2012年11月6日火曜日
仕事には差が付く
無駄なことかも
ほとんどが無駄な時間の浪費であったとしても
ここまで歳を重ねますと 若干ではありますが
学んだことというのがあります
それは
世の中には 正論では通らないことってある
ということですね
そこには
人の本音なんだと思うんですけど
そうは言ってもね という心理が働くんですな
政治家は 個を捨て国のために働くべきである
法律は 国民の生活を守るモノ 誰もが守るべきである
誰もが平和を求めている などなど
世間はそうじゃないことになっていますよね
ワテら一般庶民には 正論を声高々に語る機会は
ほとんどありませんが 心深く思うことはせなあきませんね
でね
ビジネスにおいても
この正論を追及してはならぬという
不文律があると思うわけです
それは
聞く気のない人にどんなに大切な話をしても無駄だということ
覚悟のない人に やるべきコトを話しても無駄だということ
分からずやを説得しようとするのは無駄だということ ですね
聞く気のない人とは
自分の仕事が忙しくて 人のことなんか構ってられない
なんていうときの人ですね
覚悟のない人とは
職務上決裁権限のない方というのもそうでしょうけど
基本的に責任を取るというリスクを毛嫌いする人ですね
分からずやとは
勉強不足 知識不足 経験不足から
言葉の意味を共有できない人のことですね
こういう人と出会ったら
時間の浪費だと割り切って別の人と話をするべきですね
と同時に
こういう人になっていないかどうか
常日頃から自分自身をチェックする必要がありますね
急ぐとき
仕事という奴は
綺麗に整列してやってきてはくれませんでね
ひとつのことをやっていると
次の仕事が飛び込んできたり
打ち合わせが入ってきたり
突然 キャンセルになったりと
非常に流動的なもんだと思うわけです
だからといって
面倒くさい仕事を後回しにしちゃうと
あっという間に 抜き差しならぬ状況に
追い込まれてしまいますからね
過去 何度もありましたよ
抜き差しならぬ状況に追い込まれてしまって
何週間も ほとんど寝ないで対応したこってね
こんなことを繰り返していたんじゃ
体が持ちませんからね
そこで
考えておかなければならないことというのは
仕事を並列にこなしてゆくコツを
自分の中で用意しておくということなんです
いやもっと簡単にいうと
仕事に取り掛かる際に効率良く仕事ができる
自分なりのルールのようなものを
持っておく必要があるというわけです
それさえあれば
並列して仕事をこなさなきゃならないとき
ドンドンやってくる仕事を
いつまでに どのくらいのスピードでこなせるかが
自分なりに感覚的に分かるようになるわけですね
私の場合は 最初に
ひとつの仕事をこなすのに
どんな情報やノウハウが必要で
情報の分析にはどの程度掛って
実際にアウトプットをするには
どのくらいの時間が必要になりそうかを
ざっと見極めましてね
まず やることは
PCやノートに仕事のタイトルを決めて
行動計画の大まかな目次を書いちゃうんです
これが 仕事の第一歩です
後は 時間との勝負ですから
仕事のプロセスの中から
特に調べることなく すぐに手を出せるものを
ピックアップしてきて 項目立てをして
やるべき時がきたらすぐに取り掛かれるように
準備しておきます
ここまでを
並列にこなすべき仕事全部に対してやってちゃうんですね
ここまでやってしまえば
優先順位の高いもの
結果まですぐに辿り着けるもの
アウトソーシング出来るもの等に
仕事に優先順位を付けて どんどん消化してゆくわけです
言うならば
急いて仕事がしたいなと思うようなことがあったら
料理屋さんで言う処の おしながき を
まず しっかりと決めて メモすること
これこそが 仕事をサッサとこなすコツやと思っているわけです
スイッチオン
ロッキーの映画を見ていますとね
ボクシングの醍醐味は
1ラウンドが3分間であることだと思い知らされますね
フラフラになりながら倒れ込むようにしてラウンドが終わり
30秒のインターバルを置いて立ちあがったとき
それまでの不利な状況がウソなように
攻めて攻めて攻めまくりはじめる あのロッキーの姿は
見るモノを興奮させますよね
でね
考えてみたんです
人の集中力ってね
何時間も続かないじゃないですか
ですからね
普通に仕事をしていますと
人の都合や 予定の都合 突発的な仕事なんかで
集中力をブチブチ切られてしまいますからね
集中力を発揮する時間帯というのを
組織の中で作ってしまいましてね
その時間帯は 会話はもちろんご法度ですし
電話対応も基本的には禁止
ひたすら自分の業務に集中する時間にするわけです
そうですね
その時間は
1時間から2時間くらいが良いんじゃないでしょうか
私のような
一匹オオカミは その集中時間を
朝の4時から6時までに当てているわけです
こういう考え方って
仕事にメリハリが生まれて良いと思うんですよね
モチベーションを高める
何かに集中しようと思いましたら
まずは心身ともに体調が良いコト
自分の働きやすい環境になっていること
オンオフの頭の切り替えがうまくゆくこと
さらに
やろうとしていることに好奇心を持てるかどうか
そして
