2012年11月6日火曜日
記憶に残るのはさり気ない言葉
危険信号
ビジネスに関わる方なら
どなたも自分の欠点を補う生活習慣というモノをお持ちだと思います
自分は頭に浮かんだ言葉をそのまま吐き出すと
どうも嫌味っぽいことを言ってしまう処があるみたいで
いつも 相手の方に嫌な思いをさせてしまう
だから 人と会話をするときは 自分は出来るだけ喋らず
相手の方に 気持ち良く喋ってもらえるように心掛けている とか
部下の言動に カチンと来たからといって
すぐに怒ってしまうと 部下が遠ざかってしまい
仕事にならないことを嫌と言うほど経験してきたから
カチンと来たら 必ず老いた左手の爪を見て
自分の生意気だった若い頃を思い出すようにしている なんてね
組織で働くために
いろんな工夫をされていると思うのです
でもね
それは 相手があってのことなんですね
自分で気が付かない内に
自分自身を甘やかせているなんていうことに関しては
結構 無防備なことが多いわけです
今日が終われば
また 同じ明日がやってくると信じている
本を読まなくなったのは
目が悪くなったからだと自分に言い聞かせている
もう若くないんだからと
新しいことを始める 挑戦する 変化することを避けている
自分の話が
昔の話ばかりになっていることを許してしまっている
何をするにしても
まぁ~この程度やっておけばいいだろうと手を抜いてしまう
こんな風になっちまうと やっかいですわな
良く言うじゃないですか
自分はこの程度でいいや と思った途端
その時点をピークに 下降線に入ってしまうってね
でね
思うんです
もし 自分を甘やかしてしまう信号に気が付きましたらね
自分の大切にしているツールを替えちゃうんです
例えば 私なら PCとか 手帳とか 筆記用具ですかね
替えると決めますとね
過去を振り返りますしね
新しいモノが手に入ったら
何か少し違うことをやってみようって思うわけです
そうすれば
いろんなことに妥協して 甘えている自分に
危機感を持つことができるわけです
死をむかえる その日まで
成長を続けてやるって思っている上司なら
若い部下達も このくそったれオヤジって思いながらも
付いてきてくれるように思うわけです
聞こえなくなるものです
サラリーマンをしていた頃
役員が主管の昼食会に招かれましてね
長い沈黙の後 口火を切ったのが私で
「経営という仕事は楽しいですか?」と
やっちまったんですね
その答えは
偉くなればなるほど
オレをケツの穴から観察する奴が増える
でも
それはありがたいことで
その時は まだ 誰かが自分に注意してくれるからね
しかし
ある日 あれだけ自分に対して批判的な声が届いていたのが
ピタッとその声が聞こえなくなるときがくる
本当は
その時からが怖いのだよ
なぜなら
私と誰も本音で話をしなくなるからなんだ
日頃は経営者と話す機会のない君達が
こうやって我々と話をするチャンスが用意されても
誰も話そうとしないだろう このことだよ
これが経営という仕事の現実なんだよ
それでいいのかもしれないし
こんなことではいけないのかもしれない
この食事会は それを知る為にやっているんだ
イヤイヤ どうも
私が経営陣の皆さんの尻尾を踏んでしまったみたいで
長い長い昼食会になってしまい
後でいろんな方から小言を言われたことを思い出します
でね
思うんです
組織で仕事をするときは
自分に向けられていた批判が 聞こえ難くなったら
危険信号だってね
それは
彼奴は我々と違うから放っておこうと思われたか
彼奴は何を言っても聞かないから無駄だと思われたか
それとも
彼奴はみんなの前で恥をかけばいいのさと思われたかの
いずれかということです
ですからね
本気で組織を強くしたいと思うのなら
耳障りの悪い話も平気でしてくれるような空気を作る努力を
惜しまないことだと思うわけです
ということはですね
本音が言えるような人材の育成に
会社の資源を使うべきやということですね。
疑う
