2015年4月30日木曜日

この野郎

話し合いの場で
必死の思いで意見を発表したのに
反対意見を言われて
シュンとなることってあると思うんです

そんな時って

ショックのあまり
「意見を取り下げます」って
慌てて言ってしまうかもしれませんし

カチンときて
「この野郎、何を言いやがる!」って
ひと騒動、やっちまうかもしれません

何れにしても
冷静になって考え直してみた時
しまったと思うようなことを
ついつい、やっちまうことが多いですね

こんな時のために
反対意見を言われたとき
どうすれば動揺を乗り越えられるか
自分なりに考えておかなきゃいけませんわな

思いますに
こんな時は、天邪鬼になりましてね
「チャンス到来」って考えるはどうでしょう

どんなに考えに考えた意見だとしても
考えの至らない部分というのが
必ずあるわけで・・・

ある意味
反対意見というのは、
それを補うチャンスになるのかもしれないわけです

もし
そんな風に考えることができたのなら
悪魔のように見えた反対意見を言う相手に対して

軽い会釈なんかしちゃって


お礼なんか言えちゃうかもしれませんよ

2015年4月29日水曜日

しかし

行き詰まってしまって
どうしようかなって迷うようなとき
頭の切り替えに使う便利な言葉があります

それが
「しかし」なんですね

どうしよう
こんな失敗をしでかしてしまった

こんな時
ひと言、付け加えるわけです

「しかし」
ここで逃げるようでは情けない ってね

そうしますと
モヤモヤしていた気持ちが
スッと吹っ切れましてね

ここはひとつ
全てを受け入れてみるとするか って
前向きな気持ちになるわけです

マイナスの出来事というのは
心にズッシリときますからね
思考停止に陥りやすいものですが

「しかし」という言葉を挟むだけで
頭の切り替えを促してくれ

やる気を呼び起こしてくれるもんなんですね

2015年4月28日火曜日

怖ろしい話

ビジネスにおいて
情報を正確に伝達にするということは
基本中の基本だと思うんですが

とろが
疎かにに扱われていることって多いですよね

伝達方法には
いくつかの方法があって・・・

文字や絵、動画にして、Webや紙で伝えたり
手振り身振りを交えて、言葉で伝えたり
パワーポイント等でプレゼンしたりと

どの方法を使うかは
情報加工に使える時間やコスト
その効果とのバランスになるかと思うんです

ところが、ついつい
これまでやってきた通りに
やっちまったりするわけです

さらに
伝達しようとしている情報には
相手の方が聞くに価すると認めてくれるような
権威があるかどうかも大切ですよね

言い換えるなら
根拠となるエビデンスがあるかどうかということです
ネットから、適当なグラフやデータを持ってきて
数字の根拠なんかにされたらガッカリですからね

最後に、
情報を発信しようとしている人物が
どの程度信頼できるかということも大切ですわな

チャラ男が言うことと、
真摯に仕事と向き合っている方の言うことでは
たとえ、同じことを言ったとしても

その効果は
全く違ったものになるというのは
何となくお分かりいただけますよね

これって
日頃の生活態度が影響するということなんです

情報を伝えようとしている人物の持っている
会社組織に対する不満や
商品サービスへの不安なんていうものを

第三者の方って
ちょっとした言動から
感じ取ってしまうということなんですね
怖ろしい話ですわ・・・



2015年4月27日月曜日

添え木

アスリートのインタビューに
良く登場するのは
良きライバルの存在ですね

少し先を走っているライバルを見付け
自分のモチベーションにされるようです

もちろん
我々一般人にも
良きライバルは必要だと思うわけですが

同時に
我々のような軟弱モンには
植物の添え木のような存在も
必要じゃないかって思うんです

弱気になったときや
甘い誘惑に負けそうになったとき

一発逆転のような
安易な選択をしそうになったとき

そんなときに
「アカンよ」って
正しい道に引き戻してくれる
そんな真摯に仕事と向き合っている方が
必要だと思うわけです

それは
上司かもしれませんし
行きつけのお店のマスターかもしれません

あるいは
お客さんかもしれませんし
案外、親だったりするわけです

その方には
「頑張れ」なんて
言ってもらう必要はありません

ただただ
普通の会話を交わすだけで
それで十分なんです

仕事と真摯に向き合っている
その立ち振る舞いに触れることで
ブレそうになる自分に

喝を入れてもらうわけですからね

2015年4月26日日曜日

歴史の鏡

社会人になって
上司からいろんなことを教わりましたが
一番印象に残っているのは

「歴史を鏡として仕事と向き合いなさい」
という言葉だと思います

学校で無理やり
年号や史実を覚えさせられたせいで
嫌いになっていた歴史だったんですが

全く同じことは起こらないという意味では
歴史は繰り返さないけれど
人は同じような失敗を繰り返すという意味では
歴史は繰り返していて

史実にある
勇気ある行動や奇跡のような逆転劇といった
勝者の歴史は、読み物としては面白いけど

敗者の洞察力や行動力の欠如
慢心や嫉妬が引き起こす悲劇といった
敗者の法則は、現代社会にも通づるものがある

と説明されて、なる程と思ったわけです

この歳になって
改めて思うわけです
歴史を鏡として仕事と真摯に向き合うには

歴史の鏡を何度も割らなきゃならないってね

2015年4月25日土曜日

心遣い

打ち合わせでお伺いしますと
相手の方の本音って
いろんな処で見ることができます

どんな部屋に案内されるかだったり
待たされる時間の長さだったり
挨拶を交わす社員さんの視線であったりします

特に、分かりやすいのは
打ち合わせが終わった後
どんな見送り方をされるか
なのかもしれません

席を立たずに
ハイ、さようならってされたのなら
その打ち合わせは、無かったも同じですわな

出口まで送ってくれはしたものの
歩き出して振り返ってみたとき
そこに、相手の姿がなかったのなら
その打ち合わせは、最初から最後まで
見下すような視線で行われたっていうことでしょう

