2012年11月30日金曜日

変化したければ続ければいい


仕事でも 生活習慣でも
何か変わらなきゃならないと思ったとしても
実は なかなか変えることはできないものですよね

では
どうすりゃいいのか

それには 変わるコツを掴むことだと言われています

小さなことでいいので何かひとつのことを始めてましてね
とにかく10年は止めずに続けることなんだそうです

どういうことかと申しますと
ひとつのことを続けるということは結構大変なことでしてね

一生懸命 ひとつのことに打ち込んでいたとしても
10年も続けようと思いますとね

生活環境も変わるでしょうし
付き合う人も変わるでしょう

自分だって歳を取りますから
考え方もいろいろ変わると思うんですね

その上10年も続けようと思いますとね
誤魔化しは効きませんから 目の前に現れた障害を乗り越えるために
自らが変わり続けなければ 継続することは不可能なんですね

そうなんです
そうやって
自分が変わってゆくというプロセスを経験し変わるコツを掴んでおけば
後は 自由自在に自分を変えることが出来るようになるわけです

ちなみに 私が続けているのは
犬や猫と一緒に住むということです
いい修業になりますぞぃ

2012年11月29日木曜日

抜け道を楽しむ


 世界中に贅沢を禁止して倹約を推奨・強制するための
法律というのがあるそうですね

贅沢は一種の犯罪であると考えられてきたところがあって
社会秩序には身分制度を守るために
必要だとされてきたんだと思いますね

昔 日本史の授業で
江戸時代には何度も贅沢を禁止するような法令が
出されたと習いましたけど
おかしかったのは その命令に対して
庶民なりの抵抗をしたという話ですね

表は麻で内側に絹を使った着物を作ったり
外からは質素なすし飯にしか見えないのに
ひっくり返すと贅沢な食材が散りばめられている
そんな寿司を楽しんだなんていう話を聞きました

何かいいですよね

いやね
思うんですよ

ビジネスにおいても
何か新しいことを始めようと思いますとね
制限されることだらけじゃないですか

お金がない
人が足りない
上司が認めてくれない などなど

考え始めたら限がなりわけです

でね
思ったんです

ワテら一般人はですね
江戸時代の庶民を見習ってですね
もっと強かにものごとと向き合う必要が
あるんじゃないかってね

そう
制限となっているものに対して

「こうやったら 文句ないやろう」とか
「ここまでやっておけば 二の句もなかろう」とかね

抜け道を探して
相手方に シテヤラレタリと思わせることを
淡々とやるわけです

もちろん
その為の努力は人の何倍も必要かもしれませんけどね

まぁ~
ビジネスという奴は
「これが問題だ 改善すべきである」なんてね
直球ばかりで勝負していたんでは
何も変わらないし 何も進まないということですわね

2012年11月28日水曜日

ルールのパラダイムシフト


 仕事というのは 組織でやるときもひとりでやるときも
同じだと思うのですが 仕事に取り掛かる前に
ルールというものを決めてから始めると思うのです

ただね
このルールという奴が曲者でしてね
日頃の業務が 人から命令させれてから動くことに
慣れてしまっている人にとっては
ルールというのは 聖書のようなものが世の中にあって
それを参考にしながら 決めるべきものだと思ってしまう
ところがあるんですね

ですから
ノーマルなときとイレギュラーなときの区別が付かなくて
咄嗟の判断や決めごとの変更に対して 異常なまでに
「そんなことをしては 最初のルールに反する」なんてね
大声で本気で抗議しちゃったりするわけです

確かに
社会に反するようなルールを決めて実行するのは
それは許されないことでしょうけど

自分達がこうしようなんて決めたローカルルールは
ドンドン改善し続けなければ実態とかい離してしまうリスクが
伴いますし もともとルールなんて
自分達がオペレーションし易くするために決めたことなんですから
自分達のスキルや組織力がアップしてゆく中で
ルールを変えることは当たり前のことなんですね

いやね
このことを誤解されている方って結構おられましてね
組織で仕事を進めているときのブレーキになったりするわけです

でね
思うんです

組織で仕事をするならば
当初決めたルールは 個人や組織が力を付けたなら
必ずルールのパラダイムシフトを起さなければいけないことを
事前に打ち合わせておく必要があると思うわけです。