「どうしてこうしているんですか?」って聞かれて
絶句してしまうことって 結構あるもんです。
「80円切手が なぜこんなに沢山あるんですか?」
「定期券を持っている人が
マイカーで通勤しているんですが良いんですか?」
「稟議書になぜ総務部長の捺印が必要なんですか?」
こういう奴は
昔 アレッ?って思ったことがあっても
まぁ~いいかって そのままスルーしてしまっていることなんですね。
こんな「昔からそうしているから」くらいしか
理由がないものは 本当にそれで良いのかよって
疑って掛かる文化を持つことが
変化の早い情報化社会の中で戦っている企業にとって
とても大切なコトだと思うのです。
切手は1ヶ月大体30枚使いますから
月末に5枚程度残るような在庫管理をしましょう。
当社の通勤規程では 基本的に公共の乗り物となっています
マイカー通勤を希望される方は マイカー通勤規程に準じた
申請書の提出及び任意保険証のコピーの添付をお願いします。
これは もし通勤中に不慮の事故に遭われたとき
個人の責任なのか あるいは会社まで含めた責任なのかを
明確にするためのものなんです。徹底いたしましょう。
稟議書の決裁権限は社長にあります
この総務部長の捺印覧は決裁後 担当部署へ決裁完了について
通知したかどうかを確認するためのものでしたのに
いつの間にか総務部長が決裁権限を持っているかのような
処理になっていました。さっそく訂正いたしましょう。
てな具合に
何か変なことになっているなと思ったら
コインの裏表のような その場凌ぎの対応策をとるのではなく
もう二度と同じコトが起こらないように
対応策を講じるべきやと思うわけです。
良く
無駄をなくそう なんて張り紙を見掛けますが
企業にとって 本当に大切なコトは
無駄があるから削減しようではなく
端から無駄が生まれない文化を根付かせることなんですね。
判断は二段構えで
経営者としてやってはならないことと言えば
先が良く見通せない状況だからという理由で
意思決定を先延ばしにすることですよね。
新規事業に進出するかどうかの判断
社内の大胆な業務改革を断行するかどうかの判断
業務提携やM&Aの交渉テーブルに付くかどうかの判断
こんなコトを思い付くときというのは
経営者としての「勘」に
ドッカ~ンと雷が落ちたときに多いと思いますが
閃いたコトが 絶対成功するという保証はありませんからね
このままでもいいじゃないかという声が
必ず耳元で聞こえてくるものです。
でも
企業が生き残るには
未来を自らの意思で決定し
現状を大胆に変革し続けるという強い意志を経営者自身が持ち
それを実際に実行し続けることだと思いますから
やると判断を下すことによって
たとえ もの凄く忙しくなったとしても
たとえ いまのままの組織ではやっていけなくなったとしても
たとえ いままで何となくやっていたことが崩壊することになっても
やるべきときはやるんだと覚悟するべきだと思うわけです。
ただね
勘が閃いた その瞬間というのは
やる やらない の判断を下すのではなくて
経営者としての「勘」の裏付けを取るために
やったらどうなるか
やらなかったらどうなるかの検証に必要な
情報の収拾を大急ぎで開始し
判断を下す日を決めることなんですね。
その日が来るまで
ウジウジ悩めばいいんです
ただ その日になりましたらね
強い意志を持って 判断を下し
下した未来に責任を持てばいいわけです。
記憶に残るのはさり気ない言葉
若い頃の上司との会話を振り返ってみて驚くのは
思い出されるのが 仕事のことではなく
移動中の電車や 食事をしているときの
さり気ない会話の中で交わされた内容なんですね
「強いチームというのは 向かうべき方向さえ示すことが出来れば
バラバラに行動しているように見えても 蓋を開けてみれば
チャンと同じ目的地に到着しているもんだよ」
「新聞や雑誌の記事を鵜呑みにしてはいけないよ
それぞれの立場で書面は書かれているもんだからね