やはり
このご縁を大切にしたいなって
思うような見送り方というのは

振り返ってみたとき
見送ってくれたままの位置に立っていて
もう一度、お辞儀をし直すことになってしまうときです

おもてなしというのは
こんな、ちょっとした心遣いなのかもしれませんね





2015年4月24日金曜日

好き嫌い

子供の頃
食卓に嫌いなモノが出てくると
ちょっとだけ箸を付け
お皿の隅っこに移動させていましたね

「好き嫌いをしちゃダメ、全部食べなさい」
なんて、良く怒られたもんです

いまじゃ
逆になっちまいましてね

「そんなに食べちゃダメ」って
怒られていますけどね

いやね
人付き合いも
これと似たところがあると思うんです

若い頃は
あいつは好きだけど
あの野郎とはウマが合わない
なんて言いましてね
似た者だけが集まるわけです

実は
ウマが合わないなんて思っている相手ほど
壁を打ち破るような発想の持ち主だったりして
折角のチャンスを逃しているかもしれないわけです

勿体ない話なんですよね

やはり
若い頃は
ウマが合わないとか
変な奴だなと思うような人と出会いましたらね

一度
懐に飛び込んでみるって
ありじゃないかと思うわけです

いずれ
歳を取ってしまえば
付き合う人の輪って
小さくなってしまいますからね

修正の効く若いうちは
いろんな人と接するって大切だと思うわけです

ただね
ひとつだけ避けるべき人達がいます

それは
志の低い人達です
この手の方というのは

何事も易きに流れてしまいますからね

2015年4月23日木曜日

美しくないもの

美しくないもの

それは
嫉妬に駆られた顔
怒りに任せて叱責している顔

そして
愚痴や不満を
ネチネチと言っている顔でしょうか

それも
何人かで集まって
お酒が入っている席で愚痴っている姿って
本当に、見苦しくって美しくありませんわな

嫉妬の顔、怒りの顔、不満の顔
いずれも鏡に映してみたら
ゾッとするに違いありません

ですからね
愚痴や不満を肴にちょっと一杯なんて
本当に無駄な時間だということなんでしょう

ただねぇ〜

この不満という奴が
新しい商品を生み出したり
新しいアイディアを生み出す原動力になるのも
確かですからね

一概に
無駄だとは言い切れないから
面白いわけですわな

何か不満に思うようなことがあったら
ネチネチと文句ばかりいうんじゃなく

ここはひとつ
こいつを活用して
ひと儲けしてやろうなんていう意識が
必要なのかもしれませんね



2015年4月22日水曜日

ものごとを捉える視線というのは
縦軸と横軸ってあると思うんです

縦軸は
目の前に注ぐもので
仕事を進め、問題を解決するために
注ぐ視線のことでしょうか

横軸は
周囲に注ぐもので
ライバルの状況や取り巻く環境を見極めるために
注ぐ視線のことだと思います

この縦軸と横軸に注ぐ視線が
バランス良ければ問題ないのですが
横軸に大きくブレてしまうと
嫉妬心が支配することになってしまいます

ライバルに嫉妬することって
決して悪いことではないと思うのですが
度が過ぎてしまうと、悲しい結果になりますわな

やはり
嫉妬の情が強くなったとき
どのように自分を修正するか
自分なりに策を用意しておいた方が
