まだまだや
いますよね
努力していることを主張する人
「頑張ったんですけどね アキマセンでした」
思いますにね
何かに挑戦するなら
努力するのは当たり前
頑張るのも当たり前
思考錯誤のすえどうしようかと悩むのも当たり前
そんな自分を評価して下さいなって
チャンチャラ可笑しいと思いますわな
何かに挑戦しようと思うなら
努力も頑張りも思考錯誤も
みんなオマケで付いてくるんですな
こいつらと楽しく付き合える奴でないと
挑戦は成功しませんわな
忘れちゃいけない
成功という形に納まるモノというのは
大体において 取り掛かり始めた当初は
うまくいっていないものです
パチンコや競馬では
ビギナーズラックというのがありますが
最初からうまくいってしまうと
ギャンブルのジンクス通り
最後はスッカラカンになっちまうんですわな
ですからね
はじめのウチに 思いっきり転んでね
手も腰も頭も打って 痛い目に遭うべきなんです
そうしましたら
生きていることに謙虚に向き合えますからね
大切なことなんですな
ありがたい神の手のビンタというこっちゃね
けっぱる人は幸せ
小さい頃から
努力を怠るな 頑張れ 我慢せよ などと
言われ続けていますから
仕事と向き合うときも
ついつい頑張ろうなんて思っちゃうんですね
でもね 思うわけです
仕事って継続しなきゃ意味がありませんよね
そんなとき 毎日が辛くて辛くて堪らんけども頑張っちゃうぞ
なんていう状況ですと 自分がシンドイのはもちろんですが
端から見ても悲惨な光景に映りますわな
でね 思うわけです
仕事を継続させたかったら 心底楽しむぞという気概が必要だとね
楽しいことをやっているときって
声を掛けられることってありません?
「そんなに詰めてると疲れるでしょう
ちょっと休憩しましょうよ」なんてね
そうなんです
仕事も楽しんでやっていますとね
自分では楽しんでいるだけなのに
周りからすると頑張っているように見えちゃうんですな
ですからね
なかなか楽しい域に到達できない仕事に取り組むときはね
「よし ひとつ けっぱりますか」って
自分のケツを押すことにしているんです
なぁ~に
けっぱって仕事をしていると
どんな仕事もいつの間にか楽しくなっているもんですわ
出世
サラリーマンであれば
もっと偉くなって
もっと大きなビジネスにチャレンジしたいなんて思いますし
もっと給与が欲しいでしょうし
まぁ~ 一番はやっぱり見栄かな
名刺の肩書きが変わればなんか自分も偉くなった気持ちになれますもんね
でもね
私の前には道はない 私の後には道があるという
出世コースを選んでしまいますとね
それはそれは大変な毎日になるわけでしてね
新規事業の責任者なんてなりますとね
どこかで必ず無理をしますから そこから綻びが広がってしまい
責任を取らされる羽目に陥ったり
イノベーションを強引にやりますとね
妬み嫉みが講じて見苦しい足の引っ張り合いが起こったりしますんでね
決して良いことばかりではないということです
でね
私には出来なかった作戦なんですが
出世コースには 同僚をドンドン送り込みましてね
先行してもらってバッサバッサと道を切り拓いてもらい
自分は開墾された道を そっと目立たないように歩むという作戦です
いやね
ビジネスで成功するというのは
ある日突然やってくるわけではなく
自分のスキルとビジネスチャンスとがマッチした一瞬
躊躇することなく手を伸ばせるかどうかに掛かっていると思うのです
ですからね
そのチャンスが到来するまで 日々精進をし勉強し
体力を蓄えておかなければならないと思うわけです
オレは出世コースから乗り遅れた負け犬なんだってね
飲み歩いている人もいましたけれど 勿体ない話です
そうなんです
いじけてしまったり
小さなチャンスにしがみついてしまって
時間を取られたり
負傷したり
体を壊してしまったのでは
ビッグチャンスを逃してしまうことになりますからね
同僚との出世争いは ドンドンお先にどうぞと
お願いするに限るのです
自分は
尺取り虫が次の一歩を歩み出す準備をするがごとく