もちろん人の話も同じさ もし人前で意見を言うときがあったら
自分の五感で見て感じて間違いないと思ったことを言うことだ」
「人ってな すぐに群れたがるもんだけど
この群れっていう奴は いろいろ悪戯をするもんだ
だからといって 一匹オオカミ気取りの社員も困りモンだよな
まぁ~会社という奴は いろんな奴がいるからオモシロイんだ」
こんな話をしてくれた時の上司の顔はもう
20年以上も前の話なのに いまでも覚えていますからね ・・・
ですからね
思うんです
もし 自分がマネージャーの立場にいるのなら
部下達には 若いということは 視野が狭いということなんだよって
チャンと教えてあげる必要があると思うわけです
その時は 聞き流されてしまったとしても
結構 頭の隅っこに残っているもんです
生意気な若い奴らがチョット歳を重ねたとき
「アッ!そういうことだったのか」ってね
頭を抱えて思い出す時がくるもんですわ。ガハハ
シンプル
チームで仕事をしていると感じることがあります。
それは
一緒に働いているメンバーが上司に話し掛けたとき
その返答が 思ったものと違ったときのガッカリ感ですね。
「え~ どうしちゃったの?
上司たるもの言うことをコロコロ変えるんじゃないよ」
なんてね
「アッ!怒ってる」って感じるわけです。
外部環境はもの凄い勢いで変化しますし
進化を続けている情報化社会においては
以前は良いと思っていたことが
新しい情報に触れてみると 全く状況が変わっており
前言を撤回しなければならないなんていうことは
日常茶飯事に起こるわけです
もし
前言を撤回しない なんてやってしまうと
あっという間に市場から弾き出されてしまうのが現実ですわな。
ですからね
思うんです
チームでモノごとを決めてゆくときは
決定するプロセスを出来るだけ共有化すると共に
決定に際しては 並べる条件は出来るだけ少なくして
状況の変化に気が付いたとき
すぐに軌道修正を検討出来るような
シンプルな決め事を用意しておくことだと思うのです。
例えば
再生可能エネルギー事業に乗り出す準備を
着々と進めていたとしても
先日 ドイツの連邦議会と連邦参議院が
太陽光発電買取価格の引き下げ及び
太陽光発電の買取中止について見直しをするという修正法案が
提出されたのを受けて 日本の将来を垣間見たとすれば
投資スキームについて根本から見直すように指示するということを
簡単に指示出来るようにしておかなければならないわけですね。
ではどうしておくかです
それは
スイッチを事前に用意することだと考えています。
そのスイッチの名前は
「緊急停止ボタン」です
このボタンは 誰でも押せて
押した当人はその理由について説明する権限を
与えられるというものなんですね。
モノごとは 進めることより
立ち止まることの方が難しいもの
こんなシンプルなボタンを用意しておかれるのはいかがでしょうかね。
やっぱり 会社は舞台でしょう
若い頃
会社と言えば何か頼りがいのある
兄貴的なイメージを持っていたように思うんですね
自分達のことは
全部会社が面倒見てくれてね
その見返りとして会社の指示通りに働けばいいだなんてね
そんなことを思っていたように思います
でも 会社の実態はというと過去に翻弄され
いまに迷い 未来に不安を感じるという
いつも不安でオロオロしている 我々一般庶民の生活と
何も変わらないんですな
大きく違うことといえば
動かすお金の大きさと
社会という見物人がすぐ側にいるくらいのことでしょうかね
いやね
若い方が就職活動をされているじゃないですか
そんな皆さんとお話をさせていただいて気が付いたのは
就職活動って会社という組織に入ることが目標になっている方が
本当に多いということなんです
会社で働くって
朝起きて 入れ立ての珈琲を飲みながら新聞に目を通して
スーツに身を包み ビジネス鞄を持ちラッシュの電車に乗って出勤
タイムカードを押して机に座ると 上司から今日の仕事を言い渡され
夕方まで働くと 少し残業して ちょっと一杯やってから帰路に付く
