2012年11月6日火曜日

デジタル頭とアナログ思考


夢だと誤解している自分を解き放つ


目標まっしぐらに突っ走っている方というのは美しい
ロンドンオリンピックの選手たちの姿には感動させられました

でもね
ワテら一般庶民はですよ
オリンピック選手のように明確な目標って持てないじゃないですか

だからでしょうかね
巷で素敵だとか 理想的だとか 夢のようだなんていわれていることを
自分の目標に違いないなんて思っていることってありません?

クラブの綺麗どころにモテタイとか
白金に住んでリッチな生活をしてみたいだとか
ベンツのような高級車に乗れるような高給取りになりたいなんてね

やってみたら大したことなくてね
クラブの美しい女性にもてたからって何になんの
白金に住んだら生活費が高くついて叶わんし
いまオシャレなのはエコカーであって維持費の高い車はダサいやね

でね
思うわけです

自分が漠然と思っている憧れのような夢をですね
上位3つくらいをですね 捨ててしまうんですよ

そうしましたらね
日常生活がずっと楽しくなるんじゃないでしょうかね

そうしますと
上位に来る夢がグッと現実味を帯びると思うわけです

私なんざ 夢といえば
世界から嘲笑されている日本が目を覚まし
世界から尊敬される日本になるお手伝いをすることですな
ガハハ グッと現実味があるでしょう!





人から嫌われたくないですか?

そう言えば
最近の若い方というのは
人から嫌われたくないという思いが強いためなのか
人の顔色をうかがいながら
発言したり行動したりしている気がしますね

だからといって
人とのつながりが強いかというと
そうでもなく 自分の付き合いの輪も
広がっている風ではないですね

小さな集団から 除者扱いをされることを
異常なまでに恐れている そんな気がします

子供たちだけでなく
大人になっても同じかもしれませんけど
小さな組織での苛めというのは
この「人から嫌われたくない」という強い思いが
過剰な反応を生んでいるような気がするわけです

でね
思うんです

人から良く思われたいという気持ちを
捨て去ってみたらどうだろうかってね
他人の評価を気にしなくてすむようになると
自分のやりたいコトに純粋に向き合うことが出来ると思うんですね

そうすりゃ
人からとやかく言われない
自分の生き方や個性っていうものが見つかる可能性が
高まるように思うわけです

見栄や人の評価を気にして生きていますとね
所詮 人の評価なんざ移り気なもんですから
自分を見失うことになるわけです

もし 自分のビジネス人生を面白くしたいと思ったなら

まずは
「人から嫌われたくない」なんて八方美人の発想を
捨て去ることが 大切やと思いません?




おもしろきなきコトをおもしろく

仕事でも勉強でも
あんまりやりたくないなぁ~って思うこと
たくさんありますわな

これ面倒臭いし とか
これオレに向いていないし とか
これ親の遺言でやってはいけないと言われているし とか
逃げ口上はいくらでも出てくるものですが

避けて通れないことも多いわけで
「イヤイヤだけどやっているよ」なんていうことになるわけです

でね
こんな風に おもしろくもないコトを
イヤイヤだけどやらなければならないとき
おもしろくするコツという奴があると思うんです

それは
歴史を紐解くことなんですね

私って 経理が苦手でしてね
昔 元帳に手で記入する仕事をやらされていた頃は
なぜか1ページが訂正の横線だらけになりましてね
もう 何度も何度も全頁を転記し直させられたものです

それがトラウマになりましてな
いまでも経理ソフトにデータを打ち込んでも
どこか自分の入力したデータを信頼できなくてね
時を置いては何度も何度も見直しているんですよ

いやね
こんな嫌いで苦手な経理処理も
こんなもの考えた奴が難いと思いましてね
簿記の歴史を調べてみたことがあるんです

そうしましたら
福沢諭吉が複式簿記の原点を作ったんだって知りましてね
へぇ~と思いましてね

それからですよ
経理処理がそんなに嫌いでも無くなったんですね

なぜって
何かいいじゃないですか
福沢諭吉がですよ 机に向かって難しい顔をしながら
筆で簿記の記載をしていてですよ
私が良くやったように 間違って記載したりしましてね
横線で項目を消しながら「チェッ!」何て言っている様を
思い浮かべるだけで 何かうれしくなりません?