お酒に溺れたり ギャンブルにのめり込むのではなく
しっかりとパワーを蓄えればいいわけです。
そうそう
我々が良く知っている有名人というのは
必ずといって良いほど パワーを蓄えた時間というのがあるんですね
病気で長期療養していたとか
閑職に追いやられ失意の毎日を何年も送ったとか
失業して食うのにも困ったなんてね
チャンスの光に包まれたとき
その期待にチャンと応えられる自分を用意していた人だけが
成功を手中に出来るような気がするわけです。
出世争いなんざぁ~ つまらん話ってことです。
ボキャブラリ
優秀だなと思う人達が
当初の勢いが徐々に無くなってきて
ホドホドの成果を出したところで失速してしまい
勝手に自分の人生に幕を引いてしまう方というのを
何人も見て来ましたが 実にもったいない話ですね
以前
塾のフランチャイズをされている方が相談に来られたことがあり
「忙しいのに収入が少なく生活が大変だ」とおっしゃっるわけです
話は単純でライセンシーが高くて割に合わないだけのことでしてね
「塾を辞めて 家庭教師をされたらいいですよ」と申し上げたんです
そうしましたら怒られちゃいました
「私は教員の資格を持っているから
大手塾のフライチャイズが 認可されたわけで
それをなぜ投げ打ってまで家庭教師はしたくない」ってね
こんな話は良くありましてね
資格を持っておられる方ほど陥りやすい 過去の栄光の呪縛でしてね
この過去の栄光にしがみついている限り
自分自身のイノベーションは決して起こせないんですが
これが分からないんですな
立派な資格をお持ちの方とお話をするときはいつも言ってるんです
その資格は 体系化された知識を身に付けられ
その世界のボキャブラリーを正確に使い回せるという証明にしかありません
もし 資格に寄り掛かって何らかの夢を叶えたいとお考えなら
取得した資格の更新にもの凄く勉強が伴うものか
日本人であることが優位となる資格を取得しなはれやってね
ワテなんざぁ~
資格の更新に 手間も暇も掛かる 普通免許っていうやつを持っています
こいつは ワテの身分証明にまでなってますからね 役に立ちますわさ
もう無理から挑戦は始まる
昔 101回目のプロポーズというドラマが
大ヒットしたことがありますが
私は この101という数字が大好きなんです。
昔は テストで100点なんて取れませんでしたから
その悔しさも手伝って 100点で満足するなんて
エリートのエゴだと思ってましてね
100点をとるなんざ 先生に褒めてもらおうとする
ゴマすり野郎のやることに過ぎん なんて思っておりました
オレは
100点満点では評価しきれない完璧さを求めることを常に目指すんじゃ
なんてヘンテコなことを信条にしておりますもんでね
101なんていう数字は もう大好きなんですな
この数字を見ると
エリートさん達に勝った気分になれるわけです。
でね
実際に この101という数字を使ってやっている仕事といえば
アイディアを振り絞るときの目標数字として使っているんです。
企画を練るときは
まず 並べるアイディアの数は100個なんです
この時は スピードが命ですから 品質を問いません
そして
101個目からは 絞り出すようにして考えてゆきます。
この辛さが 企画書に命を吹き込むわけです。
なかなかええもんが出来るもんです。
あっ そうそう
ディズニーの101匹ワンちゃんも大好きです。
コンプレックス
これまでずっと
落ちこぼれというレッテルと生きてきた私は
多分 日本の教育制度に合わないんだと思うんですが
模範解答と いつもずれた生活をしてきたんですね
テストが返却されてくるじゃないですか
大体バツの方が多いわけですが
それを見ながら思っていたもんです
先生という生き物は 度量が狭いとね
世の中
思い通りにならないことが多いじゃないですか
それなのに テストの解答が先生の用意したモノと違うというだけで
バツを付けるなんておかしいと思っておったわけです
そんな私が
社会人になって組織にキチンと納まると思います~?
