自分の意見を通すためなら
少々の嘘は仕方ないと思っている方の
特徴的な表現というのがありますよね
それは
数値化されていないことを
曖昧な表現で感情的に訴えてくることなんです
例えば
「国民の大半がカジノ法案を不安視しています」
なんて表現を、政治家やマスコミはするわけですが
いつも、こんな表現と出会うと思うんですよね
「俺って、いつも少数意見なんだな」ってね
大半というのは
どうやって統計を取ったのか
そして、その分母がいくつで
何パーセントのことを大半と言っているのか
ハッキリさせないのは卑怯だと思うわけです
他には
こんな表現もありますよね
「上司から、しょっちゅう怒鳴られるんで
仕事をするのが、本当に嫌になるんです」
なんて表現ですね
ここで使われている
「しょっちゅう」は曲者ですわな
自分は被害者だという意識が強い状況での
発言ですからね、積み増しの表現になっていると
考えるべきですよね
「しょっちゅうというのは
週に何回ですか?あるいは毎日ですか?」と
辛いと感じている時間軸を明確にしましてね
怒られる頻度を数値化してゆくんです
そうしますと
しょっちゅうと感じていたのは
怒られているのではなく
自分のミスを指摘されていただけのことであって
非は自分にあったことが分かったりするわけです
そう言えば
こんな表現もよく聞きますね
「今日は、問い合わせの電話がいっぱいあって
一日中、てんてこ舞いでした」
なんて表現です
ボリュームを表現するのに
感情を盛り込んで「いっぱい」なんて言いますね
これなんかも
何と比較して「いっぱい」と言っているのかを
明確にしないと誤解してしまいますよね
「そうか、問い合わせが増えたのか!」って
喜んで件数を確認してみたら、いつもと同じで
今日は、たまたまスタッフがひとり休んでいたので
いつもと同じ問い合わせ件数だったにも関わらず
スタッフ個人への負荷が高くなったに過ぎない
なんてことが分かるわけです
こんな風に
曖昧な表現というのは
仕事現場に深く入り込んでいましてね
ときにはその誤解が悲劇を生んだりするわけです
やはり
大半とか、ほとんど、みんなといった
割合を表す表現や
しょっちゅうとか、いつも、たまにといった
頻度を表す表現
いっぱいとか、たくさん、ほんの僅かといった
ボリュームを表す表現を耳にしましたらね
必ず、その数値の根拠はどこにあるんだ?って
疑って掛かることが大切ですね
逆に
こんな表現を使わないで仕事をするということが
信頼を勝ち取るための術にもなり得るとも
言えるわけです
一度、自分の数値に対する意識を
チェックしてみるのもいいかもしれませんね!