自分に競争相手がいるかどうか
こんなところが
集中力を高めてくれると思うのですが
特に最後の競争相手がいるかどうかは
人間本来の性とでもいいますか
この程度でいいじゃないかと手を抜こうとする気持ち
もうこれでイイよと楽をしたいと思う気持ち
明日から頑張ればいいかと思うサボタージュの気持ち
ワテには所詮無理な話なんだからと逃げの気持ち
そんな 自分の中にある卑怯な自分に
待った!を掛けてくれるのが
このライバルの存在ですよね
あのメーカーより良いものを作りたい
あの会社より大きくなりたい
あいつよりいい仕事がしたい
この単純な目標値が
自分のモチベーションを維持してくれますし
より高い処に向かって進もうと高めてもくれます
いやね
素直にライバルと向き合えればいいんですが
我々は長い期間 偏差値教育なんていう
常に相対的に人と比較し自分を評価するということを
してしまっていますんで
DNAに変な遺伝子が入っているんですな
ついつい
ライバルよりチョッとでも優位になるために
相手を蔑むことで自分を引き上げようとする
卑屈な手法を取ろうとしようとするんですね
こいつが
自分の成長を鈍らせたり
要らぬことに時間を浪費させてしまうんですな
ライバルに対してリスペクトする気持ちを忘れるようじゃ
自分自身もいずれは後から追い付いてくるライバルに
叩き落とされてしまうということを忘れてはなりませぬな
生産性の高い会議
会議というのは
誰が
何を
いつまでに
どうやって
どこまでやるか を決めるわけで
本業の仕事にしわ寄せが来ないように
わざわざブレックファーストをしながらだとか
始業の1時間前から始めて始業時には結論を出しておくとか
いろいろ工夫をされているようですね
でね
さらに生産性を高めるにはどうするかですが
ひとつの方法として
若い新人君を会議の傍観者に加えるというのがあります
成人式で暴れていた新社会人を黙らせる策として
小学生や中学生を参加させたというのを聞きましてね
確かにと思ったわけです
新人君が見ている前で
ダラダラ会議なんかやってられませんもんね
もちろん
会議には議決権を持ったキーマンが出席することや
議題に対しては即断即決を信条とすること
結論が出なかった場合は誰が責任を持って結論に至るまでの
情報を収集するかを決めること
さらに
全ての事項に対して 期限を明確に決めること
そして
決められたことが実行できないと分かった担当者は
早々にその事実をキーマンに報告し善後策を取ること
そんなふうに
出席者全員がプロとしての意識を持つことが
会議の生産性を高めてくれると思うわけです
報告をするときのコツ
話をすると良く分かりますね
日頃どれだけ頭を使って仕事をしているかが・・・
頭を使っておられる方というのは
切り返しがオモシロイですからね
でね
人から切れ味の鋭い人だと言われるようになるためには
どのようにすればいいかなんですが
それは
仕事の中で自分を鍛えてしまうことだと思んですね
実際には
上司 同僚 パートナーといった方に
何かを報告するときというのは
相手の時間に割り込むのですから
無駄をさせてはならないという意識を持ってですね
手短に 分かりやすく 伝えることだと思うわけです
遺留品捜査のドラマのごとく
「私に3分間だけ下さい」から始めるのが
いいかもしれませんね
相手にとって付加価値の高い3分間になる優先順位は
トラブル・事故の報告
アクシデントの報告
思い通りに行かなかった報告
その後に
うまくいった報告
こらからやりたいと思っているコトの報告と続きます
まずは結論をいいますね
「やばいです トラぶってしまいました」
次に いまどうなっているかを報告します
「お客さんが真っ赤な顔をして 怒鳴りこんできました」
その理由を追加します
「当社の出荷が遅れてしまい
お客さんの仕事が遅れたようです」
そして どんな行動をしようとしているのか
あるいは どんな対応をしたのかを報告するわけです
「馬子を付けて 荷物と一緒に帰っていただきましたので
申し訳ありませんが お詫びの電話を一本お願いできますか」
こんな報告をするように常日頃から心がけていると
日常会話に少し余裕ができましてね ちょっとしたウィットを
組み込めるようになるんじゃないでしょうかね
仕事モード
さて仕事をしようかなって思ってから
実際に仕事に手が付くまでの間
何をしているんでしょうか
いやね
1時間経っても一向に仕事が
進んでいないなんていうことがあるもんでね
反省の意味も込めましてチョッと考えてみたんです
机に着いてからまずやっていることといえば
PCを起動させて
カレンダーを見て大まかなスケジュールを確認するでしょう
メールをチェックして
iTunesを立ち上げJAZZをセットしてと
それから 飲み物を用意しに席を立って
美味しそうなお菓子を物色してから戻りますかね
そして
ニュースをざっと見てから
いよいよ仕事に取り掛かることになりますね
あ~
その間に facebookやblogなんかもチェックしていますね
ということはですね
仕事を始めるまでのセレモニーが
ホンマニたくさんあるということですな ビックリですね
もう一度考え直さなければなりませぬな
仕事を早く終わらせる鉄則は
