誰でも
漠然とではありますが
自分の理想とするペルソナ像って持っていて
それに近づくように努力しているもんなんですよね
子供達から慕われるような優しい親になりたいとか
ボランティア活動には常に参加して
世間から立派な人だと言われたいとか
会社で懐刀と言われるような存在になりたいとか
いろいろあるわけですね
ところが
学校の教師だとか
病院の医師・看護師だとか
警察官や弁護士、裁判官といった職業には
世間が勝手に創り上げた
理想的なペルソナ像というのがあって
仕事・プライベートに関わらず
適切な言葉を使い・優しい表情・態度で
常に人と接することが求められるんですね
確かに
こういった仕事は
社会の役に立つ、やりがいのある仕事ですから
ペルソナ像通りの
洗練された笑顔や態度をしていますと
周囲の人を幸せな気持ちにしますし
真摯な対応は人を安心させますし
勇気を与えてくれますもんね
みんなの思い描いているペルソナ像通りの
立ち振る舞いをしている姿に感動するわけです
でもね
誰だって
不快なことや失礼なことを言われたら
不愉快さが顔に出てしまうもんじゃないですか
個人的な感情を
外に出すことが許されないというのは
この手の仕事で働く人にとって辛いことですよね
だって
下手に感情を表に出しちゃうと
「○○らしくない」なんて言われて
批判されちゃうわけですからね
大変なお仕事だと思うわけです
自分の本音と
世間の描いたペルソナ像とのギャップに
悶々としながらも働いておられる
白衣の天使のような方とお会いしますと
やはり
感動するわけです・・・
でもね・・・
交通違反で引き止めて嬉しそうに切符を切る
優しい白バイの警察官だったり
住民票の写しをお願いしただけなのに
1時間も待たせておいて
「お待たせして申し訳ありません」の
ひと言もない市役所の窓口だったり
結構な金額の買い物の代金を支払っているのに
「ありがどうございます」のひと言もない
コンビニの店員なんかと会いますとね
やはり
言いたくなるんですよ
「○○らしくしなさいよ!」ってね
・・・ただ
仕事というのは
長く続けていくことに意味がありますからね
せっかく選んだ仕事ですもん
世間の描いたペルソナ像と違うからと
批判を受けてポキっと折れてしまう
なんてことがないようにすべきだというのも
間違っていないと思いますんで
あまり
「プロとしてこうあるべきだ」という
職業上のペルソナに拘り過ぎないことも
大切な処世術なのかもしれないなって思うわけです
ですから
世間の求めている難しいペルソサ像の
立ち振る舞いとはオサラバしましてね
誇るべき日本人としての立ち振る舞いだけに
拘るのはどうかなって思うわけです
優しく、楽しく、真摯に接してくる人には
紳士に対応し
人を騙そうと近付いてくる相手には
近付けないように対処する
融和を求めてくる人には
お互いが長く成長出来るように切磋琢磨し
攻撃的な誹謗中傷を繰り返す相手には
毅然とした態度で臨む
これこそが
理想的な日本人のペルソナ姿!
・・・そう思いません?