2012年11月27日火曜日

リスペクト


もう嫌になるほど聞かされてきましたね

「勝ち組と負け組」

この言葉を聞かされる度に
ワテはどちらかと言えば「負け組」なんやろな なんて
ぼんやりと思っていましたが

良く考えてみますとね

会社の企画提案の会議なんかで
杓子定規の意見を言うエリート達だけが集まっただけでは
何も始まらないし 何も決まらないように

日頃はオッチョコチョイで失敗ばかりしているけど
やたらと飲み屋のおねえちゃんに人気のある輩の柔らかい発想も必要ですし

日頃は目立たない地味な存在なんだけど
アニメーションに関してはやたらと詳しいオタクも必要です

さらには
日頃は上司と良く意見の対立で大きな声をしているけど
ものづくりにはやたらと詳しくてチョッと試しに作ってみたいと言うと
あっという間に手配して 形にしてしまうような便利屋も必要です

そうなんです

「勝ち組と負け組」なんて
単純な区分で人を見ちゃあかんと思うわけです

グローバル化に伴って入ってきた
金持ちは偉い人 そうでない人は負け組という
誰でもが分かりやすい評価基準が入ってきたことによる
弊害なんでしょうけど 現場はチョッと違うと思うわけです

ワテらビジネスに関わるモノは
価値観でものごとを捉えなきゃいけないんじゃないでしょうか

お酒の場でおねえちゃんにチヤホヤされたことのないワテなんか
若い奴もおじさんも昔のおねえちゃんも現役のおねえちゃんも
みんなまとめて その場を盛り上げる人たらし力は
尊敬に値すると思うわけです

ビジネスにおいて 意見が対立したときなど
彼の存在がその場の空気を和やかななものに換えてくれるものです

オタクな人というのは ものごとを掘り下げてゆくプロセスを
心得ていますから 新しい挑戦をしようというとき
徹底した情報収集をしてくれるものです

器用にモノを作ったり ものづくりの手配を簡単にやってのける
便利屋さんは これまた 組織には欠かせないものです

みんなの意思の統一を図るのに 何か形になったものが
欲しいなんて思いましたらね 1週間後には
何か形となって提示されるなんて 最高やと思いません?

私達は 偏差値などという日本中の同年代の人間を
一本の価値観で評価するということを強要されてきましたから
何事も ひとつの価値観で捉えようとする習慣がついていますけど
これは 訂正しなきゃならんと思うわけです

自分の価値観に基づいて行動している輩が集まってこそ
オモロイビジネスができるというもんですわな

2012年11月26日月曜日

シッパイとオン


人と言うのは不思議なもんで
嫌な思いをしたり 失敗したりしたという事実については
なかなか忘れられないものです

一方
人から受けた恩というのは
すっかり忘れてしまうもんなんですけどね

いやね
ビジネスで確実に一歩一歩 前進し続けている人というのは
よくよく話を聞いてみると これが全く逆なんですね

会話をしていますとね
人から受けた恩の話は楽しそうに話されていますけど
失敗したり嫌な思いをしたことについては
ガハハって笑い話にされちまうんですな

その理由を考えてみますとね

失敗したとか 嫌な思いをしたことそのものより
そこに至ったプロセスが大切だと思っておられる節があるんですね

あの時 あの人の言動には違和感を感じたにも関わらず
会社にはゴーって言ってしまっていたもんだから
まぁ~大丈夫だろうって黙殺したら
案の定 後で酷い目にあったんだ

だから
自分の感性は常に磨ぎ澄ますと同時に
何か違和感を感じたら それを拭い去ることが出来ない限り
ものごとは進めないって決めているんだ なんてね

そうなんです
ひとつの失敗から 必ず何かを学び
次の対応策のひとつに加えておられるんですね

ですから
人から受けた恩というのは もの凄く大切にされるわけです

なぜって
恩を受けたということは 何らかの形で相手の方のプロセスに
割り込んでしまったわけでね ご迷惑をおかけしたという
思いが強いからなんですね

こういう言動は 端から見ていても気持ちいいもんですよね

でもね
マスコミから流れてくる政治や大企業の報道を見ますとね
馬の生き目を抜くような グローバル化が一気に進み
騙される奴が悪い 無防備なお前が悪い なんていうことが
まかり通ってしまうようになりましたからね

