普通でしたらね
クレーマーには絶対に使っちゃいけない言葉を
連発しておりましてな
私の怒りの炎に
さらに油を注いでくるわけです
まぁ〜
警察と違反者という特別な関係ですからね
ビジネスとは違いますんで
これでいいわけですが・・・
思いましたね
賢者は
どんな些細なことからも学ぶもんだってね
・・・ですからね
「何で駄目なんだよ!」なんて言ってくる
ルールや規則が通じにくいクレーマーに対しては
「決まりですから」とか
「常識ですから」とか
「当たり前です」といった言葉は使っちゃ駄目で
お客様の話にちゃんと耳を傾け
丁寧にご説明する姿勢が大切だということ
さらに
説明するときに付け加えるとすれば
「分かり難い説明で申し訳ありません」
・・・でしょうかね
いい勉強が出来ました
白バイさんありがとう
・・・ん〜
でも、やっぱり腹が立つ
「あんな処に隠れてやがって、卑怯者!」
「そもそも社員の教育がなってない」
上司として転任の挨拶に伺って
初めてお会いしたお客さんから
いきなり怒られたことがあります
担当によりますと
・・・以前
「キミの会社の株価が下がって
損をしたんだけど、どうしてくれる?」
なんて
急に切り出されて
「え?そうなんですか
株をやってないので知りませんでした
でも株って自己責任って聞いていますけど」
ってやっちゃったみたいなんですね
それを聞きましてね
担当の言う通りだなって思ったんですけど
「申し訳ありません
必ず盛り返すように頑張ります
これからもよろしくお願いいたします」
と申し上げたんですね
そうしますと
満更でもないって顔をされましてね
「社員の教育がなってない」という話は
二度と触れらませんでしたが・・・
改めて考えてみますと
社員の教育について
クレームを入れる方というのは
サービスを提供する側と受ける側にある
境界線を無視されていることが多いんですね
「ビジネスとはこうあるべきである」という
強い想いを持っておられましてね
意に反した対応をされると我慢出来なくなって
「ちゃんとせい!」という気持ちが
「社員の教育がなってない」という表現になり
クレームを入れることになるんですね
こういう方の対応は
ご迷惑をお掛けしたことには
まず真摯に謝罪することが大切ですが
社員教育のアドバイスについては
感謝の言葉を申し上げると共に
お客様が気分を害さないように
「これからも温かく見守って下さいね」と
やんわりと申し上げて終わりにすることです
「これ以上は立ち入らないで下さいね」という
境界線を提示するというわけです
この境界線を引くって
ちょっとしたことなんですが
社員を守るという意味からしますと
大切なことなんですよね
クレーマーといえば
激情型のクレーマーって
端から見ますと大変に写りますよね
でも
案外、このタイプは
基本ルールさえ守れば
対応は難しくはないんですよね
「キサマの対応はなんだ
社長を出せ、社長を!」なんてね
怒鳴られたとするじゃないですか
そんな時は
否定的な言葉を発するのはご法度なんです
「そんなことをおっしゃっても
対応出来ることは
全てさせていただきました」なんてやると
火に油を注ぐようなもので
大炎上ですわな
やはり
ここは肯定的な表現に終始し
相手の方が言い過ぎたかなって思ってくれるまで
クールダウンを図らなきゃなりません
「おっしゃることは良くわかりました」と
ひとまず
怒りの炎に対する遮蔽板を立てます
次に
電話なら一度切りましてね
再度、こちらから電話を掛け直すようにします
面談なら
話す場所を変えるに限ります
そうやって
少し間を置いてクールダウンを図った上で
再度、話し合いをするわけです
ただね
クレームの内容が
完全にこちらに非がある場合は
いくらクールダウンを図っても
いつ再燃するか分かりませんのでね
やはり
最後は
真摯な対応しかないんですけどね
でも
やっぱり
世間ではやっちゃってますわな
「法的には問題はありません」とか
「会社の指示ですので、私では何とも」とか
「想定外の事故でして」とかってね
こういったひと言はですね
言われた側が
馬鹿らしくなって怒るのを止めるまで
怒りは続くことになるんですよね
アホな話ですけど、やっちゃうんですよ
本当に気を付けましょうね
久しぶりに見てしまいました
身勝手なクレーマーという奴です
近くのコンビニで
私と同年代くらいのおじいちゃんが
大きな声で怒鳴っていたんですね
「おつりが間違ってるって言ってるだろ
どうして俺の言うことを信用しないんだ
こっちはお客なんだぞ」
どうも
店員さんが手渡したおつりが
自分の暗算したおつりの金額と違うと
文句を言っているみたいなんですね
店員さんは
レシートを提示し説明をされているんですが
どうしても納得出来ないおじいちゃんは
店員を睨みつけていましてね
一歩も引かないんですね
でも
睨み合いの続く列に
ドンドン他のお客さんが並んだもんで
最後は
バツが悪くなったのか、諦めましてね
「ここにはもう二度と来ない」と言って
商品を置いて帰ってしまいました
まぁ
端から見ますと
明らかにおじいちゃんはクレーマーなんですが
ここまで
自分に自信を持って生きていることに
羨ましいと思うと同時に感動するんですよね
まず
買い物の料金の合計金額を
金額は小さいとはいえ、暗算していて
同時に
その金額に絶対の自信があるということに
感動するわけです
なんせ
暗算はご法度にしている私からしますと
「あんたは若い!」って思いますもんね
さらに
「こっちはお客なんだぞ」と
啖呵を切るところなんかは凄いのひと言です
ボランティアなんかに
積極的に参加されたりしているんでしょうかね
自分の人生に自信を持ってんだろうなって
思いましたもんね
世間様の邪魔にならないように
世間の隅っこでソッと生きている私からすると
眩しいくらいですわな
ただね
高齢化社会はこれからが本番ですからね
ワテらのようなオカシナ頑固もんが
世間様と問題を起こすことって多くなり
ご迷惑をお掛けすると思うんですよね
ですから
サービスをご提供されている方にも
ぜひとも、こんな頑固もんを扱うノウハウを
身に付けておいていただきたいと思うわけです
「料金を払っているのは私なんだから
対価に見合ったサービスを受けるのは
当然である」なんて
自分の正当性だけを主張するお客様に対しては
お客様の主張を頭から否定することはせずに
まずは、意見を尊重する姿勢が大切なんですね
その上で
共感の相づちを打ちながら
こちらの意見を聞いてもらえる空気作りを
することが大切なわけです
瞬間湯沸かし器のように沸騰してしまった怒りを
共感する空気を作ることによってクールダウンし
両者の落とし所を見出してゆくというわけです
アッ!