いいように思うわけです

ちなみに
私の場合は
軸がぶれたとき
池波正太郎の世界に飛び込むことにしています

江戸の町に長逗留っていうわけです

2015年4月21日火曜日

人たらし

営業って
いろんな経験をさせてくれます

結構、面白いなと思ったのは
アポなしで訪問したときのことです

そのときの
お客さんの反応は
いろいろあるんですが

一番多いのが、ご機嫌の悪いパターンですね
「来るなら、事前にアポを入れてくれるかな」

次が、さすがだなって思う大人の対応ですね
「良く来たね、コッチにおいでよ」

稀に、おられたんですが
「丁度よかった、会いたいと思っていたんだよ」

大体、この3つのパターンだったと思います

考えてみれば
アポも入れずにお伺いするなんて
失礼な話なんですが

先方からの言葉によって
その後の対応が変わってしまうのは
致し方ないと思うわけです

機嫌の悪い対応をされたら
自ずと足は遠ざかりますし

大人の対応をされたら
次回からは、アポを入れようと思いますしね

会いたかったよ、なんて言われたら
この人のお役に立ちたいなんて
本気で思っちゃいますからね

いやね
できるなって思う方って

間違いなく
お役に立ちたいと思わされるような
「人たらし」なんですね

ちょっとした会話で
相手の方の懐の深さが
簡単にわかっちゃうんですよね



2015年4月20日月曜日

自信

自信というのは
未来に向けて用いられるもの

未来というのは
まだ、ここには来ていないもの

なのに
自信というのは
過去の経験からしか得られません

あのとき
上手くいったから
これからも
上手くいくだろうという 憶測なんですね

確かに
過去上手くいったことって
同じようにすれば
上手くいく確率は高くなると思うんです

でもね
こんなに早く変化する世の中にあって
これからも上手くいくだろうなんて
実は、暴言なんですね

だったら
自信ってどうすりゃいいんでしょうか?

それは

ゴールに向かって
いまできることのベストを尽くす
これしかないんですね

そうなんです
漠然とした自信っていう奴は

いまに汗をかくしかないわけです

2015年4月19日日曜日

反比例

飲み会に参加して

もっと飲め、俺の酒が飲めないのか とか
よし、次の店にいくぞ、まだまだ帰さんぞ とか
ここだけの話なんだけどさぁ とかね

こんなこと
言われることってあるわけで・・・

そりゃ〜
その時はドン引きになりますけど

これが接待をしている席ですと
仕事に結び付くこともありますからね
「面倒臭え〜」なんて思いつつも
付き合うことになるわけです

いやね
思うんです

ものごとには
やればやるほど効果が期待できるものと
やればやるほど嫌になっちまうものって
ありましてね

お客さんとの飲み会は
一緒にいる時間が長ければ長いほど効果があって
一緒にいる時間は比例するもんだと思うんです

ところが
親しい仲間との飲み会というのは
一緒にいて居心地がいいもんですからね
ついつい惰性に流されちまうんですが

とはいうものの
長く一緒にいると
鼻に付くことって多くなるじゃないですか

だから
親しい相手ほど飲むときは
一次会でサッと切り上げるに限るってね
思いません?

