2012年11月2日金曜日
この世に生まれたからにはね
この世に生まれたからにはね
良く言われますね
この世に生まれてきたのには理由がある なんてね。
でもね
こう考えて毎日を送るのもシンドイですわな。
でね
癌の手術が終わったベットの上で思ったんです
この世に生まれてきたのは生きることを楽しんでこいと
ポンと送り出されたんじゃないかとね。
ですからね
その日から 1日1日を手を抜かずに生きるぞって決めたわけです。
そうしましたらね
面倒くせぇ~
嫌やな~
頭にくるわ~ って思っていたことが
いろんなことがあってオモロイやないか って思えるようになったわけです。
あれから10年
歳を取るとはこのことやったんやと思っております。
大したことではないですけど
生きてりゃ何度かは 驚くような奇跡と出会うわけで
それが 自分に降り掛かるようなこともあれば
単に 目の前で起こるだけということもありますわな。
学生の頃
よく近所を散歩していたんですが
ある日のこと その日は何を思ったか
いつもの散歩コースではなく なんとなく遠出をしたんです。
そうしましたらね
目の前を見たことのある顔が歩いていましてね
あっ 高校の同級生だと気が付いて
「おい 何をしてるじゃ?」と声を掛けましたら
「あんたの下宿を探しておったんじゃ」とのこと
驚きましたわな 家から10キロ以上離れたところで
下宿を探しても見つかるわけありませんからね。
当時は 携帯電話なんかありませんから
私の両親から聞いた住所を頼りに 下宿を探していたようなんですが
それが間違った住所だったから大変です。
私に会うまで 小一時間探して見つからなくて
途方に暮れていたら 目の前に私が登場したので
彼は 私が買い物の途中だったのかと思ったそうです。
「こんな遠いところまで 買い物に来るか!
たまたま 散歩で足を伸ばしたんじゃ」と言いましたらね
ビックリしておりました。
ホンマニ会えて良かったんですが
考えてみましたら なんとなく遠出をしたお陰で会えたわけでしてね
もし 会えなかったら彼はどうしたんだろうかと ふと思ったものです。
この程度のことが 奇跡といえるかどうかは分かりませんが
この世は どこかに気まぐれ天使がいて
時々私達に奇跡を見せたり体験させてくれるようですな。
ですからね
あの経験からというもの
「なんとなく」という気持ちを大切にするようにしているんですよ。
素材が命
ケーキやクッキーを買って来て思うのは
こんなふうに味や食感 形を統一させて作るのって
大変だろうなということです。
素人が作りますとね
同じ素材で同じように配合し同じように作っても
毎回 別の食い物になりますもんね。
毎回 自分に言い聞かせるわけです
道具も家庭用の小さなものだし
材料もあり合わせだしね
売っているモノのようにはいかないよ ・・・なんてね
でもひとつ
素人でも納得するお菓子を作るコツがあるんですな
それは
素材にこだわること これですね
少々形が不細工でも
少々色味が悪くても
少々食感が思ったものと違ったとしても
良い素材を使ってますとね とにかく美味いんですね
ビジネスでも同じかもしれません
少々汚い事務所でも
少々ダサイ恰好をしていても
働いている人達が活き活きしていますとね 第三者は面白がるんですな
何をするにも 素材にこだわらなきゃならんということでしょうね。
いま20代に戻りたいかと言えば
いろんなところで聞かれますよね
もし20代に戻れるとしたら何をしたいと思います?なんてね
思い出しますと 私の20代というのは 不思議なくらい
バイタリティー溢れる毎日を送っておりました。
1年のうち お酒を飲まなかった日は 本当に数えるくらいしかなく
睡眠時間も4時間程度もあれば充分だと思っていましたし
深夜 ガバッと起きていきなり勉強を始めるなんていうことも平気でした。
ところがですね