人から受けた恩を
あいつはお人好しの馬鹿たれなんだ 使わなきゃ損だ
なんていうことが まかり通りってしまうんですな

2012年11月25日日曜日

うまくいかない時の言い訳


仕事が行き詰ったときというのは
まさに発想の転換が必要なわけですが

自分が いま どういう状況にあるかなんて
なかなか分からないわけでしてね

ついつい思っちゃうんですな

こんなに努力しているのにうまくゆかないのは
景気が悪い上に政府がなってないからだ とか

あいつのせいでこうなっているに違いない
あいつさえいなければ何とかなるかもしれない とか

ここまでやっても駄目なのは
才能のない血筋のせいや とかね

仕事と向き合うとき
仕事とは努力すれば必ず報われると誤解している方ほど
努力する自分に酔っているところがありましてな
うまくいかない言い訳が人のせいになっちまうことが多いものです

ワテからしますとですね
努力していようがしていまいが関係なくてね
昼寝してても売り上げが上がるようなスキームを描ける輩こそが
一番偉いと思ってますからね

私はこんなに努力しているんですよ なんて見せられちまったら
思いっ切りドン引きなわけです

仕事がうまくいかないときはね
これでうまくいかなかったんだから
次はこれでやってみようか
それで駄目だったら 次はこれにしちゃおうか
それでも駄目だったら 思い切ってあれやっちゃおうか

なんてね
思考の切り口をドンドン変えてゆくことだと思うわけです

これを努力とはいいませんわな

なんていうかと申しますと
仕事を楽しむというんですわな

そう
仕事は努力してやるもんじゃなくて
楽しんでやるもんなんですわ

2012年11月24日土曜日

タンパクとコッテリ


営業を長くしていると頭を抱えて叫びたくなるような失敗を
もの凄くたくさんやってしまっているものです

歳を重ねてきますとね
都合良く記憶が薄れてゆきますからね
都合の悪いコトは甘酸っぱい程度にまでに
変化してくれるわけですが

完全に忘れたわけではないのでね
時々 心穏やかだった時間が
引き裂かれることもあるわけです

まぁ~そんなことは 誰にもあるでしょうから
それはそれとして
人生のスパイスと考えればいいんでしょうけど

営業をしていましてね
ひとつ学んだことがあるんです

それは
人と親しくなるコツとでもいいますか
接し方といいますかな・・・

営業を始めた頃というのは
先輩から教わるわけです

「お客が買うというまで帰ってくるな」ってね

真面目な私なんぞは 当初 指示通りにですね
お客さんの会社に朝から晩まで詰めるなんていうことを
してみたりしたわけです

でもね
それって逆効果ですわな
しつこく食い下がる私を見て 仕方ないからって
注文をくれたお客さんは それ以降は話もしてくれなくなる
なんていうことを経験したりするわけです

でね
思うんです

営業をするときに限らずですね
人と親しくなろうと思うならですね
居座るような べったりとした接し方をするんじゃなくって
短時間繰り返し接してゆくような方法の方がうまくゆくってね