仕事に早く取りかかること
仕事に早く取りかかろうという気持ちになるためには
仕事に追いまくられている自分でいること
仕事に追いまくられるには
用意された仕事をやるだけじゃなくて
業務の改善だの 新しい企画だの 市場の変化だのに
興味を持って 頭の中をいつも忙しくしておくことでしょうね
怠けものは 忙しくしておくに限るっていうことですな
朝型に限る
ひと昔前まで
典型的な夜中型人間でして
深夜1時頃からエンジンが掛りましてね
夜が明けるまでの間 頭がフル回転しておりました
しかしですね
良く良く考えてみましたら
深夜 仕事のできる時間といいますと
わずか3~4時間程度しかありませんでね
そのために
明るい時間のほとんどを捨てなければなりませんし
人と会おうと思いましたら 睡眠時間を削るしかなくて
寝不足の頭でお会いしていたわけです
失礼な話ですわな
さらにですよ
深夜の仕事というのは
詰め込みの勉強をしたり 絵を描いたり
何かを組み立てるなんていうのには
向いているんですが
新しい企画を練ったり
論文を書いたりするのには
何か向いていないみたいなんですね
何度もあったんですけど
深夜にアイディアが閃くじゃないですか
その時って もう世界がひっくり返るようなアイディアだ
もう俺って天才 なんて興奮しつて寝るじゃないですか
でもね
翌日朝起きて
ワクワクしながら企画書を読み直してみますとですね
あまりものその下らなさに そのままゴミ箱に行きになるわけです
こんなアホをしているうちに
体を壊したこともありましてね
何か夜が怖くなってしまいまして
思い切って朝型の生活に大きく舵を切ったんです
そうしましたら
失いかけていたやる気を
徐々に取り戻すことができたんですね
でね
考えてみますに
朝型の良いところは
とにかく一日が長くなることでしょうか
人間という奴は 太陽さんの光をたくさん浴びると
やっぱり元気になるみたいなんですね
それから
早朝は静かですから
ものを考えるのに打ってつけですね
それも 深夜のように空想の世界に入るんじゃなくて
現実の世界に居たまま 頭を転がすことができますね
後は
朝のうまい空気は元気にしてくれるところでしょうかね
早起きはエエよ~
やはり盗むは型
仕事をマスターする方法というのは
いろいろ人によって違うと思うのですが
確実な方法のひとつとして
お手本を決めて それを盗みしながら
型を身に付けてゆくことだと思うんですね
むかし
習字を習っていた頃
お手本をもらって それを見ながら書いていましたけど
本当に字がうまくなる切っ掛けとなっていたのは
先生が目の前で同じ字を書いてくれるときの
毛筆の扱い方とか 字配りといったものを
見て 聞いて 墨の匂いを嗅ぎながら
憶えていったことなんじゃないかと思います
残念ながら
結局 字はうまくなりませんでしたけど
文字との向き合い方は身に付いたように思います
でね
現在はマニュアル文化と言われているじゃないですか
でもね
マニュアルというのは
素人相手に平均以上の仕事をさせるために
用意するもので 平均レベルまで引き上げるものであって
基本以上のことを学ぶことは出来ないんですね
やはり
レベルの高い人の型を盗むことからでないと
仕事は高いレベルへと行けないと思うわけです
新しいことに挑戦するときの
基本ルールということではないでしょうかね
仕事には差が付く
言われたことを ただただ粛々とこなしていれば
給与がもらえて 家族が養え 幸せな老後が待っている
こんな薔薇色の人生はあり得ないって
いまの現役ビジネスマンはご存じだと思いますが
どんなに頭では分かっていても
明日はどうなるか分かりませんねと思わされる
新聞記事やテレビを見ても 他人事としか思えない
これも事実だと思うんですね
でもね
シャープやパナソニック ソニーの苦悩ぶりを
見たり聞いたりしている限り 個人としても
ボチボチ本気で行動を起こさないといけない時が
来たような気がするわけです
では
何から始めるか
それは
仕事のできる人と言われるようになると覚悟すること
そんな気がします
できる人というのは
単純な作業に対しても手を抜きませんでね
常に効率良くミスなく正確に作業をこなすには
どうするのが良いか 「作業のコツ」というものを
見つけるのが早くて 改善に向けての行動も早いんですね
仕事のできる人と そうでない人との間は
決定的な差が付くということを
もう一度 自分に問いかけ直さなあきませんね
いまの仕事を既得権のように思って
自分だけにしか分からないローカルルールで
他人の入ってくるのを防御している自分がいたら
格好悪いと思わなきゃアカンということでしょうね
そうそう
他人が入ってくるのを防御することを防がなきゃならないのは
特許や商標権 肖像権 著作権のように守るべきものは
法律で守るのがグローバルスタンダードだと
世の中は教えてくれているじゃないですか
言い換えるなら
それ以外は みんな情報公開して共有化してやってゆく仕事こそが
この激動の時代の中にあって生き残れる仕事やと思いますね
分かっちゃいるけどね
今日は帰って溜まった本を読もうと思っていたけど
「チョッと一杯どう?」って誘われてしまうと