いまや お酒はほとんど飲めませんしね
睡眠時間は6時間取らないと 1日中居眠りをしている感じだし
深夜 ガバッと起きることは いまでもあるにはあるんですが
その理由は リクやマリンに起こされて仕方なく目が覚めるわけで
机に着いて本を広げてもボーッとする時間のなんと長いことか
情けない限りですわな
じゃ~20代に戻りたいかと言えば
あのアホな自分に戻りたいとは決して思いませんわな。
任される仕事といえば雑用みたいな仕事ばっかりだったですし
こんな仕事はつまらないなと思ったところで
頭の鍛え方が足りないもんですから
これまた世の中のことが良く分からないときた
悔しいからと直感でいろんなことをやってみても
トンチンカンなことばかりやってしまい 失敗の連続
周りの人からはヒンシュクを買ってばかり
コンプレックスをバネに頑張ると心に誓い
「いまに見てやがれ!」って息巻いてみたところで
空回りの毎日が続き 増えるのは絶望感と煽る酒の量ばかり
考えてみますとね 20代というのはほんまにシンドイもんですな~。
それに比べて30代に入ってからというもの
アホの20代を乗り切ったお陰なのか
任される仕事も増え オモロイ仕事と出会うことも多くなり
シンドイと思うことより 楽しいと思うことの方が多かったように思いますね。
ですからね
未来に希望が溢れている20代に戻りたいですかと聞かれましたたらね。
元気な20代は 確かに輝いていたかもしれないけど
あの厳しい修行の時代に戻りたいとは思いませんな と答えると思います。
損なんて言ってる場合じゃないでしょう
「何でもカンでも教えたら損じゃないか
情報というのはな 少しだけ漏らし聞かせてな 興味を持たせたところで
お金を貰いながら少しずつ教えてゆくのが プロというもんなんだよ」
若かった頃 先輩からこのように指導されました。
でもね 思ったんです
私ごときが知っている情報なんざ
世の中で知らない人なんか ほとんど居ないと思うわけで
仮に知らないとしても それは知るタイミングがずれているだけで
私の情報なんて体制に影響を与えるほどのもんじゃないだろうってね。
自分の知っていることを
人に伝えたら勿体ないなんて思うようなケチなことをしていると
人間としてオモロクなくなると 私は思ったわけです。
そうしますとね
自分の知っていることを 誰に話すかを考えることが
楽しくなってきましてね いつの間にか 誰に話すかを考えながら
情報と接するようになったんです。
そうしますとね
いつも 頭の中で誰かと話をしているようになりましてね
新しい情報と接することがが 本当に楽しくなってきたんですね。
そのお陰様で 仕事が大好き人間になれたわけですけ。
情報という奴は
確かに 本当に隠しておいた方がいいというものもあるでしょう
組織の機密情報とか プライベート情報の中の一部にはあると思います。
でも 後のことは 変に隠さずに楽しく話す方がオモロイと思うわけです。
まぁ~ 世の中
隠し事をしてもバレバレになるようになっちゃいましたからね
自分の知っていることを人に教えるのは損だなんて思っているようじゃ
誰からも相手にされなくなりますわな。
叶う夢
混沌とした現代を生き抜くには
夢を持たなきゃダメだって良く聞きますね
夢が叶うように心から願えば
夢は必ず叶うものです
なんて言われるんですが
でも冷静に考えてみますと ちょっと違うような気がします。
夢は漠然としたものである限り
叶いっこないと思うわけです。
こんな感じになりたい
こんな風になりたい
こんなだったらいいな てな夢なら叶いませんわな。
私はイタリアに行って建築家の勉強がしたい
私はフランスに行ってパティシエの修業がしたい
私は中小企業のコンサルタントになりたい というふうに
本気で願える夢になりますとね
夢を叶えてくれる神が微笑むわけですな。
あ~ たこやきが食べたい ・・・ 夢が小さい!