そうなんです

飲み会に限らないとは思うんですが
人と一緒にいる時間って
親しくなればなるほど

反比例にするに限るってね

2015年4月18日土曜日

ボチボチ

ボチボチの人生でいいじゃないか
なんて思っていると

自分勝手に
限界を設けてしまって
何処かで仕事と真剣に向き合わなくなり

自分より優秀な人を見ると
自分とは違う世界の人と線引きをし
努力を怠る言い訳にしてしまったりします

そんなことしてると

いつの間にか
人の悪口を吐いて歩く怪獣になっちまいますし
人の足を引っ張る河童になっちまいます

思いません?
そんな人がいると
空気が何となく淀んでくるってね

そんな
淀んだ空気に包まれちゃうと
努力をしようという意欲を失っちまいますわな

思うんです
ボチボチでいいということは
実は、罪なことじゃないかってね

やっぱし
どんなに辛かろうと
どんなに悲しかろうと
どんなときも常に前向き


こうじゃないとね

2015年4月17日金曜日

重い腰

将来は
こんなことをやりたい とか
こんな風になりたい とか
こんなになれるといいな とかね

誰もが
いろんなことを
考えていると思うんです

ただ
それを実現するために

具体的に何か行動をしている方と
漠然とイメージしているだけで
実際には何もしていない方とに
分かれてしまうと思うんですよね

いまは
不可能だと思うような
夢や希望であったとしても

やはり
具現化に向けて行動を起こしてないと
オモロクありませんわな

将来は
世界を飛び回る
ジャーナリストになりたいのなら
英会話くらいは始めようと思うでしょうし

あるいは
文章を書いてお金を貰いたいのなら
出来るだけ多くの文章に触れ
出来るだけ多くの文章を書かなきゃって思うでしょう

じっとなんかしれられないと思うんです

いまからやることが見えましたらね
すぐにやりましょう

将来やりたいと思っていることを
メモに書いて、見える所に貼るんです

そして
身近な人にそっと話すんです

そうしますと・・・

自分に強烈なプレッシャーが掛かりますからね

重い腰も「よっこらしょって」あがると思うんですよね

2015年4月16日木曜日

殻を破り

これ、お願いできるかなぁ〜

仕事というのは
自分の都合に係わらず
擦り寄ってくるもんです

いや、私には無理です
いや、私には向いていません
いや、私にはそんな能力ありません

なんて、やっちまってません?

やらせてみたらどうだろうかって
声を掛けてもらっているのに
新しい可能性をみすみす逃すようなこと
結構、やっちまうんですよね

やはり、こんなときは
ありがたく拝命すべきだと思うんです

ただ

こんな風に
自分の可能性に挑戦してゆきますと

やっぱり、
この仕事は自分には不向きだなって思って
苦しむこともあると思いますし

仕事の量が多くなり過ぎて
パニック状況に陥ってしまうことも
あるかもしれません

でもね

不向きだなって思うところまで
必死に挑戦するって
自分の資質を明確に知ることになりますからね
自分では気付かなかった可能性を
明確に知ることになると思いますし

仕事量が多過ぎる
もう限界だと思いつつ走り続けていると
自分が思っていた限界のレベルが
低すぎたんだと気が付くことが多いもんです

こんな風に
痛い目に遭わないと
人って、自分の殻を打ち破れませんし
成長なんかできないと思うわけです



2015年4月15日水曜日

ある意味

考えてみますと
ある意味、我々って
天才なのかもしれませんね

何がって?

