2012年11月6日火曜日
素人の方が良いこともある
素人の方が良いこともある
定例会議が
形ばかりのモノになってしまったとき
活を入れる方法として
いつものメンバー以外の人に参加してもらうと
会議に命が吹き込まれるとでも言いますか
それまでのダラダラ感が一掃されるという効果があります。
同様に
問題解決に向けて モノごとが進まなくなったとき
打合せに これまでの事情を良く知らない人に参加してもらって
意見を言ってもらうというのは
それまでの閉塞感を追い払ってくれる効果が期待できるんですよ。
以前
資格試験を始めようと国から予算を調達したにも係わらず
設定していた状況が変わってしまい
2年間も打合せだけが行われ 一向に前に進まなかった委員会に
引っ張り出されたことがあります。
もちろん
私の役割は 停滞してしまった委員会を前に進め
資格試験を実施することが目的だったのですが
専門家でもない私が入って大丈夫かな?なんて
チョット心細かったことを思い出します。
でもね
行き先を見失った会議は
私のような部外者の意見を待っていたかのごとく
あっという間に意思決定がなされ
第1回目の認定試験が実施され
あれから もう10年が経ってしまいました。
懐かしい思い出です。
その時思ったんです
問題解決に向けて頭を使い続けていると
考えている自分に満足してしまって
解決策を実行するという意識が薄れてしまうもんなんだなってね
もし
行き詰まったときは
覚悟を決めて 異分子を混ぜて考えると
案外 うまいことコトが進み始めるって 覚えておいて下さいまし。
もう これしかありません
新しい取り組みを始めるにあたって
必ず出逢う言葉があります
「新しいことを始めなければならないのは分かっているんですけどね
社員がみんな忙しくてね 人がいないんですよ」 なんてね
また
お客さんへのアプローチの仕方について打合せをしていますとね
良く出逢う言葉があります
「この方法がベストだと思います
もう これでゆくしかないと思います」 なんてね
もっと日常的な会話では
「こんなことは誰もが知っていなきゃいけないことですから
改めて説明をする必要はないと思います」 なんてね
何事においても
選択肢をひとつに絞り込んだときに
必ず想い描かなければならないコトは
その他の選択肢を廃棄したという事実であり
同時に発生するリスクを知ることなんですね
「新しい試みは 人材が潤沢な企業しか出来ないのだろうか」
「この方法で失敗したとき お客さんとの縁は切れてしまうのだろうか」
「もし 知らない人や忘れてしまった人がいたら
折角の説明が無駄にならないだろうか」
これしか無いと思ったり
そんな発言をしている人がいたなら
もう少しだけ考え続けてみる必要があると思うのです。
「もし これしか無いと思ったことが
無くなってしまたらどうするか」ってね。
臭いモノに蓋
コトが上手く行かなくなったり
問題の解決策が思い浮かばなかったり
コミュニケーションに問題が発生したりしますとね
ついつい
根本的な問題分析を怠り
場当たり的な対応をしたり
怒鳴ってその場を治めたり
先送りにしてしまったりと
臭いモノに蓋をするがごとく
ひとまず目の前から見たくないモノを見えない処に隠してしまう
なんていうことをして その場を誤魔化してしまいます
でもね
これって 問題の連鎖を生み出す根となるんですな
原発で恐れられていた チャイナシンドロームのごとく
一旦負の連鎖が始まりますとね それを治めるのは
並大抵のコトでは納まりませんわな
問題と対峙したとき
逃げないで対処すると覚悟を決めることが
ホンマニ大切なことだと思うわけです
いやね
過去 大失敗したワテですからね
声を大にして言うわけです ・・・ アカンよ蓋をしちゃぁ~
どうしようもないこと
良く言われますよね
目の前で展開されるトラブルや問題という奴は
その人が越えられないモノは起こらないってね
ですからね
彼らと出会ったとき
よっしゃ~やってやろうじゃないかと思えましたら
自ずと行動は伴いますから
解決策は必ず見付かると思うのです
しかし
もう どうでもいいやぁ~なんて
ちょっとシャイに構えたりして恰好を付けたりしますとね
彼らは容赦なくアナタを追い込んできますぞ
怖いですよ~
ですからね
彼らと出会ったときは
よ~いらっしゃいました
いつお出でになるかと心待ちしておりました なんてね
真摯にお迎えする気持ちで接するべきだと思うのです
決して
ヒャー大問題だ~ なんて
大騒ぎは決してやってはなりませぬぞ
無様な姿を彼らの前でサラしてしまいますと
舐められてしまいますからね
一旦舐められたら
これでもか これでもかって 虐められますぞ
排除するのは難しい
打合せをする際
皆さんに発表をお願いしますと
大体 どこかにその方の想いが入った発言が多いんですね
「支店の営業マンと面談しましたが 彼らには危機感が足りないと思います」
「営業所の1日は本当に大変です 人員が足りません」
「売上がどうにか維持できているいまこそ 次の事業に手を伸ばすべきです」
それぞれの意見の背景には
「俺たちは 毎日走り回ってもなかなか数字にならないんだ
それに引き替え 支店は売上がある程度保証されているからな
ダラダラやってても どうにかなるわな 冗談じゃねぇ~よ」
「人員の補填をお願いしても 本社や支店ばっかり人が増えて
営業所なんて 全く無視じゃないか やってられねぇ~よ」
