2017年9月30日土曜日

ものごとを決めるというときは
出来るなら判断材料をなるべき多く集めて
じっくりと検証してみたいと思うわけですが

しかし
決断を迫られているときというのは
多くの場合、時間が足りないものですよね

少ない時間を使って必死に考えるわけですけど

集めた材料を使って
いくらロジカルに考えようと試みても
一向に結論に至らないということも多いんですね

「お手上げじゃ!」という奴です

それでも
何らかの決断を強いられることってあるわけです

例えば
約束の時間に遅れそうになったからと
タクシーで移動するか
それとも遅れてでも地下鉄にするか
なんて小さな決断をするときなんかがそうですね

道路の渋滞情報とか
地下鉄の時刻表から移動に要する時間とか

いろんな情報を集めることは出来るんですが
でも、どっちにするかを決めるのは
別の何かが頭を支配するような気がするんですね

それは
カラダから感じる
フィーリングみたいなものだと思うんです

間に合う為には
どうすべきかって必死で考えているときって
頭の中にイメージが湧いているんですね

約束の場所までダッシュで走って
ギリギリに間に合って肩で息をしながら
相手の方とニコニコしながら笑っているみたいな
上手くいったというイメージが広がるときもあれば

約束の場所に相手の方が立っていて
腕時計を見ながら自分を探している
絶望的なイメージが心を支配するときもあるんですね

その湧いたイメージを頭に
何らかの判断を下すわけですが・・・

不思議と
前者のイメージのときは
少々遅れても何の問題にもならないんですが
後者のイメージのときは
相手の方が不機嫌極まりなかったりするわけです

いやね
これって馬鹿に出来ないことなんですね

良い結果に繋がるような決断をしたいのであれば
アレヤコレヤといろいろ考えるとき
出来るだけ良いイメージを描くようにすることが
嘘みたいですけど、上手くいく秘訣なんですね

その上で
上手くイメージを描きながら
どうすべきかをカラダから感じるフィーリングを元に
判断するんです・・・

約束に時間ギリギリになるかもしれないけど
地下鉄を使う方が確実だぞ
なんてカラダからのメッセージを聴くわけですね

・・・そんな経験ありますでしょう?

これって
よく言われる「カン」と言う奴かもしれませんね

そして
ここで言うカラダというのは
人によって違うのかもしれませんが
私は内臓のような気がしています

特に腸のような気がするんですよね

腸が元気ですとね
カラダから感じるフィーリングが
とってもクリアって感じるんですよね


・・・そう思いません?