「こんにちは 社長はおられますか?」
「いま出掛けてますよ~」
「ホイ お忙しいですね
 私は元気ですって社長に伝えておいて下さいね
 また来ます~」

爽やかな微風のごとく 吹きぬけてゆくわけです
そして あるとき その心地よい風に気が付いた社長さんは
思わず微笑んでしまうわけですね あいつに何か頼もうってね

思いませんか
こんな人との接し方
それは 仕事との接し方と良く似ているってね

はじめからコッテリと取り組んでしまうと
いつのまにか自分を追い込むことになっちまいますからね

やはり
はじめは タンパクにチョロチョロと関わり
徐々にコッテリと焼いてゆくのがいいと思うわけですよ

2012年11月23日金曜日

鳥の眼


この歳になると
何をやっても向上するということが難しくなります

マジックのまねごとをやってみても
全然うまくなりませんし

文章を書く練習をいくらやってみても
いつまで経っても自分流で紳士になれませんし

料理の本を横に置いて料理しても
出来上がったものは 別のものになってしまいます

これってね
もともと頭が悪いのに 歳を取ったもんだから
さらに拍車が掛ったわけではなくってね

いや ちょっとは それもあるかもしれませんがね

本質的には
自分のどこかに この歳で上手くいかないって
何となく格好悪いと思っている自分がいて

昔のオレなら こんなこと簡単にやれたんだけどな
この歳じゃ 目も良く見えないし
感どころも鈍くなっちまった

何て思っていましてね
失敗する自分を人に見せようとしないんですね

こういう風になっちまったら
何事も上達しないんですな~

間違おうとも
人から文句を言われようとも
人から怒鳴られようとも

平気な顔をして学習してゆく若い奴らには叶わないわけです

ただね
歳を取った偏屈親父が
若い奴らと張り合える唯一の方法がありましてな

それが
空高く飛んでいる鳥が見下ろすように
自分自身を見下ろす眼を持つことだと思っております

なぁ~に
若い奴らには 真似の出来ない渋い方法ですわ

ざまぁ~みろって奴です

2012年11月22日木曜日

ウロウロせな


不思議なもので
仕事をしていますとね
必ず「これでいいんだろうか」って
迷うときってくるもんなんですね

いまの部署では会社の主流になれない
このままじゃ日蔭者で終わってしまいそうだ とか

いまの会社の仕事はチマチマした仕事ばかりで嫌になる
もっと大きな仕事がしたい とか

知人からうちの会社に来ないかってお誘いがきた
どうしようか迷っている とか

いろいろありますわな

でね
こういうときってね
スパッと決断出来ればいいんでしょうが
それが出来るくらいなら苦労はないわけで
ウジウジと迷うことになるわけです

そうしますとね 迷っているうちに
段々自分に自信がなくなって来ましてね

こうするのは やっぱり違うのかな~
なら こうやってみようかな
でも それも違うような気がする
なんていうことになっちまうわけです

最後は
じゃ~ 自分にとって
1番メリットがあるのはどれだ?
なんて考えてしまうわけですな

でもね
欲をかいて上手くいった試しなんてないわけで

そんなことで行動を起こしたら
これまで築き上げてきた信頼が
一挙に崩れ去ってしまうことになっちまうわけです

でね
思うんです

もし
迷いが生じるようなことがあり
自分にとって一番のメリットはどれか
なんて考え始めましたらね

霧の中に埋もれた未来を見るのは止めにしましてね
もう一度現実と向き合うべきやと思うわけです

そして まずは
今日の一歩を確実に踏みしめることやと思うわけです

迷いという奴は
ウジウジ考えているときは 晴れないもんなんですわ
諦めましょうや

でもね
迷いという奴は これまた気まぐれなもんでね
全く違うことを考えたり やったりしているときに
突然 パッと閃きましてね
モヤモヤを晴らしてくれるもんなんですわ

2012年11月21日水曜日

キッチリとはいかん

子供の頃 自転車に乗れるようになることが
大人に一歩近づくことだと思いましてね
何度もコケながら練習を続けたものですが

自転車って変なもんで
あるとき突然乗れるようになれますよね

あれ?乗れるようになったみたい そんな感じですよね

でもね
乗れるようになって気が付いたことがあるんです

それは
自転車って真っすぐには走れないっていうことなんです

そうなんです
自転車って常に体重のバランスを微調整しながら走っているんですね

ですから
10センチくらいの細い道を地面に描いて
そこを走ろうとすると ハンドルがブルブル震えてしまって
なかなかうまく走れないですな

いやね
思うんですよ

ビジネスにおいても
何か計画して行動を起こすじゃないですか

そのときって
描いた細い道を走ればいいって思っちゃうもんですが

実は違ってましてね

仕事って実際に動き始めたら
自転車と一緒でね 微調整の連続じゃないかってね

だから
朝令暮改なんていう言葉があると思うわけです

ただね
道から大きく逸れてしまうと
溝に落っこちちゃったり
川に転落してしまったりするんでね

はじめに描く道は
少し幅を持たせることを忘れてはあきませんわな

2012年11月20日火曜日

やってから反省せなあかん


上司の言葉として良く聞いていました

「私も彼のプロジェクトはうまくゆくと思っていましたからね
 陰ながら応援していたんだよ」

あるいは

「私は反対だと言ったんだけど他の役員がやろうと言うから
 仕方なくOKしたんだけど やっぱりうまくいかなかったね」

なんてね

サラリーマン時代を通して学んだことのひとつは
サラリーマンで出世するには 自己保身を徹底すること
そのためには 先頭を走らないように心掛け
成功には後追いで仲間に入り
リスクには一定の距離を置いて 決して近付かないことが
大切だということです