そうそう
こんなクレーマーって
ワテらのような歳いった頑固ジジィだけじゃなく
若い奴らの中にもいるにはいますわな
見っともない限りですよね
生きてりゃ
いろんなことがありますからね
いろんな節目がやってくるわけですが
その時
呪文のように
自分に言い聞かせること
それは
「過去は変えられないけど
未来は変えられる、立ち止まるな!」
・・・ですわな
とは言うものの
未来をどうやって変えてゆくかは
これまた悩みの種なわけでしてね
気ばっかりが焦ってしまって
なかなか上手くいかないものです
いやね
未来に向けての行動指針って
3つあると思っているんです
誰にも
いろんなことをしてきた中には
上手くいったことって必ずあるもんですから
まず、ひとつ目は
いまも上手くいっていることは
変えようとはせずに継続することなんです
未来を変えるためにと
何か新しいことを始めることだけを
考える方が多いんですが
いま上手く行っていることは
未来の大黒柱となるものですから
決して安易に否定したりしてはダメなんですね
次に、ふたつ目は
過去、一度だけでも
うまくいったことがあれば
いまの自分が再度挑戦してみることなんです
もしからしたら
いまのレベルの自分なら
やれるかもしれないんですね
そして
残念ながら
過去を振り返ってみても
再度挑戦しようと思うようなことがないという
厳しい現実にぶち当たったのであれば
過去の全ての執着を捨て去り
自分が時間を忘れて没頭しているものに
拘ってみることなんですね
要は
上手くいった経験のあること
あるいは自分に向いたことをするということは
合わないことをするよりも
何倍も充実した時間を過ごせるということであり
未来を切り開くためには
自分の時間を有効に使うことが
一番大切だということなんですね
成長という言葉は
子供という言葉と相性が良いですから
「子供の成長には親の愛情が必要」とか
「子供の成長は嬉しいけど寂しい」とか
「親は子供の成長を通して大人になる」とかね
いろんなフレイズがすぐに思い浮かぶものです
でも
この成長という言葉は
子供の特権ではありません
子供から大人になるまでの成長は
小中高といった学校を順に卒業しながら
半ば強制的に成長させられるわけですから
分かりやすいっちゃ分かりやすいんですけど
同じように大人にも
成長に伴う階段ってあるわけで
組織で働くようになれば
新人から先輩となり
平社員から部下を持つ立場へとなりますし
もしかしたら
会社を代表する立場になるかもしれませんしね
そこには
子供のときのような
分かりやすい成長の階段ではありませんが
周囲からの期待や
組織からの思惑や
自分の強い欲求などが
複雑に絡んだ階段ってあるんですね
ちょっと複雑ですからね
相応しい実力が備わる前に
その立場に立たされたり
その立場に立ったことで満足し
成長することを止めてしまったり
その立場を維持するために
ライバルを追い落とすことに精力を注いだり
想定外の事が起こり
その立場から突き落とされたりと
なかなか平坦にはいかないんですな
いやね
こうして考えますとね
大人になってからの階段の傾斜って
子供の時よりキツイような気がするんですが
そう思いません?
そして
もしかしたら
その成長の階段を登るのを邪魔しているのは
他でもない
もの事を捉えるときの自分のクセ
なのかもしれないって思うですね
全てを◎か✖️かのどちらかで考えたり
一時的な感情や情でもの事を判断したり
人の意見にすぐに影響を受けたりしてね
またやっちまったって後悔しているわけです
もし
子供達から尊敬されるような
年齢に関係なく成長し続けている
そんな素敵な大人になりたいと思うのなら
一度
自分の考え方のクセってどんなものか
ちゃんと見直した方がいいかもしれませんね