情報の入手方法が限られていますから
いつの間にか無意識のうちに
思考の選択肢が狭まれているものです
こいつはな昔こんなことがあって酷い目に合わされた
こいつの言うことなんか信用ならん
この会社はこの程度のもんやて
付き合うに値せんぞ
これはこうしなきゃ駄目なんだ
それ以外は認められんのじゃ なんてね
わざわざ自分の人生を狭く狭くしようと
しているんじゃないかって思うような
思考パターンをしてしまっているんですね
最近 ノマドワークなんて言葉がもてはやされていますが
その評価って見事に分かれているじゃないですか
ノマドワークなんてフリーター達のやることで
ちゃんと働けない奴がやっていることさ とか
昔から喫茶店やホテルの喫茶コーナーを使って打ち合わせなんか
やっていたけど ノートPCが普及してからはちょっとした仕事を
会社以外でもするようになったんで それをノマドワークなんて
言うようになったんだろうね とか
会社に勤めるという囲われた社会から契約的な社会へと
変化していく中で 個人が働く場所や時間を自由に選択できる
時代へ移行し始めたんだと思います。
自分で仕事をコントロールするワークスタイルそのものが
ノマドワークなんだと思います といった具合に
いろんな見方 考え方 評価の仕方ってあると思うのですが
なかなか 普通はそこまでは考えが及びませんよね
でね
思うんです
自分の中に無意識のうちに出来上がってしまっている
思考のパターン 思考の選択基準といったものを
やはり 時にはクラッシュさせてしまって
思考のパラダイムシフトをしなければ
ならないんじゃないかってね
ひとつの情報に対して
ひとつの意見しか持っていないって
自分の未来の選択肢をわざわざ摘んでしまっているような
気がするわけです