それは
何かをしようと思ったとき とか
何かをしてみないかと言われたときに

パッと閃く
あの尤もらしい言い訳の数々なんです

やらなくてもいいという言い訳
やっても無駄だという言い訳
やれないという言い訳

日頃は
もうひとつパッとしない自分なのに
このときばかりは、
もう次から次から言い訳が出てくるんですね

こんな部分で
天才だなんて
ちょっと悔しいですわな

行動力のあるなしは
この言い訳を超えるだけの


熱い思いがあるということなんでしょうかね

2015年4月14日火曜日

揉みくちゃ

自然界って
生存競争・自然淘汰・適者存続

こんな
残酷なサイクルが
当然かのように繰り返されています

我々も例外ではなく
こういう競争の渦中にいるわけで
日々戦うことを余儀なくされているわけですが

ご褒美とでもいいますか、何かの拍子に
ちょっとした成功なんて味わうわけです

そうしますと
嬉しくなっちゃって
これが未来永劫、続くもんだって
誤解しちゃうわけです

でも、現実は残酷ですわな
気を抜くと、あっという間に
揉みくちゃにされちまうわけです

やはり
思うんです
仕事と向き合うときは

勝者として脚光を浴びる覚悟で
仕事に臨むのか

自分の心地よい居場所を確保するために
仕事をするのか

このどちらにするかを選択し
仕事と向き合わなきゃいけないってね

ここが曖昧ですと
ちょっとした成功しただけで浮かれちまって


足をすくわれちまいますからね

2015年4月13日月曜日

対価

仕事って
やってて充実しているから
楽しいって思うんでしょうし

やってて虚しいと思うから
つまらないと思うんでしょう

そんなことで
この仕事は好きか嫌いかって
決めているのかもしれませんが

仕事を
お金をいただいて
働いているんだと考えると
別の見方もできるような気がします

お客さんの支払う対価に見合うだけの
仕事をしていると言い切れるだけの
プライドを持って仕事と向き合っているか
なんですね

もっと言い方を変えますと
お金をいただいているのに
いい加減な仕事はできないぞって思う
プロ意識があるかどうかなんです

この仕事が
好きとか嫌いとか
向いているとか向いていないとか言う前に
考えなきゃいけないことだと思うわけです

もし
嫌いな仕事をしていて
お金をいただいているとするなら
尚更、考えなきゃいけないわけです

本当に

お客さんの対価に見合った仕事をしているかってね

2015年4月12日日曜日

苦行

どんな人と付き合っているかによって
ものの考え方って変わりますよね

高いレベルの仲間と
一緒に仕事をしていますと
お互いに切磋琢磨しますから

頑張るということが当たり前になりましてね
少々頑張って何かをやったからと言って
自慢したりなんかしないんですね

そう
当たり前の水準レベルが
上がってしまうわけです
努力するのは当たり前って
自重しているわけです

仕事の品質を上げる努力を絶えず行い
より良い提案を行い
より良い結果をだすことが
お客さんのためにもなるし
自分を高めることになる

要するに
仕事って、お金をもらいながら
自分の成長のためにやっているんだって
思っているんですね

仕事を
苦行だと言って
権利ばかりを主張していているようでは

こんな発想にはなりませんわな

2015年4月11日土曜日

定型化

仕事というのは
人と関わらないと完結しませんから
必ず仲間っているわけですが

ところが

来客があって席を外していたので
電話連絡が付かなかったとか

たまたま、その日は忙しくて
メールを見るのを忘れてしまったとか

折り返し連絡が欲しいと伝言があったのに
連絡ミスで、連絡できなかったとか

いろんな状況が相まって
コミュニケーションが上手く取れなくて
ストレスが嵩むなんていうことがあるものです

これは
要らぬストレスですからね
出来れば回避したいものです

そこで
考えてみたんです

こちらからの連絡の時間を
最初から決めておくというものなんです

メールにしろ、電話にしろ、
とにかく、こちらから連絡を入れるのは
午前中は、11時半頃
午後は、17時半頃とするんですね

そうすりゃ
相手の方も、
連絡は入っていないか気にしてくれますし

自然と
相手の方も
連絡を入れるのを
この時間帯にしようされるようになり

変なストレスから解放されるわけです



2015年4月10日金曜日

個人差

最近、改めて気が付いたんですが