「こういうときは こうしておきなさい」
「あの人は こんな人だから こうお付き合いしなさい」
「上司のいうことは 経験に基づいた話なんだから従いなさい」 なんてね
こんなこと言われたって
模範生とは程遠い生き方をしてきたわけじゃないですか
私が何か発言する度に
「そんなこと前例がないぞ」
「無茶苦茶言うな リスクが高すぎる」
「お前のやることは非常識だ」 なんてね
組織を挙げて
思いっきりブレーキを踏んでくれる そんな毎日でした
いつも思っていたことは
「オレはあっちのブレーキを踏む側には絶対行かんぞ」ってね。
こんな生き方をするのは
世でいう「損な生き方」なのかもしれませんな。
でもね
世でいう処の「オモロイ人生」なのかもしれませんわな。 へへへ
ボツの山
若い頃 書き殴った企画書を
読み直すということがありますが
ほとんどの場合 チョット読むだけで恥ずかしくなってしまうような
未完成品であることが多いですね。
若いという奴は
とにかく勢いがありますからね
見るモノ聞くモノ全てが
ビジネスチャンスのように思えちゃいましてね
1日に一本は企画書を書いてやる なんて
アホなことを考えて 無謀なことにチャレンジなんかして
楽しんでしまうわけです。
その結果として
粗製濫造の企画書が大量生産されてしまうわけですな。
いやね
この情報化社会において 調査をするには
非常に良い環境が整っていますんでね
昔のように 情報を入手することにパワーを浪費する
なんていうことはかなり軽減できているとは思うんですけど
一方でね
閃いたビジネスモデルと似たものがあるかないかを探すのも
比較的簡単になっちゃいましたから
ボツになると分かっている企画を
一生懸命書くという無駄はしなくなりましたね。
「オモシロイと思ったんだけど
なんだ もう世の中にあるのか」ってね
考えることを途中で止めてしまうんですな。
実に勿体ない。
でね
思うんですよ
世の中に もうすでにあろうがなかろうが関係無くてですね
企画書を書いて書いて書きまくることって大切じゃないかってね。
そう
ボツの山 大いに結構じゃないですか
溢れ出るようなエネルギーの元
誰からも評価されない企画書を書き綴った経験は
自分の成長を自分で評価する良いバロメーターになると思うんですよ。
それとね
若いひよっこ達が 目を爛々とさせながら提案を持って来たとき
あの必死さを優しく受け止めてやれるだけの自分にもなれますからね。
訪問者
以前
大手企業と打合せをする際
担当者とその上司
さらに その上司の上司
その他に 技術的打合せのための担当者とその上司
さらに その技術の専門家と言われる人とその上司
もう 驚くほどの人数で打合せに来られたことがあります。
いやぁ~
これって笑い話ではないですよね
こんな人件費の無駄が全てお客様へ転嫁しているわけですからね。
でね
分かったことがあります
これから 伸びるぞっていう会社の訪問者というのは
大体 ひとりで来られるということです。
これから 徐々に沈んでゆくことになりそうだという会社は
どんな時も 3人以上で来られているということです。
オモシロイ判断基準でしょう!
ただ
2人の訪問者の場合はどっちなんだ?
ということになるわけですが
こんな時は 同行によってエンパワーメントを実施されていることが多く
会社が人材の育成に迷っているとき
とでも言っておきましょうかね。
速い
出来る人というのは 仕事が速いといいますね
いつも忙しそうにしているのに
お願いした仕事は チャンと納期を守ってやってくれるんですね。
一方で
我々一般人というのは
やらなきゃいけないことを
ちょっと別の仕事があるからと後に回し
明日に回し ついには来週からとなってしまい
結局 納期ギリギリまでほったらかしにしてしまうんですね。
まぁ いうなら 腰が重いんですねわな
では
出来る人というのは 特別賢いのでしょうか
それとも
出来る人というのは 特別器用なのでしょうか
それは
違うと思うんですね
彼らは とにかく仕事を始めるのが早いんですね
ウジャウジャ言っていう間があったら
さっさと取り掛かる これが 仕事が速いと言われるコツなんでしょう。
仕事が速いということが
仕事が出来るという評価につながるわけです。