そんなイメージしか持っておられないんですね
そうなんです
就職活動とは言っても 職は何でも良くて
会社の名刺が欲しい方が多いんですね
だから
福利厚生の充実した会社を選ぶなんていうことになるわけです
働くという言葉が
苦労の伴う労働と言われるようになって久しいんでしょうけど
どうせ苦労するなら チョットでも楽が出来て
得な条件の揃った会社に入ろうって魂胆ですわな
だから 同じ人気のある会社にみんな入ろうとするわけですわな
「ちょっと厳しい指導をすると
すぐに辞めていってしまうんです」なんてね
会社の総務の方が良くおっしゃいますが
原因は 楽なこと 楽しいこと 得なことばかり
会社説明会で説明している あんたらの志が低いからやろと
思わず言いそうになってしまいますが それは大人の会話で
その場は治めるわけです
でね
思うわけです
会社というものを説明するとき
ぜひね 会社は貴方方の舞台なんですよ と説明して欲しいですね
舞台には 役者さんもいれば
裏方さんもいる
プロデューサーもいれば
入場券の整理をする係の方もいるわけです
本当に舞台を成功させようと思ったら
舞台を作っている側は全員が自分達の仕事と
真摯に向き合わなければなりませんし
お客さんにも舞台を楽しむ観客として
しっかりと演じていただく必要があるわけです
そのことを入社したらやんなければならないって
説明して欲しいわけです
あなたは 当社の舞台では
どんな役で参加しますか
いまのあなたは 何ができますか
将来 何をしたいですか
そのためには
楽しいことばかりではありませんよ ってね
会社という処は
演技や技術を磨いて多くの舞台を成功させることが目標であって
会社があなたの人生を保証してくれるわけではないんですよって
チャンと教えてあげて欲しいですよね
マトリョーシカ
「社員が一丸となって目標に向かって進む」ということは
どこの会社もやっておられることだと思うのですが
目標に魂を入れるって本当に難しいですよね
例えば目標を
「年間売上300億 利益60億」を目標としますと
それを実行するために各セクションに
何をすれば目標に到達できるかをブレイクダウンしてゆきまして
ここで決められた目標達成のための手段として
「営業は最低10件は毎日お客さんの元に訪問すること」としますと
いざ 実行の段になって驚いた現象が起こるのです
営業は毎日お客さんを10件回ることに主力をおいてしまって
最初に掲げた目標のことをコロッと忘れてしまっているんですね
そうしますと
「ウチの会社はみんな真面目に働いてくれているんだけど
どうしても 目標に到達できないんだ」という
経営者の悩みを聞くことになるんです
そうなんですね
社員が実際に日常業務と向き合っているときは
目標達成の為の手段のはずが
いつの間にか手段を実行することそのものが
目標になってしまっているんです
これは
社員だけが悪いんじゃなくて
目標を掲げることは形式的なこと
手段を決めてそれを粛々と実行することこそが社員の仕事であると
経営陣も含めて社員全員がマトリョーシカのように
同じような意識で毎日を送っている結果なんですね
でね
思うんです
このマトリョーシカ状態から脱するには
目標達成のための手段を決めたら
さらに その手段によって生み出される具体的な数字を
細かく決めてしまうことではないかということです
「毎日最低でも10件お客さんを回って
少なくとも3件は受注を取ること」と
具体的な数字を入れるわけです
「こまかく指示をしたら 社員の自由が束縛されて
社員の自主性が生まれて来ないんじゃないだろうか」なんてね
経営者の方はおっしゃいますが
実は
目標と手段を混在させてしまうとう社風の原因は
経営者自身の言動によることが多いんですね
ですから
社員の日頃の言動 得られる結果は
経営者自身の姿を写した鏡とも言えるんですな
「こんな風にやっておけば ひとまず会社は大丈夫だろう