ついつい付き合ってしまい 予定がオジャン なんてね
分かっちゃいるけどね~ っていうことになるわけです
本を読む時間が無くてね とか
仕事が忙しくて自分の時間がない なんて思っているのなら
人から
「あいつは付き合いが悪いなぁ~」って言われるくらいで
ちょうどエエんちゃいますかね
仕事やアフターファイブにメリハリの付けられない方って
やっぱり 仕事ももうひとつですからね
あっそうそう
仕事の効率化を考えるとき
いろんな方法があると思いますけど
分かっちゃいるけどね~ の言い訳に良くなっている
「パソコンは苦手だからね 勉強しようと思っているんだ」の
パソコンのスキルを上げるって 目に見えて効率が上がるんですね
こんな言い訳をしている上司が居たら
「メッ!」って怒ってやって下さいな
密度を濃くする
時間という奴は厄介な処があって
時間が足りないと思えば 足りないし
時間は十分あると思えば どうにかなるもんなんですね
どうも時間という奴はその人のマネジメント力と
関係があるように思うんです
1時間は必要なAという仕事と
2時間は必要だと思われるBという仕事を
これからしようと思ったとき
AをやってからBをやると 3時間以上は掛りますね
これを
Bの仕事全体を頭に入れて
Bの仕事について考えながらAの仕事を1時間でしますとね
次にBの仕事に掛ったときは 不思議なもので
2時間も掛らなくなっているんですね
こんな風に
生産性を上げるとか
仕事のプロセスを根本的に見直すとかしますとね
当初必要と思っていた時間より
効率が良くなっているものなんですね
そう
こうやって 時間の密度を濃くしましてね
やりたいことの時間を作るわけです
時間の使い方
仕事全体を考えるとき
注意していることといえば
自分の時間を大切にするということです
時間というやつは
チョッと気を許しますとね
あっという間に怠惰に流れて行ってしまいますんでね
気を付けなければならないわけです
仕事の為だからといって
ダラダラとした会議に参加していたり
毎日のようにアフターファイブの飲み会に参加していたり
毎回のように2次会 3次会に参加していたりすることを
容認しているようでは
やっぱり
自分の時間に対して失礼じゃないでしょうかね
それは
自分の大切な時間を使ってまでやるべきことなのか
そいつは
これを止めてまでやるべきことなのか
1日を振り返ってみたとき
自分を恥ずかしいと思うようなことにならないのか
こんなことを考えながらですね
もっとシビアに自分の時間の使い方を考えるべきやと思うわけです
みんな先生
仕事をしていていつも思うのは
「もうこのあたりが私の能力の限界かもしれない」っていうコンプレックスです
まぁ~このコンプレックスはいま始まったことではなくて
中・高校生の頃からずっと引き摺っているんですがね
本当に こいつと付き合うのは大変ですわ
でね
長い時間を要して編み出した
コンプレックスと付き合う術というのがあるんです
それが
年齢 性別 キャリアを問わず
「デキル人から素直に学ぶ」なんですね
もちろん
正面切って「教えて下さい」とお願いしちゃうと
ドン引きされてしまいましてな
逆にチャンと教えてもらえなかったりしますんでね
どうするのかといいますと
自分の情報センサーを敏感にしましてね
「あ~こういう風に話をすれば 聞き取りやすいんだ」とか
「こんな話題を枕の話に使っているんだ」とか
「見事なもんだ 怒っていたお客さんの機嫌が直っちゃった」なんてね
人の言動に対して耳を傾け
非難の姿勢で聴くんじゃなくてね
「なかなかやるな」って思いながら接するわけです
そうしますとね 不思議なもんで
みんな凄いなって思える自分がいますとね
もうアカンと思っていた自分がいつの間にか消えましてね
よし やったるぞって思えるもんなんですね
それを知らずして何が出来よう
どうせ仕事をするのなら
自分の関わる仕事の向かっている方向
もっと言い方を変えるとするならば
その仕事の全体像とでもいいますか
これってとても気になりますよね
仮に仕事の全体像が見えないまま
言われた仕事を 自分の都合のいい解釈をしながら
進めていますとね 仕事の軸がブレテしまいますからね
もしもの時のために とか
こうやっておいた方が良さそうだから とか
また 何か文句を言われそうだから といった理由で
仕事はドンドン複雑になり
必然的に オーバースペック 機能欠落 ミス ロスが
山のように湧いてくるものです
建築現場なんかを覗きますと
お偉いさんと思しき方が 作業の手を休め
腕組みをしながら 図面と現場を見比べられている仕草を
見ることがありますが
正にあれが仕上がりの全体像と
現場の状況とを頭の中でチェックされている光景なんでしょうね
でね
やっぱり思うわけです
仕事という奴は
言われたことだけを 一生懸命やるという姿勢は
やっている当人は楽なように思っているかもしれませんが
実は 余分な仕事を何倍もしなければならなくなるので
結局 楽をしていないってね
効率良く仕事取をしたいと思うのなら
ちょっと面倒くさいと思うかもしれませんが
全体像を知らずして何が出来ましょうぞという姿勢で
全体像を把握する努力をするべきだってね
そう思いません?