これって自分が諭吉になった気分ですよね
帳面が間違っていたことに気が付いて
クシャクシャクシャって紙を丸めて
ポイって投げ出すシーンなんか思い浮かべたりしますと
もうワクワクしますよね

おもしろきなきコトも
チョッと歴史を紐解くだけで
おもしろくなる これっていいですよね




見方を換えてみる

まだ 一応 現役でベリベリ働いているワテですので
絶対に正しいとは言えないかもしれませんけど

どうも 人生という奴は
生きてゆく中で 必ずドッカ~ン という感じで
不調の波がやってくるときというのが 誰にもあるみたいなんですね

そんなとき
いくら むかしの自分を悔やんだり
いまの不幸を嘆いてみたりしたところで
少しは胸の空く思いをすることもあるかもしれませんが
そんなことを続けていますとね いづれは煮詰まってしまいましてな
新しい未来に続く発想には至らないわけです

この状況から抜け出そうとしますと 本当にパワーが要りましてな
人格まで変わってしまった なんていう話も聞くわけです

でね
やはり思うわけです

人生という奴は 短期で一喜一憂する戦い方は止めてね
長期戦で戦うことにして

自分に向いた仕事と
遊びと 家族や友人と過ごす時間を大切にしながら
うまくゆくことも うまくゆかないことも
何もかも一緒に楽しんじゃう自分を演出しちゃうわけです

そんなことをしていましたら
何か 元気に毎日が過ごせるような気がしません?




切り替え自由自在

確かに
生きていりゃいろんなことがありますからね
楽天主義でないと やってられませんわな

日頃は通らない道を
たまたま通ったら 時間指定の左折禁止で
曲がった途端 目の前に白バイが現れて切符を切られた
なんていうことってあるじゃないですか

そんな時
一生の不覚 天は我を見捨てたもうた と思うか

時々 こうやって切符を切ってもらわないとね
大きな事故に合わないためにお札を
買うたみたいなもんやさかいね と思うか

これは 大きな違いですね

トラブルが起こったときこそ
楽天主義万歳っていうことなんですが
とはいうものの
いつもそうとばかりはいきませんね

事業計画書を書くのに
資金が足りないときは 競売でひと穴当てて補充する なんて
変てこな事業計画を立てちまうことになりますからね

でね
こうすることにしたんです

ここはシンドイから 楽天主義で乗り越えたいと思ったなら
「いまからチャラ男になりますスイッチ」を
押すことにしたんですね

プチっと押しますとね
まぁ~ものごとというのは そんなもんやわさ
気にしない 気にしない
またチャンスはあるさ って思っちゃうんですね

では
そのスイッチとは ・・・
そりゃ~ 秘密さぁ~ね 教えてなんかやらない




伸るか反るか

 ひと昔前からすると
日本も変わったなと思うことがあります

それは
評価の多様化とでもいいますかね
押し付けのモノの価値観という奴が減ったことです

立派な大人になりなさい
人さまから後ろ指を差されない生き方をしなさい
大志を持って生きなさい などなど
作り上げられた価値観で
大人達から年から年中小言を言われる
なんていうことが無くなりましたね

バブル崩壊前後辺りからでしょうかね
築きあげてきた大人達の自信が崩壊し
個性の重視
モノの価値観の多様化
オタク文化の台頭 などと
生き方の選択肢が急に増えたような気がします