もともと注意散漫だって知っていましたけど

ひとつのことに
長時間集中することができないって
改めて気が付いたわけです

自分としては
何事に対しても
常に真剣勝負で挑んでいるつもりなんですが

すぐに飽きちゃうと言いますか
何かひとつのことを始めたとしても
いろんなことに気が移っちゃいましてね

気が付いたら、
いろんなことをやらかしちゃっているわけです
ホンマにガキですわな

以前
集中力のある方に
聞いてみたことがあるんです

どうやったら
集中力を継続できますか?ってね

そうしたら
言われちゃいました

「集中力が続かないという状況が分からない」
なんですって

集中力というのは
個人差があるみたいですな

ただ
ひとつだけ
なるほどなって思うアドバイスをもらったんです

それは
何かを始めるとき
終わる時間を決めて始めるとイイよってね

確かに
終わる時間が決まっていると
あまり寄り道はできませんからね

とは言いましても
いまさら集中力を高めるなんて無理ですからね

いまは
パソコンのモニターを3つ並べて
仕事をするようにしているんです

そうなんです

注意散漫も
モニターが3つもあれば
その中に留まることが分かったんです


集中力もどきを演出することに成功したわけですね

2015年4月9日木曜日

ちゃら

有能か、そうでないかの違いは
失敗したときに、
その違いがハッキリと出ると思うんです

成功から学ぶことって
大したことないですけど
失敗から学べる負の経験は
立派な財産だって考えるのが有能な人で

失敗を
転んでしまったと思ってしまって
そのまま起き上がろうとしないのが
そうでない人なんじゃないでしょうか

これって
失敗を取り返しのつかないことだから
もうダメだと思ってしまうか
二度と同じ失敗はしないと覚悟するかの
違いなんでしょうね

普通に仕事している我々って
なかなか、
そこまで意識が行きませんから

ついつい、自分の犯した失敗を
すぐに、別の何かで取り返してやろうなんて
思ってしまうわけです

そうしますと
折角、代え難い財産を手にしようとしているのに
見す見す見過ごしてしまうことになっちまうわけです

もし、仮に
別の何かで取り返せたとしても
その時点で「ちゃら」になったと安心しますからね

失敗したときの反省も、
原因究明も疎かになっちまって

いずれは
また、同じ失敗をすることになるわけです


ある意味、これって人間の業かもしれませんけどね

2015年4月8日水曜日

記録

どなたも同じだと思うんですが
セルフコントロールって
本当に難しいですよね

愛煙家にとって
タバコを止めるというのは大変なことですし

お酒好きにとって
仕事帰りの一杯はなかなか止められません

寝起きの悪い方にとって
早起きをするなんて地獄の苦しみですわな

そんな
やりたいこととか
やるべきだなって思ったことが
実際には、できないことって
生きてりゃ一杯あるわけで

ついつい
「仕方ないわな」って思って
流してしまうんですね

でも
少しでも反省し
直したいなって思うのなら

やりたいと思ったことや
やるべきだなって思ったこと

そして
それを実際にやってみたのか
やらなかったのか

それとも
やってみたけど、できなかったのかを
マメに記録してみるって効果あるんです

書き綴られた内容が
反省ばかりでしたら
追記がためらわれるようになりましてね
このままじゃアカンって本気で思いますからね

単純なことですが

結構、これが効果あるんですよね

2015年4月7日火曜日

取って替わる

チェスや将棋、ロボットの話題に
ワトソンという名前が
よく登場するようになりましたね

近い将来
人工知能が発達し
人間のやっている仕事の多くを
IOTのような形で奪い取られてしまう
なんて言われています

普通に使っている自動車だって
中はどうなっているか良くわかりませんからね

別に
マシンがやった方がうまくいくものなら
任してしまった方がいいと思ったりしますが

確かに
人でなければできない仕事という視点から
いまの自分の仕事を見直してみるということは
大切なことかもしれないなって思うわけです

全てが
マシンに取って替わるということは
ないんじゃなかって思われる仕事といえば

お医者さんに、小中学校の先生
クリエーターに、弁護士、作家
ソフト開発者に、エレクトロニクス技術者
それと、マーケティングデザイナーみたいな仕事
そんなもんでしょうか