自分のポジション
思うんです
仕事というのは
右から左に流せうようになるのが一人前とするなら
自分の仕事の進捗状況を確認しながら進めるように
なれるのが 一流の仕事人ということになりますわな
でもね
不思議なんです
一生懸命仕事をしますよとおっしゃる方ほど
自分の任されている仕事が全体のどの部分なのかに
興味を持たれないんですね
そう
一人前になった自分の腕をウリにされているんです
チームで仕事をしてゆくには
ウデに自身のある指示待ちの方ばかりが集まったんでは
仕事がうまく進みませんわね
やっぱりね
一流を目指しておられる方とでないとうまくゆきませんよね
優先順位
「仕事が溜まってしまって 二進も三進もいきませんわ
申し訳ありません 例の約束の件 保留ということで・・・」
ビジネスに席を置いているいるモノとして
こういう言い訳は 出来るならやりたくないですわな
仕事という奴は
優先順位を付けて順にやれっていうじゃないですか
でもね
自分の処に回ってくる仕事って
全部 優先順位としては一番なわけでしてね
どうしろって思うわけです
でね
思うんです
優先順位の付け方を
単純にしてみたら どうにかなるんじゃないかってね
私の場合 3つにしているんです
1、どうしてもこなさなければならない仕事
2、さっさと捌いてしまい進捗状況だけチェックする仕事
3、三日後にもう一度見直す仕事
どうしてもやんなきゃいけない仕事は
どちらかと言えば日頃からやり付けている仕事の場合が
多いでしょうから 効率良くやっちまうわけです
さっさと捌く仕事というのは
自分がやるんじゃなくて 部下や他部署 あるいは外注に
振り分ける仕事のことを言いましてね
自分がやれば出来ないことはないけれど
人に任せた方が効率が良いと判断出来るモノですね
こういう仕事は 進捗管理に時間を割くわけです
三日後にもう一度見直す仕事というのは
はじめての試みで時間が係るモノだったり
情報収集に時間を要するモノだったり
いろいろ考えを巡らせる必要のあるモノだったりと
デスクに向かってやる仕事の部分より
思考錯誤の中からアイディアやビジネスの種を
企画してゆくようなものが多い仕事をいいます
こういう仕事は
他の仕事をしながら 頭の中で揉みましてね
閃きを待つわけです
めりはり
世の中には
仕事は一生懸命しているんだけど
センスが悪いといいますかね
仕事にめりはりがなくて
力配分もなされず
時間配分もなされず
仕事密度も付けずに
闇雲に 目先のことからやってしまい
最後はごちゃ混ぜになってしまっている
そんな方って多いですよね
「大船に乗ったつもりで 私にお任せ下い」なんてね
はじめは元気なんですけど・・・
でも 仕事が始まっちゃうと
あ~あっていう結果になっちゃうわけです
「めりはり」という視点で仕事を捉えますとね
世の中には 多くのハウツー書が出ていますから
いろんな形で ノウハウはインプット出来るわけです
でもね
そうなんですよ
元々 仕事にめりはりが付けられない人が
こういったハウツー書を読んで
すぐにやってしまうもんですから
なお更 混乱が大きくなってしまうんですね
そんな気がしません?
自分の仕事姿を見直してみて
口は一流
手は二流
結果は三流
でも 言い訳は これまた一流
こんな無様な自分になっていないかどうか
チョッと立ち止まってみましょうかね
自分に酔う
仕事をするということは
未来に向かって いまを生きているわけで
変えることの出来ない過去を引き摺るようなことでは
コトはうまく進みませんわな
昔な こうんな風にしたらうまくいったんや とか
昔はな こうでな ホンマニ良かったわ~ とか
昔からな こういう時はこうなるもんなんじゃ とか
昔の成功
昔の失敗
昔の後悔に 引き摺られてしまっていては
卑屈になってしまうか
新しい挑戦をする際 余分な力が入ってしまい
コトがうまく進まなくなってしまいますわな
隣の国々には そんな文化はないようですが
ここは
「ご破算に願いまして」と
リセットボタンをキチンと押して
未来に向かって いまを大切に進むべきやと思うわけです
いやね
自分の過去を引っ張り出しましてね
「自分に酔っている姿」ほど 醜いものはありませんからね
少なくともビジネスに関わっていると自覚しているワテらは
注意しなければならないと思うわけです
不要・不急なモノ
こんなに時間を大切にしましょうと言われているのに
1日を振り返ってみたとき
モノを探したり
PCのファイルを探したりして
かなりの時間を無駄に過ごしていることって
良くありますね
ワテなんざ
人生に迷ってしまって
無駄な時間を費やしてしまいましたけどね・・・
いやね
やはり いい仕事をしたいと思うのなら
せめて 机の上やPCのディスクトップの上には
不要なモノ 不急なモノは置かないように
整理整頓をしておきたいものです
先日 実家の家にモノが溢れているもんですから
要らないモノは捨てようじゃないかって
提案したんですけど 整理整頓の苦手な家族は
「何ひとつ無駄なモノはない」って言うんですね
畳の部屋なんざぁ~
紙袋が部屋一杯に広がって中に入れないことに
