一日一善って言葉を忘れて久しいですけど
善行を諦めた代わりと言っちゃなんですが
いま
一日一回、ぼんやりと生きていた過去を
振り返ってみるということをしているんです
なぜなら・・・
ニュースを観ていますと
「誰でも良かった」と言いながら人を傷付けたり
「そこから飛び降りろ」って弱者を虐めたり
親が子供を殺したりと
ちょっと考えさせられるような事件が
続いているからなんですね
・・・で、思ったんです
人はマイルストーンの踊り場に立たされたとき
何を根拠に進むべき道を選ぶのかってね
いやね
事件や犯罪って
みんなが他人事だって思っているから
ニュースの解説者の方も批判的なことを
臆することもなくおっしゃいますし
ニュースを観ている我々も
そんなことをするなんて考えられない
人として恥ずかしいって思わないんだろうか
なんて思っているんですけどね
でも
自分事として考えてみたとき
これまで生きてきた中で
「もしかしたら・・・」って思うような
「この野郎、ぶっ殺したろうか」って思ったことが
1回ではなく何回もあったことに
気付くんですね
・・・恐ろしい話ですよね!
考えてみますと
逆のこともあるんですね
自分のひと言で相手を凍りつかせてしまう
なんてことを結構やってしまっているんですね
例えば・・・
「昼は何か食べたいものがある?」
「別に、何でもいいよ」
「一緒に旅行に行こうよ、どこか行きたいとこある?」
「別に、どこでもいいよ」
「実家に帰るのにこの服でいいかしら?」
「別に、どうでもいいよ」
こんなやりとり
やったことありません?
「別に、何でもいい」という表現は
相手の想いやりを
一刀両断に打ち砕くには
十分な威力があると思うんですがいかがざんしょ?
相手の方は
引っ叩きたくなるほど
イライラしていると思うんですよね
もしかしたら
「この野郎、ぶっ殺したろうか」って
思っているかもしれませんよね
この凶器とも言える言葉を
何とも思わず、平気な顔をして
普通に使っているんですね
私たちってね
・・・恐ろしいことだと思いません?
大いに反省しなきゃね