最近は
頭でっかちとでも言いますか
やたらと知識があって
何か話をしているとき
ビビビッと閃いて
待ってましたとばかりに
知識を見せびらかす方っておられますよね
企画の提案や売り込みのとき
それをやられるとウンザリしますわな
そうやって考えてみますと
「ブラタモリ」のタモリさんって
知識の見せ方に嫌味がなくって
本当に上手いですよね
知らないことを質問されたとき
溢れんばかりの知識の中から類推して
ポロっと話をされるタモリさんのあの照れた表情が
「ブラタモリ」のスパイスなんでしょうな
いやね
知識のあるなしというのは
コミュニケーションを図る上で
相手に伝わる情報の内容が
全く違ったものになってしまう
なんていうことってありますよね
これを含意とでも言うんでしょうか
こいつのお陰で折角の提案がおじゃんになった
なんて経験は一度や二度ではありませんからね
含意の例として
友人が「今日病院に行ったんだ」と言ったとします
それを聞いたら
どんなことが思い浮かぶでしょう?
最近、体調が悪いと言っていたが
とうとう病院に行ったんだ
こりゃ相当悪いな・・・とか
お母さんが入院されていると聞いていたけど
何か悪い知らせなのかな・・・とか
こいつ
あの病院の受付の娘さんに一目惚れだからな
禁煙治療でも始めやがったかな・・・とかね
病院という言葉を聞いただけで
実際には言及していないことを
勝手に想像してしまうんですね
これを
ビジネスシーンで
それも悪意を持ってやられると
折角の企画や提案が色褪せてしまうわけです
また、いつもの大ボラが始まったよ
前回も、間違いありませんって言ってたくせに
大コケしたもんな、聞くだけ無駄やな
・・・ってね
確かに
ビジネスでは
上手く行くこともあれば
とんでもないことになることもあるわけで
成功ばかりしようったって無理な話なんですからね
やはり「悪意の含意」の呪縛から脱する術を
自分なりに持っておく必要があると思うわけです
そこで
考えてみました
話の途中で「何となく嫌だ」という感情を
相手に持たせないためにはどうすべきかってね
それには・・・
話をするとき
暗の部分と明の部分との両方を
盛り込んで話をするということだと思うんです
その上で
暗については、その対応策を
明については、その喜びを伝えるわけです
「今日病院に行ったんだ」という話でしたら
「今年の冬は例年より早く
インフルエンザが流行するって聞いて
早めにワクチンを打とうって思っていたんだけど
先日、厚生労働省が発表していただろう
インフルエンザワクチンの製造量が足りないんだって
だから、今日病院に行ったんだ
そうしたら、問い合わせの電話が沢山入っているって
受付の可愛いお嬢さんが言っていたよ」
という風に
話相手が勝手に頭の中で描こうとするイメージを
こちらの意図に沿ったものに描き直すわけですね
これってビジネスだけでなく
日常生活においても
必要な心構えだって思うんですが
・・・いかがなもんでしょう?