いまは待ちの商売
先日 ディーラーさんに 車の定期点検で行きましたら
営業の方が外出もせずにチャンとおられましてね
対応して頂いたんですが 考えてみますと
昔の常識ですと営業というのは
外回りが仕事と相場が決まっておりましたが
最近はチョット変わったのかなと思いまして 聞いてみたんです。
「最近の営業って飛び込み営業のようなことはしないの?」
そうしましたら
予想通りといいますか
最近の営業というのは お店においで頂いた方をサポートするのが
営業なんだそうです。
確かに
お客様の家にお伺いすることもあるのだそうですが
それは書類を届ける程度で ほとんど無いのだそうです。
昔ですと
トップセールスマンなんていうのがおられて
その方の訪問セールスを受けるのがひとつのステータス
なんて言われていましてね 同窓会のようなイベントまで
開催されていたことを覚えていますけど
当時の営業マンと比較すると いまの営業マンというのは
個性が薄くなってしまったのかもしれませんね。
ただね
聞いたことがあります
カメラの情報に興味のある人というのは
カメラを持っている人であって
まだ持っていない人より
持っている人というのは情報に敏感なんだそうです。
自動車も同じなんでしょうね。
車を持っている人だから わざわざ お店までやってきて
展示されている車に試乗したり パンフレットをもらったり
営業の方の説明に耳を傾けたりするわけですね。
ですからね
車のディーラーさんが 新規顧客開拓に時間を費やすのではなく
わざわざお店に来店して頂くお客様に集中して
サービスを提供するという発想は
このネットが普及した社会においては
的を射たものなんだろうなということです。
しかし
どうでもいいことかもしれませんが
ディーラーさんは もう少し美味い珈琲を出して欲しいものですな。
そう言えば
日頃はデジカメを使って写真を撮っているわけですが
撮れた写真の編集や修正の方に目がいってしまいがちですけど
良く考えてみますと レンズって丸いですよね
でも 写真って四角いじゃないですか
ということはですね
真ん中辺りを切り取っているということですよね
これって私達が情報と向き合うとき忘れてしまっている事実に似ていますね
切り捨てた部分に事実は無かったのか ・・・ なんてね
さくらの色
満開の桜を見れば
誰もが若くて元気だった頃の自分を思い出しますね
それは 年齢に関係なく
いまの自分より少し若い頃の自分です。
いろんなことにチャレンジしてやろうと思い立つのが春とするなら
ガンガン責めているのが夏
アレッ?少しやばくなったかなと思うのが秋
現実とはこんなものかと諦めの気持ちになるのが冬
日本って便利ですよね 人の気持ちを四季で語れるわけですから・・・
春を青春と言い換えると
青春というやつは
どんなに歳を重ねても人の心のどこかに静かに眠っていましてね
人生に色艶をもたらせてくれていると思うわけですが
しかし
青春という色は 歳と伴に徐々に薄くなるのは間違いありません。
それは
生きてゆくということそのものが
一番やりたいこと
一番好きなこと
一番居心地のいい処から遠ざかることだからなんですね。
でもね
さらに歳を重ね
青春の色を醸し出していた夢という幻が
自分の頭からほとんど消え去ってしまいますとね
一番やりたいこと
一番好きなこと
一番居心地のいい処が
いつの間にか現実的なものに入れ替わってしまっているんです。
そして
ある時 青春時代の夢が自分の側にあることに気が付くんですな。
ですからね
歳を取ることを嫌がっても 怖がっても 歳を取るのが嫌で
若い頃に戻りたいなんてアホなことを
思ってちゃアカンということでしょう。
歳を取るということは
ボンヤリとしていた若い頃の夢を
自分の手でチャンと掴めるようになるということなんですから。
やりたいことやれること
アントレプレナーとして
理想的な会社を描く時あれも これも どれも それも みんなやりたいと
思うものですだって 人生を掛けて独立しようとするわけですからね。
さらに
なりたくない姿という奴もたくさん出てきますね
あんな会社にはなりたくない
あんな経営者にはなりたくない
あんな社員が蔓延るようなことはさせたくない なんてね
嫌な目にあったことを思い出しながら
その対策をどのようにしてゆくかも
いろいろプランが出てくるわけです。
でもね
思い付いたことを全部やっちゃおうとすると
やることが多過ぎて 社員も自分もみんなぶっ倒れてしまいますな。
ここで
マネジメントという機能が必要になるわけです。
やりたいことは
自分達の得意とすることを優先して始めるように順番を決めますし
なりたくない姿への対応策については
一番嫌な姿への対応策から優先順位を付けて実行してゆくわけですね。
そして
決めたことを 粛々と実行してゆくその中で
修正が必要となったなら 躊躇せずに改善する
これを繰り返すことで 理想とした会社の姿へと近づけるわけです。
考えてみれば
経営者に求められる視点というのは
このマネジメントの視点に尽きるのかもしれませんね。
旧態依然
保険料は高いのか安いのか
考えている内に ふと思ったんですけど
医療行為というのは患者さんの病気を治すことが目的なのか
患者さんの命を守ることが目的なのか
それとも 医療行為をベースにしたビジネスモデルなのか
私達は
このことをゴチャゴチャにして
その都度 都合いいように考えていますね
自分が病気になって病院に行ったときは
健康体に戻れるように 先生には治療をお願いしたいけど
最後は自分で頑張って直すので
いろいろなアドバイスが欲しいと思って病院に行きますね。
親しい人が生死を彷徨うような大怪我をしたなら
あらゆる知恵と技術を結集して
命だけは助けて欲しいと祈るような気持ちで先生にお願いしますね。
病院の受付が終わっても 2時間待たされて