なっていても 言い張って聞かないんですな
でね
口癖がいいですよ
「いつもモノを探しているような気がする」ですわ
これは
現役を引退し趣味の世界で生活しているから
許されることなんでしょうけど
現役バリバリの方にも
いつもモノを探している方というのがおられますからね
注意したいものです
不要・不急なモノは基本的に廃棄する
これが原則ですね
「また いつか使うことがあるかもしれない」
これ 整理整頓が苦手な方の合言葉みたいなもんですな
大いに反省いたしましょう
短気は損気
瞬間湯沸かし器かと言われるくらいに
すぐにカッとなるのは若さの象徴でしょうが
良く良く考えてみますとね
短気だから失敗することって多いわけで
歳を取って 人が丸くなることの大切さを
改めて感じるわけです
短気だということは何を意味するのか
それは
判断を下す状況にあっても
正確な情報が手元にないままに
個人の感情や思い込みに流されるがまま
慌てて結論を出すことを意味すると思うわけです
このように書けば
短気であることにも
何となく意味があるような気がしますが
人の話を最後まで聞こうとしないとか
自分の思い込みを人に押し付けようとするとか
怒りの感情をコントロールできないとか
まぁ~
短気であることは
ビジネスの世界においては
邪魔モノ扱いをされることはあっても
重宝されることはないでしょうね
もし 本気で
自分をプロの仕事人にしたいと思うのなら
歳を取れば 短気な性格も丸くなりますよ なんて
悠長なことを言ってるんじゃなくて
短気は損気を 実践しなければなりますまいね
頑張るじゃなくて けっぱる
若い頃 上司や先輩から
「頑張ってるね~」って
良く声を掛けてもらっていました
ワテは自分のことが分かってませんでしたから
「ありがとうございます 頑張ってます」なんてね
空回りしている仕事に疑問も持たず突っ張っていたわけです
歳を重ね
いろんな失敗と若干の成功を体験しますとね
仕事で頑張るのは当たり前
でも 何でもかんでも自分ひとりで抱え込んでしまって
頑張り過ぎている 頑張り屋さんは
自分だけでなく 一緒に仕事をしている仲間にも
迷惑だっていうことを知るわけです
仕事はチームでするモノ
自分ひとりの狭い了見で仕事を囲い込んじゃあかんわけです
そのことを身にしみて感じるようになってからですかね
「頑張っています」という自分より
「けっぱってます」と楽しみながら仕事をしている自分を
意識するようになったのは・・・
ノンプログラムならノンプロブレムかぇ?
小さなことにこだわらないって
格好いいように思うじゃないですか
「ここは オレの顔を立てて任せてくれ」とか
「なぁ~に やってみなきゃ分からんて」とか
「気合いがあれば 何事も乗り越えられる」とか
そんなことを言っておれば
「大物」のように見えますわな
でもね
こんな無責任なことを言う輩というのは
いい加減な奴が多いもんでね
ムードで信頼なんかしちゃあかんと思うわけです
考えてみて下さい
ノンプログラムならですよ
無理無駄の塊になるのは目に見えていますからね
仕事は忙しいんだけど やっていることは
トラブルシューティングであったり
顧客クレーム対策であったりと
いつまで経っても創造的な仕事に取り組めないものです
そうなんです
大物の発言するノンプログラムは
どんなに心を高揚させる言葉であっても
進んだ先には 課題 問題が山積していることを
忘れてはならんわけです
大物なんかなる必要はなくてね
小心者と言われるくらい
計画や行動管理に手間暇を掛けることこそが
モンプロブレムへの近道だと思うわけです
度を過ぎてはなりますまい
多分 あかんやろな とか
うまくゆくわけないだろう とか
まぁ~そこまで言うんだったら
適当に付き合っておくか とか
そんな不心得者の本音というのは
必ず その人の言動に出ましてね
最悪なことに 伝染してしまうんですな
確かに
何かに挑戦しようというときには
誰にでも不安や心配 心細さっていう奴は
もれなく付いてくるわけですが
ですからね
心配するのは構わないんですが
度を過ぎてはあかんですわね
いつも自分に言い聞かせておかねばなりませぬ
「安心しなって ここまでやってんだ 大丈夫」
「心配しなって 必ずうまくいくって」
そう
ネガティブな発想に傾きそうになる自分を
必死に打ち消そうとする自分いること
そのものが大切だと思うわけです
やっつけ仕事
ちょっといま他の仕事で忙しいので
片付いたら取りかかることにしよう とか
この仕事は丁寧にやりたいから
まとまった時間が取れたとき じっくりとやろう とか
締め切りまで少し時間があるから後でやろう とか
仕事を後回しにする言い訳は
それはそれは 見事なモノです
そして
先延ばしにしてしまった結果
やっつけ仕事でその場をしのいでしまっているというのが
いつもの自分だったりするわけです
でね
思うわけです
「あいつに仕事を頼むと 早いし丁寧だし美しい」なんてね
仕事を任されるような輩になりたいと思うのなら
仕事を先延ばしにするという習慣を立ち切りましてね
出来るだけ すぐに段取りをし
出来るだけ すぐに取り掛かり
出来るだけ 時間を融通し
