トランプ大統領のスピーチを聞いていますと
日米の文化の違いを感じますよね
米国では
言いたいことがあるのなら
まずは、話してなんぼみたいなところがあって
話してみて相手に伝わらなければ
それは自分が悪いということなんでしょうね
ところが
日本では
スピーチを聞いている側が
話し手の言わんとしていることを察することで
コミュニケーションが成立していましてね
話が伝わらないのは聞く側に責任がある
なんてことになりますし
話の意図もいろんな解釈がありますから
話し手も
そんなつもりじゃなかったなんて結果に
なることも多々あるわけです
どうなんでしょう・・・
この文化の違いは
このまま平行線を辿るんでしょうか?
それとも
米国流のスピーチを強いられることに
なってゆくんでしょうか?
もし
強いられるのなら
スピーチの仕方を変えなきゃいけませんよね
どんな処を変えればいいんでしょう?
・・・思いますに
私たち一般人が出来ることと言えば
用意した原稿を
読まないことぐらいではないでしょうか
スピーチの基本が
言いたいことが聞いている人に
確実に伝わることになるわけですから
原稿を読んで
自分の言いたいことは言った
後は、聞いた人がどう考えるかは
私の知ったことではない
なんてことをしてちゃダメなんですよね
話す内容は
聞いている人達の反応を見ながら
いつでも簡単に内容を変えられるように
ワンセンテンスを短くし
簡単な言葉で表現する必要があるわけです
その上で
何か話していて
聞く側の反応が悪ければ
「最近、こんなことがあったんです」とか
「あの人も同じことを言っていましたね」とかね
聞き手の理解を深めるような
トピックスやエピソードなんかを
アドリブで付け食わえて話すわけです
でも・・・
こんなことを思っているのは私だけで
もう、当たり前のことなのかもしれませんね
失礼しました!