でもね
これが通用していたのは
ひと昔前までのことじゃないかと思うわけです

この情報化社にあってですね
隠し事を未来永劫隠し続けることは出来ませんし

人には分からないだろうと思って誤魔化したことも
いろんな人がいろんな視点で自由に評価する時代ですから
思ってもみなかった処で表沙汰になるものです

そして
そんな卑怯なことをしていますとね
人は表向きではヨイショをしてくれていても
振り返るとネットで滅茶苦茶に言われているものです
知らぬは当人ばかりなりなんていう間抜けなことになるわけです

そして あるとき
裏で言われていた悪口が
表に知れ渡り いずれは信頼を失ってしまうのが
いまの世の中だと思うわけです

でね
思うんですよ

世の中の賢い人って
ちょっと考えるといろんなことが分かるみたいでしてね
何かやろうよって言うと
出来ないことを五萬と言うじゃないですか

大体の人は その迫力に負けて止めてしまおうかって
思うわけでしょうけど そこで引き下がってしまうようじゃ
はじめからやらない方がいいわけで やる人はやるわけですが

問題は 出来ないことを朗々としゃべってしまう
行動を起こす前に反省をしてしまうような人が
一旦行動を起こしたときのことなんですね

今回の震災復興予算の仕分けを聞いていても分かるじゃないですか
やったことに対して反省が一切ないんですね
出てくるのは 間違っていないという言い訳ばかりなんです

こんな反省をするタイミングを間違ってしまっていたのでは
端から見ますとね 軸がぶれているようにしか見えないわけで
信頼を得ることはできませんわな

反省は行動を起こしてみてから
これ基本ですわな ホンマニ

そして
行動してみて分かったことがあったなら
反省すべき点は反省し改善することですよね
反省だけして終わらせてしまと
いまの日本のようになっちまうわけです


2012年11月19日月曜日

ドキドキ


このままじゃいけない
いまの自分を変えようと思いましてもね
大きな壁が目の前に現れるんですな

それは
恐怖です

そう
変化することへの恐怖ですね

試験を受験するときや
顧客の前でのプレゼンテーション
恋を告白するとき なんていうときは

もう
ドキドキするじゃないですか

失敗したらどうしよう とか
うまくいかなかたったらどうしよう とか
冷たくあしらわれたらどうしよう とか

結果を考えてしまうと
ついつい躊躇したくなってしまうもんですわな

でね
思うんです

誰だって
変化に飛び込むときって
恐怖と隣り合わせになるもんですから

その恐怖を
嫌だといって背を向けてしまうか
ヘイヘイ面白くなってきたぜ~イッチョやったるかと思うか
たったこれだけの違いに過ぎないということを知るべきだってね

いやね
恐怖と向き合いましたらね
誰だって ギャー って叫ぶと思うわけですよ

イイじゃないですか
大きな声で叫んじまったら

大きな声を出すなんて格好悪いてなんて思っていたら
ホンマニ格好悪い人生になっちまいますがな

変わるチャンスが目の前にやってきたら
躊躇なんかせずに
ホイって飛び込んじゃいましょうや

2012年11月18日日曜日

受け身じゃ面白くない


チームで新しい挑戦をしようと思うとき
必ずいるんですよね

私はこの企画には反対です
オモシロイチャレンジだとは思いますが
この変化の早い時代にあって
我々のような後発部隊に成功のチャンスはあるんでしょうか
いまの事業で頑張るべきだと思います なんてね