出来るだけ 急いで
出来るだけ 美しく仕上げる
そんな気持ちで 仕事と向き合うべきやとね・・・
ただねぇ~
締め切りに追いまくられて
ギリギリの処で 集中して書き上げた文章という奴は
自分でも驚くほど出来が良かったりするもんで
一概にやっつけ仕事は駄目だとは言い切れないと
どこかで言い訳なんかしちゃうワテがいるんですけどね
意に添わないこと
誰もがね
人からは「あの人はいい人ですよ」と言われたいものです
でもね
そうはいかないじゃないですか
人から仕事を頼まれたとき
手が離せなければお断りしますからね
断られた人からすると「冷たい奴」なんて
陰口を言われてしまいますし
人から飲みに行こうと誘われたとき
映画に行きたかったり 本が読みたかったりしたら
やはり「先約がありますので」なんて言ってお断りしますよね
そうしますと「あいつは付き合いの悪い奴」と言われ
仲間外れにされたりしてしまいます
こんな風に 自分の意見をハッキリいう人は
決して「いい人」とは言われませんね
仕事を頼まれたら
結果的に抱え込んでしまうことになったとしても断らない人
飲みに行こうと言われたら
自分の都合はこちらに置いておいて付いてゆく人
そんな
意に添わないことを続けられる人のことを
世間では「いい人」というんですな
さて
周りにヘリクダッテでも「いい人」と思われたいか
それとも
わざわざ敵を作るほどのことではないのだけれど
自分自身を見失わない程度の「いい人」でいるか
この混沌とした社会環境の元で仕事をするにあたって
自分の立ち位置という奴を
少し考えてみる必要があると思うわけです
完璧を求めるには覚悟がいりますわな
仕事にせよ
人生にせよ
自分の思い通りになることの方が少ないのが
この世の掟みたいなもんじゃないですか
ですからね
「何から何まで自分で全部やらないと気が済まない」なんてね
完璧にものごとをしようなんて思った途端
周囲から浮き出てしまって
仕事にカオスと停滞を招きいれてしまうことになると
思うわけです
いや 私はそんなことはしない なんて思ってましてもね
実は 誰もが大なり小なりやっているもんなんですな
「なぜ 私の言うことが聞けない!」
「こうじゃないと許せないんだ!」
「お前らはみんな馬鹿だ!」 なんてね
自分の実力や可能性に対して
自分の思い込みを解き放ちませんとね
逆に自分の能力を封印してしまうことになると思うわけです
自分の意思や意向が強く出始めましたらね
ちょっと立ち止まりましてね
完璧や思い通りといった言葉で
自分の言動を見直してみることにしましょうや
できる奴
初めてお会いして
「こいつは できる奴や」って思うのは
メモ帳の置き方に共通の特徴がある
会話を咀嚼しながら聞いているので
問いかけに対する返事が早いし的を外さない
話のネタに 必ず笑いを盛り込ませてくる
こんなところでしょうか
この3点には ひとつ共通なコトがあります
それは
いずれの場合も 情報の整理術に長けていないと
出来ないという点です
メモ帳というのは
官僚の方が得意とされているような
会話を全て筆談して残すモノではなくて
我々一般庶民のメモの使い方というのは
押さえるべきキーワードを逃さないためのメモですから
メモ帳の置き方は
自ずと会話の邪魔にならないように置かれるんですね
最近は ノートPCを目の前に広げて
話をしようとする方がおられますが
そんな方は「ワテは仕事の素人です」って
言っているようなもんですわな
会話の内容を咀嚼しながら聞ける人というのは
その内容を 次は他の人に自分で話すことを念頭に
話をされているんだと思います
言い換えるなら
要らない情報をカットしているということでしょうね
こういう方は話していても気持ちいいもんです
会話に笑いを持ち込めるというのは
自分の持っている情報を いつでも話せるように
上手に整理されているということでしょうかね
何かを知っているという程度では
本棚に本を並べたみたいなもんですからね
それだけでは欲しい情報を探し出すのには手間が掛ります
やはり 気になったページに付箋を貼るなり
折り目を付けるなりして 探しやすくしすることで
はじめて 情報も生きたモノになるわけですわな
「できる奴」 人のことはよく分かるんですが
自分はどうかと言えば ・・・
最近磨いでいない刀みたいなもんでしょう
切れないけど 突いたらそれなりの効果はあるでぇ~
ってな感じですね
手間が掛る
多くのことは
こんな情報化社会ですから
簡単に調べることが出来るものですが
調べることができたからといって
何か創造することができるかと言えば
それは 無理なお願いっていうことになりますわな
本当に情報を読み込んで
生きた情報として活用しようと思ったらですね
情報に躍らせれてですね
痛い思いをたくさんしないとアカンのです
このスタンドは コンパクトで机においても邪魔にならないし
デザインもなかなかなもの その上安いときていますから
ぜひ 使ってみて下さい って言われて
ついつい買って帰って 机に置いてみたら
確かにコンパクト
確かに机の邪魔にならない
確かにデザイン性もいい
ただね 暗い!