期待をする
どんなことでも 期待をしていて
裏切られてしまったかなと思ったときって
腹が立つだけでなく 相手を恨んでしまったりしますわな。
考えてみますとね
自分も知らず知らずのうちに 人の期待を裏切るような
発言や行動というのをやっているに違いありません。
「期待していたのに」なんて言われても
私しゃ知りませんぞと思っても 相手の方はそのつもりだったりしましてね
文句を言われたりするわけです。
そんな時は
訳が分からず謝るしかないわけで どうしようもありませんわな。
でね 思ったわけです
人に何かを依頼するとき
あるいは手伝っていただくときは
協力していただくことに対しては心から感謝してお願いするわけですが
相手の方に あまり大きな負担とならないように
もしもうまくことが運ばなかったときの対応策を
相手の方に分からないように事前に用意しておくことにしているんです。
そう 相手に寄り掛かるということをしないようにしているんですね。
そうしますとね
過大な期待をしないようになりますから
冷静にものごとの進捗状況を見ることが出来ますし
もしもうまくことが運ばないと分かっても
慌てず対応できますんでね 最悪の事態は回避できます。
まぁ~ 一番いいのは相手の方との関係を壊さなくて済みますからね。
そんなことを考えて相手の方と接するなんて
冷たいじゃないか~なんて言われたりしますが
とんでもない話でしてね
ここまでいろいろ考えながらお付き合いするわけですから
相手の方だけでなく 関わっていただく方みなさんを
これほど思いやった付き合い方はないと思うわけです。
何かお願いすることがあったなら
相手の方を期待し過ぎてしまわないように
もしもの時の対応策を用意するくらいの配慮をすることが
人の輪を広げるコツかもしれませんね。
その時はひとり
人生には
絶望のど真ん中に落ちてしまうことってありますわな。
そんな時
ドラマなら慰めてくれる恋人がいたり
親友がいたりするわけですが
現実はね 絶望の淵から這い上がるには
本人の強い意志しかないわけです。
ですからね
日頃から孤独に耐えられる自分という奴を
作っておかなきゃならんと思うわけです。
帰る楽しみ
仕事に行き詰まっていた頃
長期の出張に出掛けるときは 映画のように
このまま帰って来れなくなればどんなに楽だろうなんて思ったものです。
でも 考えてみれば
旅というのは出発点に帰ってはじめて旅と言えるわけで
もし 帰ってこなければ 捜索願いが出されてしまう
遭難ないし蒸発ですわな。
仕事に振り回されるなんていうことが無くなったいま
出張に出掛けるときは リクとマリンが私の帰りを待ち構えていてくれ
姿を見付けると飛び掛かってくれますんでね
それが楽しみで 急いで帰るようになったんですよ。
昔は 全国にいろんな処に出張に出掛けて行っていましたから
何泊もしていましたし チョットした旅行だったのかもしれませんが
帰ることが楽しみな いまの近場の出張の方が
楽しい旅のような気がしています。
変化を読むには
毎日 一生懸命仕事をしていますと
僅かな変化という奴にはなかなか気が付かないものです。
だからといって 全く変化に気が付いていないかといいますと
決してそうではなく その変化になんとなく不安になっていたりするものです。
「最近 クレームが多いよね~」とか
「最近 あの人から電話がないよね~」とか
「最近 社長の顔をあまり見ないよね~」という風に肌で変化を感じつつも
どうすれば良いのか分からない日々が続くわけです。
そして ある日
急にキャンセルが増え 商品の返品が山のように積み上げられたり
会社が倒産してしまったりしてしまうわけです。
我々が決して忘れてはならないのは
モノごとの大きな変化というのは
毎日の小さな痛みから拾うことは出来ないということなのです。
そう 定量的な変化をいくら追い掛けていても気が付かないということですね。
大きな変化の予兆を拾おうと思うなら
定性的な変化に注目しないと
読み取ることは出来ないということだと思うのです。
こいつがやっかいですのは
「まぁ そんなこともあるさ」って
変化に気が付いても自分勝手に結論を出してしまうことが多いことなのです。
良きマネージャーになるためには
この微妙な変化に敏感にならなければならないわけです。
あいつは好きだとか嫌いだとか
あいつには負けたくないだとか
意地悪をしてやろうだといった
下らないことに自分の頭を使ってしまっていますとね
重要な変化に気が付かないという無様な結果になるわけです。
妙なもの
メチャクチャというほどではないのですが
冷蔵庫の中にモノが溢れていることに我慢できないのです。
冷蔵庫を開けたとき
程よいスペースがないと何か冷えないような気がするんですね。
ですから
モノが溢れていますとね
一生懸命 食材を減らす努力をしてしまうわけです。
一番効果のあるのは 鍋 それから カレーにシチュー
鍋に入れてグツグツする料理は 冷蔵庫を整理するのにいいですね。
冷蔵庫がスッキリしますでしょう
もう 最高の気分ですわ。
でね
じゃ~ 冷蔵庫の中がガラーンとしたからといって安心できるかといいますと
これまた違いましてね 今度は不安になるわけです。
冷蔵庫 なかなか気むずかしき家電なりですな。