何れにしても
人と人とのコミィニケーションが前提となる
仕事は生き残るような気がするわけです

いやね
思うんです
人工知能に一目置かれるような
そんな人間になるにはどうしたらいいか


考えてみなきゃいけないってね

2015年4月6日月曜日

ホウレンソウ

新社会人の研修で
必ず教わるのは
ホウレンソウの徹底ですね

上司が一番聞きたいと思っているのは
都合の悪い報告であり

「なぜ、すぐに報告しなかった!」

ということになるのが
組織にとって一番のリスクであり

報告や連絡は、正確に、早めに、詳細に
特に都合の悪いことこそ優先すべきだと
教わるわけです

ここまでは
誰もが納得するところなんですが・・・

報告・連絡・相談と並べて
ホウレンソウと言っておきながら
最後の相談については、曖昧なままなんですわな

現場では
ミスやトラブルの報告を受けた上司は

「こんなことしやがって、どう責任を取るつもりだ!」
なんて、感情に任せて怒鳴り散らしたりしてましてね

「どう対処すればいいのでしょうか?」って
相談したい部下は

そんなこと言われてしまうと
萎縮してしまって
何も言えなくなってしまうわけです

そんなことを繰り返しているうちに
自分にとって都合の悪いことや
何か文句言われそうなことは
上司に報告も連絡もしなくなっちまうんですね

やはり
思うわけです

ホウレンソウについて
もう一度考え直すべきだってね

報告や連絡と、相談するということは
別のフェーズだということを
もう一度、考え直すべきですよね

部下は
悪い情報の報告や連絡は
正確に、早めに、詳細にすべきであり

それを聞いた上司は
感情に任せて怒鳴るんじゃなく
逆に褒める覚悟が必要だということですわな

その上で
その対処法について
「どうするのがベストだろうか?」って

相談に乗らなきゃいけないわけです

2015年4月5日日曜日

想定

我々は
頭の中で強く思い描けたことだけ
その後、具現化することが可能であって

思い描けないものは
決して具現化できませんし
ラッキーみたいなことも起こらない
そんな気がするんです

ですから

やりたいこと
やらなきゃいけないこと
そろそろ結論を出さなきゃいけないこと

そんな
いろんなことに思いを巡らし

その1日を
その1週間を
その1ヶ月を
その1年を

どうやって過ごすか
イメージすることが大切なわけです

そのとき
忘れちゃいけないことが
もうひとつあって

それは

思い描くのは
前向きなことばかりじゃなく
想定されるミスやトラブルの対処方法も
予めイメージしておくことが
大切だということなんですね

不思議なもんで
全く想定できなかったミスやトラブルが
起こってしまうなんて、案外少なくって

もしかしたら起こるかもしれない
「でも大丈夫だろう!」って
安易に流してしまったことが
起こるもんなんですね

後で思うわけです
「あのとき、あ〜しておけば良かった」ってね

どんなことでも
うまくやろうと思ったら


ここんところが、とても大切なわけです

2015年4月4日土曜日

前提を替える

問題が発生したら
情報を整理する項目として
6W2Hが、よく使われますね

When いつ
Where どこで
Who だれが
What なにを
Why なぜ
Whom だれと 
How どうやって
How much いくらで 

誰もが
この8つの要素を埋めながら
検討するわけですが・・・

この項目を埋めたからといって
すぐに問題が解決するとは限りませんね

簡単に、対処法は思い付くんですが
根本的な対応策は描けないもんなんですね

例えば

本をゆっくり読みたいのに
仕事のことが気になってしまって
なかなか時間が取れない、なんていうとき

早起きをして時間を作ろうとか
入浴中に本を読んでみようとか
食事の時間を削って読書に当てようとか

いろんな対処法は思い付くわけですが

ところが
やってみましても
なかなか続けることが難しくってね
モヤモヤしちまうわけです

いやね
こんなときは
埋めた8つの項目の
