子供の頃
「勉強しなさい」って
親から良く怒られていましたけど
悩みませんでした?
だって
具体的な勉強の方法って
学校で教わったことがなくって
何をすればいいのか分かりませんでしたもんね
仕方なく
本を読んで勉強をしているフリをしていました
同じように
「この範囲のテストをするから覚えてくるように」って
良く言われたんですが
一度だって
具体的な覚え方って教わったことありませんから
クイズのような記憶の仕方しかしていなくって
すぐに記憶から消えていましたもんね
参考書なんかに書かれている
勉強の仕方というのは・・・
黒板に書かれたことをノートに写して
先生の説明をノートにメモしなさい
そのノートを見ながら何度も教科書を読んで
問題集をやりながら大切なことを覚えなさい
なんてことを言うんですが
そんなつまらない勉強のハウツーって
勉強は苦行なんですって言っているようなもんで
楽しくなんかありませんよね
苦しいことや
辛いことが大嫌いでしたから
お陰様で成績はいつも悪かったわけです・・・
でもね
この負のスパイラルを打ち破ってくれたのは
実は、高校時代に教わった数学の先生からの
ひと言だったんですね
「数学というのは公式通りに解く解き方を
覚えることじゃないんです
数学の面白いところは全ての学問に通じる
ものの考え方を学べることなんです」
これなんですね・・・ショックでした!
「考える」ってどういうことなのかって
それまで考えたことがなかったですからね
学校で習っていることはもちろんのこと
テレビや新聞で報道されている世の中の出来事も
全て正解というものがあって
それを覚えることが勉強だって思っていましたから
読んだり見たり聞いたりしたことを
とにかくひたすら覚えようとしていましたし
仮に全く訳の分からないことに出会ったとしても
それは勉強が足りないからで、歳を重ねることで
いずれは全てのことが分かるときが来るって
漠然と思っていましたもんね
・・・そんなわけないのにね
そんなとき
数学を通して「考える」こととは
どういうことかを学んだんですね
あれからかなり時間が経っちゃいましたから
当時、どんな風に「考える」ことを解釈したのかは
良く思い出せないんですけど
いまは
3つのことをもって「考える」としています
ひとつは
人の話を聞いたとき自分の言葉で語り直すことです
「今日は気持ちのいい秋晴れですよ」
という天気予報を聞いたら
「今日は洗濯日和だけど
昨日までの長雨で湿度が高いから
厚手のものは乾きが悪いかもしれんな」
という風に自分の天気情報に変えちゃうんですね
ふたつ目は
「何故なんだ?」って疑問に思うことです
「健康のために運動をしましょう」って言われたら
「運動をしないと健康になれないのか」って
疑問を投げ掛けるんですね
三つ目は
どうすれば行動に移せるかなんです
「美味しいコーヒーを入れたい」と思ったら
美味しいコーヒーとはどういうことなのか
コーヒーにはどんな種類があるのか
より美味しくするためにはどんな条件が必要なのか
道具はどうすればいいのか・・・などなど
行動を起こすための情報を整理するわけですね
この「考える」ことを始めたことで
「勉強する」とはどういうことをすることなのかが
自分の中で定義付けられたわけです
わたしにとって勉強とは
「考える」ために必要な情報を収集し整理すること
・・・なんですね
こういう勉強なら飽きずに出来ますからね
いまでは勉強をしなさいって言われなくても
ちゃんと勉強をしている大人になったわけですね
・・・ハハハ