こういうことを言われる方というのは
自ら変化を起こすということをされたことの無い方が多いようで
受け身で変化を受け止めてこられた方が多いと思うんですね

もちろん
誰にも受け身で命令を受け入れることはあるわけでしてね

転勤を命じる
部の異動を命じる
このプロジェクトへの配属を命じる

紙切れ一枚で
これまでの経験をリセットするなんていうことを
受け入れるわけですが

だだね
変化を楽しむ方と
出来るだけ変わりたくないと思う方の違いが出るわけです

受け身でしか変化を受け入れてこられたことの無い方というのは

いつも自分の意見は言わず
いつも人のいうことに批判的で
いつも組織の成功は自分の手柄として語り
いつも組織の失敗はあいつが悪いと人のせいにし
いつも自分は正しいのだけれど周りはバカばっかりだと仰る

こんな方というのは
いつも不機嫌ですわな

でね
思うんです

変化というのは
受け身でいると不機嫌になってしまうんですけど
自ら進んで変わろうと思いますとね
とてもご機嫌になれるってね

まぁ~
新しい髪形にしたときの
あの爽快感っていうところでしょうかね

あ・・・
ちなみに 私はその爽快感はもう味わえませんがね

2012年11月17日土曜日

フォームを変える

先日 石川遼選手が久しぶりに優勝できて
涙のインタビューを受けていましたね

どうも この数年フォームを改造し
ゴルフの組み立て方を変えているために
不調が続いていたようですが

あのインタビュー中の涙は 不調の中自分を支えてくれている
スタッフへの感謝が 感極まってあういう形の
インタビューになったんだなんて聞きますとね

悔しいかな
あんな二十歳そこそこの若造に嫉妬してしまいますわな
同時に応援もしたくなるわけです

いやね
トップアスリートというのは
素晴らしい成績が出ている状況にあっても
さらなる上の自分を求めてフォームを変えてゆくじゃないですか

あの姿は我々に多くのことを示唆してくれると思うわけです

ワテらのような一般人がチョッと何かで成功したからって
「いつまでも同じやり方を踏襲しようなんて思うんじゃねぇ~よ」

こんなところでしょうか

若いうちに
中途半端な成功体験をしてしまうと
その後の人生が狂ってしまうという話ですわな

でね
思うんです

石川遼選手のようにはいきませんがね
仕事と向き合うときは 居心地の良い過去の成功体験の中に
埋没したがる自分と向き合いましてね

仕事のフォームを改善し続けてゆく努力を怠らないことが
大切じゃないんかってね

2012年11月16日金曜日

新しい発想って何かを知る


自分は変わりたいって本気で思ったら
忘れてはならないことってあると思うんです

それは
これまでの人生でやってしまったこと

例えば
悲しかったこと
辛いなと思ったこと
反省無くしては語れないこと
思わず叫びたくなるような恥ずかしいこと
もう死んでしまいたいと思ったこと

そんな人生の寄り道を
あるいは人生の無駄だと思ったことに対して

全部を十把一絡げで
自分の財産なんだと思う度胸が必要なんですな

その上で
これから始まろうとしている
新しいチャレンジの対しては

チャレンジを通して経験することは
跳び箱の段を新たにひとつ積み上げるように
追加されてゆくんだと考えるわけですね

それができましたらね
これから始まることが
これまでの経験を全く否定するような内容であっても

「おっ!また新しい経験を積むことが出来るぞ」って

面白くチャレンジが出来るわけです

そうなんです
新しい発想ってね
過去から 大切に自分が積み上げてきた経験を
パッと否定することから始まるわけです

昔からこうやってきたんで
私は なかなか変われないです なんて
言っている自分が もしいましたらね

そんなこと言って立ち止まっていたら
自分の経験を生かすどころか
自分を古いバージョンのままに留めてしまって
いづれは時代遅れとなり 全く役に立たなくなる
危険をはらんでいることを知る必要があると思うわけです


2012年11月15日木曜日

変身


新しいチャレンジをしようと思うとき
自分自身が変わらないと何も始まらないことに気が付くわけですが

だからと言って
いきなり ギミックを使って
「変身!」っていうわけにはいきませんわな

では
どうするのか

新しいチャレンジに必要だなって思うコトを
ひとつひとつ並べてみましてね

例えば

何でもほったらかしにしてしまって
中途半端な自分を止めたいとか

何に対しても未練たらしくて
いつまでもクヨクヨしている自分を止めたいとか

こんなことが並びましたらね

まずは
これは持って生まれた習慣ではなく
自分が自分を放置したから始まった習慣なんで
変えるのは難しいけど
新しい習慣を身に付けるのは可能なんだって
自分に言い聞かせるわけですね