元々の前提条件を替えてみる
なんていうのが結構効果ありましてね

仕事が気になって
本を読む時間が思うように取れない
ということであれば・・・

いまの生活サイクルのままで考えるんじゃなく
いまの生活サイクルの前提を崩したらどうだって
考えてみるんですね

ですから
仕事から完全に離れるには
どうすればいいかって考えるというわけです

そこで思い付くのは

絶対に読むと決めた本を持って
喫茶店なり、公園なりに出掛けて行って
その本を読み終えるまで
仕事に戻らないって決めればいいじゃんって
思い付くわけです

後は
仕事をサボって、読書の時間を作るのか
仕事をサッサと捌いて、読書の時間を作るのか
それとも、有休にして、読書の時間を作るのか

何れにしても
ウジウジ考えるのを止めて

行動すりゃいいだけなわけです

2015年4月3日金曜日

すぐにわかります

思いますに
仕事のできる方というのは
デスクを見ると良くわかりますわな

書類がキチンと整理されていて
「ちょっと、あの資料を見せていただけますか?」と
お願いしますと、サッと出てくるんです

どうも
資料を作成・利用したときを基軸に
バーチャルに緊急度・重要度の座標軸を設けて
整理整頓されているみたいなんですね

考えてみれば
モノを探す時間ほど
無駄なものはありませんから
効率良く仕事をしようと思ったら
情報の整理は必須ということなんでしょうね

ということは
綺麗に整理されたデスクは
常に戦闘態勢にあるということかもしれません

確かに
山済み書類に埋もれなが
崩落寸前のデスクで仕事をするなんて
いまは流行りませんからね

でもね
ちょっと調べ物なんかすると
すぐに資料が山積みになっちまいます

情報を整理するというのは
なかなか難しいですね

2015年4月2日木曜日

ヒントを提供する

思いますに

営業という行為は
お客さんに考えるヒントを提供すること
これかもしれません

ついつい
学校教育で受けた授業のように
こうやってやれば、うまく行きますよといった

ハウツーをレクチャーすれば
お客さんは納得して買ってくれるもんだと
どこかで思い込んでしまっているんですね

これって
使い方を押し付けているに過ぎませんから
その後も、ハウツーを提供し続けることになるわけで

それって
お客さんが、商品・サービスに対して
自分のこととして考えるチャンスを奪うことであり

面倒臭いからと
「問題ないから、この程度でいいんだ」と
形だけのチェックをしてしまったり

効率を上げるためには
「この作業は止めちゃっても問題ないさ」
なんて、安易な手抜きをしてしまったりと

最後は
想定外のトラブルを
招き込むことになっちまうわけです

仕事というのは
様々な資質の人がいて
ひとりひとりが己の仕事観を築いて

己の方法論に基づいて
仕事と真摯に向き合い
実績を上げてゆくものだと思うのですが

耳触りの良いハウツーを読んで
安易に自分流を装っている方が多いのが
現実のような気がしています

そんなことしてちゃ
すぐに化けの皮が剥がれてしまいますのにね

いやね
思うんです

仕事において、
考えるということは習慣であり
訓練で磨かれますんでね

営業というのは
その支援をすること


そうじゃないかって思うわけです

2015年4月1日水曜日

インパクトあるわ〜

最近、知ったんですが
あの News  Picks って凄いですね
自分宛の新聞ができちゃうんですね


インパクトがあるわ・・・

ネットの情報って
内容をザッと読み通して
その内容を理解することが優先していましたから
何度も読み直すっていうことはしませんでした

でも
News  Picks の記事は
いろんな専門家の意見が掲載されていますからね
おっしゃっている内容が理解できるまで
繰り返し読み返すことになるわけで

お気に入りの小説なんかを
何度も読み直すの変わりない感じになります

1日の時間の使い方を
根本から見直さなきゃいけませんな

また、


無駄な時間の断捨離をし直さなきゃいけませんわ