問診時間はたったの3分で終わり
出された薬を後生大事に持って帰るという
都会の医療がある一方で
近所に病院が一件もない地域があるなんていうのは
医療業界がビジネスモデルとして未成熟であることを
証明しているのではなかと思うのです。
閉鎖された病院の玄関の前に立って 厳しい現実を眺めつつ
病院の医療行為も経営も人事も全ての権限が院長に集中している
既得権益の上に胡座をかいた無理・無駄・無策に
医療業界は早く目覚め 大人の視点で
21世紀型の新しいビジネスモデルをデザインすべきだと思うんですね。
医療業界の矛盾を支えているのが
我々一般庶民だと考えますとね
ボチボチ体力の限界っていう気がするんですけど どうでしょうかね。
もう これ以上 医療は聖職と誤魔化して
一部の利権を貪っている組織を保護するのは止めにしませんか。
驚愕の国家予算が国会を通過した記事を読みながらボンヤリと思うわけです。
何かひとつは拘りたい
電車に乗っていてガタンと揺れたとき
つり革を持っていなかったら
オットトトってなりますわな
でね 思うわけです
普通に生活している我々にも
何か ひとつ
自分のつり革になるような
拘りのモノを持っているって大切なことではないかとね。
実は
昔ですけど
東京のマンションに単身で乗り込んで
新しく事業を立ち上げようと活動を開始したとき
お金もありませんでしたけど
何か 自分を奮い立たせることをしようと思いましてね
やってみたことが
トイレットペーパーを沢山買って来て
壁にズラッと並べるということです。
12ロール入りを 最初は2つ
追加で2つ
もう2つ
もう2つって買い続けましたら
部屋の壁がトイレットペーパーで埋まったんですね
それもチョット高めのネピアです
それを眺めていましたらね
不安だった気持ちが スーッと消えてゆく自分を感じたんですね。
お前は アホか! ってね
小さなことでいいので
何かに拘って生きてゆくって
何か エエと思いません?
一方的ってあり得ない
塾を経営していた頃
特に感じておりましたが
講師の先生方は子供に知識を教えているつもりであっても
実は子供から教わることの方が多いんですね。
勉強嫌いのお子さんの多くは
やる気がないとか
集中力がないとか
落ち着きがないとか いろいろ言われますけど
実際には 生活の中に何か問題が潜んでいることが多いんですね
どんな問題があるか
講師の先生方に予想してもらうんですが
これが なかなか思い付かないんですな。
受験勉強のように全てに解答があるという生き方をしていますと
考える頭が弱くなってしまうんですね。
もうそうなったら
子供達の一挙手一投足を見逃さないように
注意を払うようになりますしね
親御さんとの面談も 質問が変わってくるんですね。
「会社の上司や同僚 学校の先生の悪口を
家庭でおっしゃていませんか」
「お子さんに対して
全て命令口調でお話をされていませんか」
「お子さんが何か言おうとしたとき
それを遮ってしまっていませんか」
「家庭で夫婦喧嘩を良くされていませんか」
「損得でモノごとを判断するような発言をされていませんか」 なんてね
子供に潜むストレスを探すのにもう必死なるんですね
思うんです
教育というのは 上流から下流に知識が流れる以上に
教わっている方から教える方が 何倍もの知恵を授かっているんですな。
キャンキャン騒ぎなさんな
世の中って
声の大きい奴ほど目立つもんですわな
「~については絶対に反対である そんなことをしたら国が滅ぶ」
「我々の世代だけの話ではなく 子孫にまで影響が及ぶ」
「国は~すべき立場にあって 何もしていないじゃないか」 なんてね
大きな声を張り上げて
あたかも自分の意見が真理であり
自分の守っているモノが大きいかを言っている人というのは
実際には
背負っているいるものが小さいという人が多いように思いますな。
自分の出世に影響があるからと怒っていたり
自分の収入が減るからと怒っていたり
自分の仕事がやり難くなるからと怒っていたり と
チンマイ奴らですわ
本当に守るモノべきものを持っている人というのは
自分の実力の程をチャンと知っていますからね
ギャーギャー騒がないものです
本当に言うべきときがくるまで
静かに自分流を通しているのが
本当のプロの仕事人という気がします
まぁ~ 憧れますわな~
親として心掛けること
ドラマで良く吐き出されている言葉ですやね
「誰のお陰で生活出来ると思っているんだ」
「辛い仕事を我慢しているのは誰の為だと思っているんだ」
「アナタはお父さんみたいな大人になっちゃ駄目よ」
まぁ~
ここの登場する言葉は
絶対に子供達に聞かせてはならない言葉ですわね
なぜって
子供達が働くことは辛いなんて思っちゃったら
人生を狭くしちゃいますもんね
仕事ってな オモロイでぇ~って
言い続けなきゃなりませんし
楽しいことも辛いことも苦しいことも
いろいろあるのが仕事だし
全部まとめてオモロイんやでぇ~って教えてやんなきゃね
趣味で人生をエンジョイしている人もおられるようですが
我々のような普通人は 毎日が普通ですからね
仕事が楽しくなくちゃ~ 人生はオモロくないと思うわけです
仕事をオモロクするのも しないのも 当人次第でっしゃろ
電波の届く範囲
子供達に対して いつも思うのは
親の期待になんか応えようなんて思うなっていうことです
大きな企業に就職しなさい
早く結婚しなさい
孫の顔を早く見たいな
なんて親のエゴに付き合ったらあかんのです
親がコントローラを持って
自分をコントロールしてくれていれば
確かに楽ではありますが
そんな人生 大したことになりませんからね
ワテのコントローラーの電波が届かないところに
みんな行っちまいな なんて思っているわけです
だって 自分もそうやって 生きてきましたもんね
チョッピリ寂しいのは 仕方ない話ですわさ