仕事でも趣味でも勉強でも
何か成し遂げようと思ったら
それなりの覚悟がいるわけで・・・
誰にも
逆境や苦境が何度も何度もやって来て
出番のチャンスをいつも伺っている
弱音の悪魔や嫉妬の神・言い訳の天才が
諦めさせようと囁き掛けてくるわけです
「これからも辛い毎日が続くけど
最後までやる覚悟はおありなのかい?」とか
「こんな失態を繰り返すのは
他の誰より能力も運もないからさ
もうやめちまって、楽におなりよ」とか
「今回は、たまたま上手く行かなかっただけ
準備不足が招いた不幸だな
あんたは悪くないんだよ」とかね
こんな悪魔のたちの囁きに打ち勝てた人だけが
勝利の美酒に有り付けるわけですけど・・・
そこには
別の見方もあるわけで
いつまでも諦めきれずに
「深追い」によって傷口を広げてしまうという
リスクが背中合わせにあるとことなんですね
良く言う「往生際が悪い」という奴です
そう考えると
弱音の悪魔・嫉妬の神・言い訳の天才たちの
囁きというのも完全に無視出来ないんですね
・・・ここが面白いところですわな
酷い目に会って
後から振り返ってみると
「もうやめようかな」って思ったあのとき
素直にやめておけば良かったなぁ・・・
なぜ続けたんだろう?
そうそう
あのときやめないでくれって
パートナーに頭を下げられて
ついつい情に流されて続けてしまったんだ
・・・なんてことを思い出すわけですね
こんな風に
弱音の悪魔・嫉妬の神・言い訳の天才たちの囁きを
さらに、何か別の囁きで誤魔化したりすると
後の祭りになることが多いんですね
そうならないためにも
自分なりの冷静に状況を見極める洞察力という奴を
磨く必要があるわけですが
経営や経済・哲学や心理学について
いくら勉強しても
やはり痛い目に合わなきゃ
洞察力という奴は磨けないように思うんですね
言い換えるなら
危険な状況に身を置いて
周囲から発せられる危険信号を察知する
動物的な勘を磨くしかないというわけです
・・・嫌ですけどね
多くの失敗を実際に経験し
痛い目に一杯あって
そこから這い上がるということを繰り返して
はじめて一人前になるということなんでしょうね
チョット頭が良くって
チョット要領が良くって
チョット支援者に恵まれているからって
エリートコースを歩いていたんじゃ
洞察力は磨けない
すなわち人間力は磨けないということですよね
・・・そう思いません?
選挙報道を観ながら
その場限りなんだろうなって思うような
笑顔と引き寄せるような握手と
不自然な深いお辞儀に
エリート意識を垣間見る気がするわけです