後は簡単です
子供に戻った気持ちで
新しい習慣に挑戦すればいいだけです

2012年11月14日水曜日

習慣を身に付ける


自分を変えたいと思ってもなかなか難しいものですが
特に難しいのは無意識のうちにやってしまっていることなんですね 

自動車を運転しているとき 前方ばかりに気が取られてしまい
左右から人や自転車が飛び出てくるのに気が付かなくて
冷っとしたことが何度もある とか

打ち合わせのために 時間を掛けてせっかく資料を準備しても
当日忘れてしまい ガッカリしたことが何度もある とか

こんなアホな自分を変えようと努力するんですが
これが なかなか手ごわいんですね

あ~あ またやっちゃったって なっちまうんですね

自分を変えようと頑張っちゃうと
失敗したとき 大いに反省しましてね
今度こそは失敗しないぞ オレは変わるんだって思うわけですが
なかなか うまくゆかないんですな

でね
思ったんです

いくら反省したって 変われないわけだから
反省するんじゃなくて またやっちまったぜって笑い飛ばし
失敗が減るような習慣を身に付けてしまおうじゃないかってね

そうなんです
自分自身の欠点を補う生活習慣が身に着くまで
反復出来るような決めごとを用意するわけです

左右に注意が緩慢な運転をしてしまう対策は
停車したとき 必ずドアミラーを折りたたんでおいて
運転席に座ったら嫌でも左右を見るように仕向けたり

忘れ物をしてしまう対策は
翌日持ってゆくものは ひとつの大きな箱に全部入れておき
出発までに鞄に移すって決めるんですね

失敗する自分をいくら責めた処でうまくはいかんのです
変われないアホな自分を 笑い飛ばしちゃいましょうや
同じような失敗をしたら ドンマイドンマイっていいながら
次にチャレンジって 明るく振る舞うことじゃないでしょうかね

2012年11月13日火曜日

ちょっとしたコト


若い頃は 仕事の効率化を推し量るために
昨日までやってきたことを打ち捨てて
ガラガラポンってやつですね

みんなからどう思われようと
ゼロからリビルドするなんて平気でやっていました

うまくことが運んだこともあれば
途中でとん挫してしまったものもありますし
反対勢力に後ろから手を廻されてしまいましてね
気が付いたら転勤させられたなんていうこともありました

ちょっと ほろ苦い懐かしい思い出なわけですが

いろんな業務の改革に挑戦したことで
ひとつ学んだことがあるんです

それはですね

本当に大きな改革をしようと思ったら
大きな変革をいきなりやって組織の中に摩擦を起こさせるより
抵抗の少ない小さな改善を積み上げてゆくことで
未来を 静かに変えてゆく方がうまくゆくということなんです

