私が受験生の頃からだと思いますが
偏差値という数字が成績表に登場するようになり
偏差値そのものをちゃんと説明できない先生方が
偏差値を見て生徒を指導するようになりました
そんな
他人任せの基準で生徒を評価する大人を見て
子供ながら思ったものです
日本中の同年代の子供を縦に並べてランキングし
上位の人間がこれからの日本を背負うエリートで
中位の人間は当たり障りのない普通人で
下位の人間は社会落伍者予備軍という
レッテルを貼りたいんだろうなってね
偏差値が全く参考にならない成績だった私は
偏差値エリートにチヤホヤする先生方を見て
情けない先公どもって思ったものです
ところがですね
最近はもっと凄いことになっていて
就活偏差値だとか
転職偏差値だとか
企業偏差値なんてあるんですね
とうとう
社会全体を
ひとつの指標で縦に並べてランキングし
それを尤もらしく「キャリア形成」の指標として
活用しようとしている輩がいるということです
思いません?
そんな怪しい偏差値を使って
自分のキャリアを決めてゆくなんてね
他人が決めた人生を
まるで自分の人生設計図のように歩み続ける
主体性のない情けない人生じゃないですか
だってね
誇らしい自分って
自己紹介をする時
上場会社に勤めていることだったり
地元の大手著名企業だったり
学校の同窓会で威張れる一流企業であったりと
出身校を自慢気に話すのと同じように
働いている会社を自慢することなんでしょうかね
違うと思うんですよね
これって「偏差値」を乱用している
社会の弊害だと思うんです
やはり
自己紹介をするときは
自分にとって大切な価値感とは何なのかとか
楽しいことや得意なことって何なのかとか
人生でどんなことを成し遂げたくて
そのために、いまどんなことをしているのか
なんてことを
堂々と語れる自分でいたいですよね
もし
自己紹介で
働いている組織を
自慢気に話している自分がいたとしたら
ちょっと立ち止まりまって
人生を省みる必要があるかもしれませんね
ただね
ひとつ言えることは
偏差値で評価される人生を歩んでいると
歳を取ったとき、どんなに中身の薄い人生でも
周囲からチヤホヤされるのは確かなんですね
偏差値エリートを選ぶか
オモロイドタバタ人生を選ぶかは
最後は、その人の価値観というわけですな