こういう風にですね
人というのは 間違える権利を行使し
何度も痛い思いをし
何度も悔しい思いをし
何度も後悔をして
あ~こういうときは
こう考えるのかって分かってはじめて
やっとこさ
情報をチョッと批判的に読み取ることが
出来るようになるわけです
考えてみますと
ワテら一般人というのは
賢くなるのに 時間と手間が掛りますな
やるならいま
今度 これが終わったら あれを始めようって
良くいうじゃないですか
でもね
そういう風にいうときって
いつまで経っても あれは始められないものですな
もし
あれをやりたいと思ったら
いま 何か別のことをやっていたとしても
同時に準備を始めるくらいの心意気じゃないとね
いやね
忙しくって思うように本が読めないんですという
言い訳を良く聞くんですけどね
じゃ いつになったら忙しくなくなるわけ?って
聞き直しますとね 応えられないわけです
なぁ~に 忙しいは単なる言い訳に過ぎないわけでね
仕事を先延ばしにしてしまう言い訳と何ら変わらないわけです
これ やりたいな
これ やった方がいいな
これ 将来 役に立つかもしれない と思ったら
やるならいまと覚悟して 時間を作らなきゃね
でないと いつものように 後で後悔しまっせ
新陳代謝
業界に関わらず どんな仕事をしてきたとしても
歳を取るということは 経験を重ね 知識を蓄え
多くの知恵を身に付けているものですよ
そう いつの間にか
部下が出来て 組織の責任者になっていて
それなりの地位についているものですよね
でも
思うんです
知識や知恵という奴は昔のままじゃ駄目だってね
歳を取りますと
やっちまうんですな
自分の経験の範囲の中だけで
ものごとを判断してしまうっていうことをね
ですから
自分の気持ちの良い思考プロセスを邪魔するような
環境の変化や 周囲からの改善の申し入れに対して
「この歳になって そんなことをやれと言ったって無理だ」とか
「私の経験からすると これ以外考えられない」とか
「このスタイルが私なんだ いまさら変えられない」なんてね
自分が楽に出来ること以外は 拒否してしまう
そんなことをやっちまうんですな
こんなことで良いわけありませんわな
こんなことをしていては 使い古したマニュアルに過ぎません
やはり ここは
プロとして仕事をしている限りにおいては進化し続ける覚悟をもって
知識や知恵の新陳代謝を促す必要があると思うわけです
そうしましたらね
世の中は何というか分かりませんけど
生涯現役っていう奴も不可能じゃないんですわ
エへへへ
若い奴らに鬱陶しいと言われながら長生きしてやりましょうや
プライドは捨てなさい!だって
プライドという奴は
人の自分への評価と自分自身が自分に下している評価が
ほぼ一致していますとね 静かに寝ているものですが
こいつが若干狂いましてな
他人の評価が思っていた以上に低かったりしますとね
「プライドを傷つけられた」って言いながら
打ち合わせの席を立ってしまうなんていうこと起こるわけです
でも
良く良く考えてみますとね
人の評価なんて これほど当てにならないものはなくってね
我々も無責任に良く言っているじゃないですか
「政治ってね誰が総理をやっても同じさ
どうせ官僚が政治を司っているわけでしょう
今回の総裁選なんて興味ないし~」 なんてね
自分達の生活に これほど直結した話題にも関わらず
我々一般庶民というのは 今日の自分の生活の方が優先してしましてね
他人がどうなろうと知っちゃこったないわけです
そうなんです
人の評価なんて 全く当てにならんのですわ
ですからね
思うわけです
世の中の人が自分に対して何か発言することに対して
見栄を張って 一喜一憂しても意味がないってね
だったらですよ
人の評価に左右されてしまう「プライド」なんかですよ
ハードルを上げていては 年から年中
自尊心を傷つけられることばかりになりますからね
シンドイですわな
ならですよ
最初から プライドのハードルを低く設定してさえおけば
他人から良く思われたいとか
他人からの評価を高くしたいだとか
人の話に対して分からないなんて言えないなんてね
無駄なストレスを貯めなくて済むわけで
そうすれば 元気に楽しく過ごせると思いません?
いやね
プライドをずっとずっと低く押さえて 小さなものにしますとね
人が近付いてくるようになりますからね 友人知人が増えますし
いろんなことを教えてくれるようになるものです
効果覿面ですよ
我々って
社会に出たとき「プライドを持って仕事をしなさい」と
最初は 先輩から教わるわけですが
ちょっと仕事が出来るようになりましたらね
今度は 無駄なプライドは捨てなさいっていわれるわけですけど
こうして考えてみますとね
「プライドを捨てる」ということは
「プライドを低く抑えなさい」という意味だったことが分かりますね
もっと早く気が付いていれば
無駄なストレスに悩まされることもなかったのに~なんてね
改めて思いますね