例えば ダラダラとした会議が問題となっているんでしたら
私なら 椅子に座らない会議をすることにしちゃうんですが

いきなりやっちゃいますとね
反対勢力にこっ酷くやられてしまいますからね

ここはですね

ダラダラ会議の対策として
会議に見学者となる 新人君を座らせましてね
会議の最後に 会議の感想を発表させるんです

「日頃 冗談ばかり言っている先輩と別人かと思いました」なんてね

こんな感想が発表されるようになりますとね
会議に参加する人も自ずと緊張感が高ましましてね
ダラダラ会議は 緊張感の漂うモノへと変わってゆくと思います

こんな
静かな改革を積み重ねてゆきますと
案外 大きな変革というのも可能になるわけです

2012年11月12日月曜日

拾う


仕事をしていますとね
いろんなことが目の前に降りかかってくるものですが

それは
日頃からやり慣れていることばかりではなくて

初めてのことだったり
やたらと面倒臭いことだったり
この先どうなるか予測が付かないことだったりと

簡単に受け入れるわけにはいかないことも多いわけですね

ですがね
ワテがそうであるように
人って変わりたいと どこかで思っているわけでしてね

オレだってやろうと思えばまだまだいけるんだぜ
なんて どこかで思ってますし

この程度の人生で終わるオレじゃない
まだまだチャンスは必ずくる なんて思っているものです

ところがですね

その人生が変わってしまうような切っ掛けを
なかなか掴めなくってね
モヤモヤした時間を過ごしているわけです

でね
思うんです

仕事をしていると
降りかかってくる いろんなコトってね

実は 自分を変えるチャンスなんじゃないかってね

ですからね
こいつに関わっちまったら
この先どうなるか分からないなぁ~
なんて思うことが転がってきましたらね

拾っちゃいましょう

拾ってみたら アッチッチかもしれません
でも 大騒ぎしてワタワタしちゃいましょうよ

そして ある時 振り返るときが来ましたらね
私の人生のマイルストーンは
あの時だったんだ っていうことになるんやと思いますわ

2012年11月11日日曜日

思考のパラダイムシフト

ワテら一般庶民というのは
情報の入手方法が限られていますから
いつの間にか無意識のうちに
思考の選択肢が狭まれているものです

こいつはな昔こんなことがあって酷い目に合わされた
こいつの言うことなんか信用ならん

この会社はこの程度のもんやて
付き合うに値せんぞ

これはこうしなきゃ駄目なんだ
それ以外は認められんのじゃ なんてね

わざわざ自分の人生を狭く狭くしようと
しているんじゃないかって思うような
思考パターンをしてしまっているんですね

最近 ノマドワークなんて言葉がもてはやされていますが
その評価って見事に分かれているじゃないですか

ノマドワークなんてフリーター達のやることで
ちゃんと働けない奴がやっていることさ とか

昔から喫茶店やホテルの喫茶コーナーを使って打ち合わせなんか
やっていたけど ノートPCが普及してからはちょっとした仕事を
会社以外でもするようになったんで それをノマドワークなんて
言うようになったんだろうね とか

会社に勤めるという囲われた社会から契約的な社会へと
変化していく中で 個人が働く場所や時間を自由に選択できる
時代へ移行し始めたんだと思います。
自分で仕事をコントロールするワークスタイルそのものが
ノマドワークなんだと思います といった具合に

いろんな見方 考え方 評価の仕方ってあると思うのですが
なかなか 普通はそこまでは考えが及びませんよね

でね
思うんです

自分の中に無意識のうちに出来上がってしまっている
思考のパターン 思考の選択基準といったものを
やはり 時にはクラッシュさせてしまって
思考のパラダイムシフトをしなければ
ならないんじゃないかってね

ひとつの情報に対して
ひとつの意見しか持っていないって
自分の未来の選択肢をわざわざ摘んでしまっているような
気がするわけです

2012年11月10日土曜日

目を背ける


自分の自慢できることを列挙するのはなかなか難しいものですが
自分の欠点を並べるのは結構簡単に出来るものです

心のどこかで いまの自分から
いつかは変わりたいと思っているからだと思うんですね

でもね
思うんです

変わりたいなと思うことがたくさんありますとね
あれも これも どれも それもとなりましてね
挙げれば挙げるほど 本当に自分が変わりたいと思う処から
ドンドン遠ざかってしまうんじゃないかってね

私は何かコトがうまくゆかなくなると
必死に対応策を考える前に
いかにして自分が不利な立場にならないようにするか
言い訳ばっかり考えてしまう そんな自分が嫌いだって思っていても

心のどこかで 別の声が聞こえてくるんですね
「誰かのせいにしておかなきゃ お前損するぞ」ってね

そして ついつい口から出てしまうんですね
「私は反対したんだけど彼がひとりでやったんだ」なんてね

こんな自分が大嫌いなのに
自分が変わりたいと思うことを列挙してみると

整理整頓が出来るようになりたい だとか
もっと家族と一緒に過ごす時間を作りたい だとか
自分の仕事に誇りを持てるようになりたい ってなことを
並べてしまうんですね

自分が本当に変わるべきだと思うことからは
目を逸らしてしまうのが ワテら一般庶民の姿でしてね
致し方ないことだと思うんですが

もし それを受け入れる覚悟が出来たなら
自分が大きく変われるチャンスとなるんでょうな

私が一番変わったのは ・・・ 体型です