後は野となれ山となれじゃ 出たとこ勝負ってとこかな」
こんなことを社員の前で自慢気に言っていたなら
社員の行動も 野となれ山となれになってしまいます
社員に対して何となく不満があったなら
それは 社員は自分を映すマトリョーシカだと思って
経営者自身が大いに反省しなければならないわけです
大切な仕事
マネージャーの仕事といえば
チームをひとつにまとめて
ひとつの目標に向かって進めることと
簡単に言ってしまえば 確かにそうなんですが
そればっかりに目を向けてしまいますとね
現状の分析と目標に対する到達率
そして
未達の原因となっている犯人捜しに
終止してしまうことになってしまうんですね
そうしますとね
人間関係がギクシャクしてきましてね
みんなのモチベーションも上がりませんわな
でね
思うんです
マネージャーの大切な仕事って
現状の数字を眺めて活を入れることもあるでしょうけど
もっと大切なことは
現状を未来の言葉に替えて
応援のメッセージにすることではないでしょうかね
「今回の案件は残念ながら失注したけど
チーム一丸となって取り組んだ企画は
これまでのモノとはひと味もふた味も違っていたと思う
やっと出来上がったように思う このチームワークこそが
我々がこれから戦ってゆくときの武器ではないだろうか
みんな これからも よろしく頼むぞ」 なんてね
マネージャーたるもの
チームのみんなの心を鷲づかみするくらいの詩人にならなきゃね
完璧なんてあり得ない
日本の教育の弊害としてあげられるものといえば
それは
コツコツと世の中の情報を集めジックリと眺めてみれば
必ず誰もが同じ結論に辿り着くものである
真理はひとつなのである って
いい大人になっても思い込んでいることです
我々一般人は
先生が用意した解答と一字違っただけでバツとなっている
採点されたテストを呆然と眺めている自分の光景というのを
一生トラウマのように抱えて生きているんですね
世の中というのは
正解と一字違っただけで バツになってしまうそんな厳しい世界なんだ
先生のいうことを聞いていないと またバツを食らってしまう
学校という小さな世界で
静かに生き抜く為の術ってそんなにありませんからね
先生の言うことを聞き
友達と争いを起こさず
親から「ウチの子は本当に良い子なんですよ」って言ってもらい
近所では「お宅のお子さんはまじめそうなお子さんですこと」と
評価される そんな自分を演出する必要があるわけです
そんなことをしていますとね
これが結構居心地のいい世界ですもんで
大人になっても ついつい同じ空気を求めてしまいましてね
そうなんです
会社という狭い空間にうまく納まろうとしてしまうんですな
上司のいうことさえ守っていれば自分は安泰だと思っている社員
自分を守ってくれそうなボスの仲間に入って群れることで
安心している社員
無知であるが故にやたらと尖っている社員 そうなっちゃうんです
でね
思うんです
我々一般人は
知らず知らずのうちに教育で培われてしまった
モノごとを判断するときの常識の呪縛から
自らを解放しないといけないってね
それは
モノごとを判断するとき
判断の材料となる情報を集めるのに完璧はないということ
人によって判断は異なるという事実を受け入れること
そして 絶対にこれは間違っていない
なんて言い切れる正解なんてそんなになくて
やってみなければ うまくゆくかどうかは分からないし
うまくいったからといって それは その時うまくいったのであって
未来永劫 普遍の正解であるなんてあり得ないということです
このことってね
頭では漠然とは分かっているんですが
いざ 目の前の仕事や生活での判断となると
知らない内に 自分を騙すような思考になってしまっているんですね
この呪縛を取っ払うのは 結構大変なんですな
特に 学生時代優秀であった人ほど苦労するみたいですね
ちなみに
ワテの場合 こんな呪縛があることすら気が付きませんでしたからね
なんせ 心底自由人ですから 筋金入りです ワイルドだぜぇ~