「もう いつまでも時代遅れの商品を売らせるなよ」
こんな感情が隠れていますとね
賛成や反対の意見も感情に流されてしまって
「本来ならばどうずべきだろうか」という発想になれないんですね
ですからね
人前で発表するときはですね
事実を並べるというスタンスを崩さないと覚悟することが
大切だと思うわけです。
「当社の営業マンひとり当たりの平均の利益率は30%ですが
当支店の利益率は15%となっています
過大な値引きを行うことで売上を維持しているのではないでしょうか」
「営業所のひとり当たりの業務処理件数は200件/月です
支店ではひとり当たり120件/月です 営業所の忙しさをご理解下さい」
「当社の扱っている商品の8割は 発売から1.5年が経ったものです
競合他社が5社となってしまったいま これまでの商品を売り続けるのは
難しくなっています 新商品の投入が必要だと思います」
数字で示された事実を元に発表しますとですね
モノごとが転がり始めると思うわけです。
打合せのときの個人的な感情というものは
邪魔はしても 良い方向には導いてはくれないと思うべきでしょうね。
シュートをせなぁ
問題山積みにも係わらず
「この件は 社長室から資料が出てくるのを待ちましょう」
「この件は 社員研修が終わるのを待ってからにしましょう」
「この件は いまの我々では対応できませんから 少し先に延ばしましょう」と
問題解決に向かって進むべきとき
進められない理由ばかり並べて一向に進めようとしない
なんていうことが良くあります
毎日の報道にも 同じような光景がありますわな
こういう状況は
爆弾ゲームをやっているみたいなもので
パス回しをしている間は何となくことが進んでいるように思うのですが
実態は 最悪の状況に向かって刻一刻と進んでいるわけでして
一旦このような状況に陥ってしまうと
企業文化が邪魔をしましてね
ここから抜け出るのは容易なことではないわけです
そうなんです
意見を持った人も
「的外れな意見だったどうしよう」とか
「怒られたら嫌だし」とか
「オレが言わなくても誰かがやるさ」といった具合に
他人事として沈黙を決め込んじゃうんですね
サッカーで勝つには
ゴールを決めなければ
ボール回しがいくら上手くても
絶対に勝てないように
何か意見を言わなきゃ
何にも変わらないじゃないですか
ええじゃないですか
笑われようと
怒られようと
馬鹿にされようと
意見を言わずに
人の意見に文句ばっかり言っている奴というのは
一生 ナイスシュートは打てませんからね
ほっておけばいいんです
そんな奴は
誰かに利用されることはあっても
誰からも慕われることはないのですから
さぁ~
覚悟を決めて
問題解決に向けてボールを蹴ってみましょうや
受け入れざるを得ない真実
「ほれ見て見ろ ワテの言った通りになっただろう」と
過去何度も言ったことがありますし
もちろん 言われたこともあります
何がってね
人というのは不思議なものでして
ここぞという判断をしなければならない時って
周りの方からどんなに理詰めで説明をされたとしても
もし仮に その内容が正しかったとしても
判断を下す時ってね
一番親しい友人の言うことを聞いてしまうんですね
それが 例え明らかにオカシイと思われたとしても
当人は どこかで納得し判断を下すわけです
そうなんです
それが人間というモノみたいなんです
ただね
経営者という立場であるならば
そんな甘い情感に浸っていたのでは
社員を路頭に迷わすことになりますんでね
良く言うじゃないですか
自分の側に 耳の痛いことを言う奴を置けってね
多分
過分な緊張を強いられる経営者は
日頃はマシンのように働けたとしても
重要な判断を下すべきときに
フト 人間の心に戻ってしまった途端
心地良く聞こえてくる言葉に ついつい乗ってしまって
とんでもない 間違った判断を下してしまうという
世の常に対応すべく
リスク回避のためのことわざなのかもしれませんね。
会議は問題解決の場のはず
良く考えてみますと
会議って蔑ろにされているというか
本来の機能を忘れてしまっているというかですね
何か時間が勿体ないっていう気がするわけです
会議の大部分って
問題や課題の状況説明
あるいは原因の説明に使ってしまっていて
会議で行うべき議論がなされないことが多いと思いませんか
「大阪支店の売上げの低迷について」
「当社Webサイトへアクセス数低下について」
「業務システム入れ替えについて」
良くある問題解決に向けた議題のように見えますが
よ~く眺めてみて下さい 会議の光景が見えてきますよ
会議室に入りますとね
テーブルには資料が置いてあるわけです
全員が着席しますとね
まず お偉いさんからひと言ありますわな
「厳しい環境にある今こそ 皆さんの踏ん張りに期待する」なんてね
それから 会議が始まるわけです
司会から
「~について 担当の方から説明をしてもらいます」とあって
延々と資料を元に説明がなされ 時間の経過と伴に
会議の場には ホッとした空気が流れましてね
「何か質問はありませんか」の声に応えて
数人が質問したところで休憩に入るわけです
再度着席したときには
聞かされた説明で満腹状態ですから
二三の伝達事項を確認したところで
「次回の会議には 質問事項を用意しておいて下さい」で
散会となるわけです
会議をやるにはやったけど
何の解決もなされないまま
時は流れてしまうということになるんですね。
では
こんな会議を変えるにはどうすれば良いのか?
簡単なんです
議題に数字を入れるんです
「大阪支店の売上げ前年対比80%をどうするか」
「当社Webサイトへアクセス数30%ダウンをどうするか」
「来月末の業務システム入れ替えの準備について」
数字が入った途端
人ごとが自分ごとに換わるんですね
文句が一杯聞けますよ
アイディアも一杯出ると思いますよ
そして みんなが同じ問題意識を持つことができますよ
お試しアレ!
問題と言えば
目標を設定し
行動計画を策定の上
実行に移り発生する問題に適時対応することで
目標に徐々に近づいてゆく
ビジネスの進め方というのは
実にシンプルなモデルだと思うのですが
ひとつ 注意しなければならないコトがありますね
それは
発生した問題に対応してゆく際
意思の決定をするチームの力量が問われるということです
上司の意見に口が挟めなかったり
声の大きなスタッフにチーム全体が流されたり
その場の雰囲気でモノごとを決めてしまったりと
和をもって貴しとする
日本の本来の組織の考え方が
目標と現状とのギャップを更に広げてしまう
なんていう結果を招いてしまうことがあるんですね
こういう時の対応策としては
チームのメンバー全員が
場のムードに流されないようにしようと心掛けるだけでなく
目標に至るまでの道のりについて
常に全員が同じ認識の上に立てるように
進捗状況が分かるようなマップを描くことだと思っています
まぁ~
行きつ戻りつ苦しみながら
ひとつのプロジェクトを終えたときの充実感というのは
その場を共有したものでなければ味わえませんからね
やり遂げるという意思を強く持って挑むなら
大抵のことはクリアできますわな
ですから
このままではマズイと思ったら
サッサとやり直す覚悟をメンバー全員が持ったなら
打合せ時の罵詈雑言 喧嘩越しの交渉も良しとしましょうや
問題が多かったプロジェクトほど
終わったときの開放感は 最高ですわね
問題解決を考える
仕事をしている限り
いろんな問題と毎日のようにお会いするわけで
そのことを未然に防ごうなんて不可能ですわな
リスクヘッジの代表格であるヘッジファンドなんかも
最近の変化の激しい経済状況下においては
ヘッジファンドそのものが危ういという何とも皮肉な結果となっていますね
問題解決に至る最善策とは何かって考えたとき
問題が発生しないように正しい仕事の仕方を徹底させる とか
問題が発生したときの対処方法を組織的に徹底させる とか
問題が発生したときの負うリスクを最低限に治める とか
まだまだあると思いますけど
こんな風にいざというとき
想定外という事態を起こさないために
何を準備すべきかって考えることが
問題解決策の基本であると一般的に考えられていますね
でね
いつも思うんですよ この発想ってね
「お上が決めたことは少々の無理難題は我慢してでも守って生きてゆく」
というチャンバラ映画に登場する一般庶民の発想だと思いません?
素人がいうことですから勘弁していただいて
茶道や生け花って あらゆる無駄を省いてできた作法ですよね
これって 問題解決策を考えるときの発想と同じだと思いません?
日本人って 仕事が好きだって言うじゃないですか
実は
仕事も一般の生活も発想が一緒だったから
何の苦もなく仕事というものを受け入れているだけかもしれませんね。
他国では 労働は罰だって考えるわけでしょう?
そりゃ~ 仕事に対する姿勢も変わってきますわな。
日本って
政府が不甲斐ないとか
外交べたとか
腰抜けの日本人とか
いろいろ言われているじゃないですか
でもね
仕事も一般の生活も 何の垣根もなく
ごく普通にやってのける日本の文化は
世界の人々を驚かせると同時に
必ず
そんな日本に憧れる人が増えるときが来ると思うわけですわ