いやね
こんな社会の変化に伴って
仕事との付き合い方も変わったじゃないですか

出世しなくとも自分の時間を大切にするサラリーマン
正規雇用に固執しない仕事との関わり方
ノマドワークのような個を重視した仕事の仕方 などなど

仕事に対する思い入れという奴が薄くなった分
何かしら ITや世の中の便利さに便乗してですね
上っ面をさらうような軽いビジネスが増えたような気がするわけです

ちょっとしたアイディアや
ちょっとした成功体験
ちょっとした実績程度で
一流になった気分になっちまっているんですな

でも 確かに
ひとそれぞれの思いがあり
ひとそれぞれの価値観があり
ひとそれぞれの生き方がある のがいまの日本なんですから
それでもいいんでしょうけど

やっぱりね~
いまのままの自分を評価して欲しい
なんていう態度をされるとウンザリしますわな

人生において
やっぱり 伸るか反るかという勝負を
何度かやったことのある人でないと
その人の人間力という奴は
育たないんじゃないかっていう気がするわけです




等身大

最近は
無理をしないで
自分のありのままの姿で生活をするのが
格好いいと言われているんですよね

ちょっと昔は
ちょっとだけ粋がって生活をする
痩せ我慢の生き方が格好いいと
言われていたような気がするんですが
いつから変わってしまったんでしょうかね

いやね
思うんですよ

若者からすると
ワテら年寄りは汚い生き物じゃないですか
ウザイとか何とか言ってロクに話を聞こうとしませんけど

ただ ひとつ
彼らには出来ないことがあるんですね

それは
オジサン達は 突っ張って生きてきた分
若者達より知恵があり
賢く振る舞う術を知っており
居るだけで それだけで存在感があるんですな

若い奴らは
行動を起こすエネルギーを持ち
既成権力と戦う情熱と権利を持ち
何より失敗を繰り返すことが許されていますけど
情報化社会の中で 行動を起こす前に
さっさっさと検索して 良い悪い 無駄 無理を
判断してしまうんですね

自分の体を張って戦ってきたおじさん達の
沈黙の戦艦のような存在感には叶わないでっしゃろ
ざま~みろってんだ

でもね
若者達も いずれは歳を取り
同じように 若者達に胡散臭がられるときがくるわけで

その時 若者を威圧できるような経験をしていないと
寂しい思いをしてしまうような気がするわけです

ですからね
等身大の生き方というのもいいですけど
ちょいと背伸びをするくらいの生き方も
時々混ぜておいた方がええような気がするわけです




仕事が好きなわけ

仕上 決算書や目論見書 報告書を読むことが多いのですが
そんな時 教科書的な分析はホドホドにして
少し視線を傾けて楽しむようにしています

それは
この書類を書いている人の気持ちになって読むことなんですね
目隠しをして 像の足や鼻 牙を触って像を想像すると
全く別のモノになってしまうという
情報を読み取るときの戒めみたいな話があるじゃないですか

それを 逆手に取りましてね
書かれている情報を正確に読み取るという
教科書的な情報を読み込むのではなく

書いている人が
どんな情報を元に
どんな気持ちで
どんな効果を狙って書いたのかを考えて楽しむわけです

ある時は 自信過剰では? と思うことがありますし
ある時は 会社の悲鳴を感じることもあります
また ある時は 未来に可能性を感じることもあるんですよ

こいつが 仕事の好きな理由のひとつかもしれませんね




忙しいほど静けさを感じる

2時間後の大学での打ち合わせ
どうしよう 資料が出来ていない
いまから移動を開始しても1時間はかかる
さて どうしたものか

他の仕事に手を取られたために
こんなことになっちまった
なんていうことが
昔は結構頻繁に起こっておりました

この なんと言いますか
パニックになった状況というのは不思議なもので
周りの景色が ゆっくりと動くような感じになるんですね
ヒトの声も 遠くから聞こえてくる感じなんです

そうなんです
自分の周りだけが静かになるんですね

こうなりますとね
行動するのは簡単でしてね
移動の電車の中で椅子に座って
無我夢中にPCのキーボードを叩くことが出来るんです

もちろん
周りのヒトのことなんか 全く気になりません

2時間後 資料としては若干の問題を抱えてはいますが
電車の中で作り上げた資料を元に
打ち合わせをしている私がいるわけです

オモシロイですわな
集中力という奴は
外の騒音を遮断する力があるんでしょうね

都会の中で静けさを感じたくなったなら
人通りの多い喫茶店なんかに出掛けて行って
本を読んだり PCで仕事をするとうのもいいかもしれませんね

あっ
ノマドワークって流行っているそうですが
あれって 周りの騒音が気にならないのかなって思ってましたけど

考えてみれば
理にかなった仕事のスタイルということだったんですね
私もやってみますかね




締め切りを設ける

不思議ですよね
締め切りまでに時間がたっぷりあるときのレポートより
他の仕事が忙しくて 締め切りギリギリになって
大慌てで書きあげたレポートの方が出来が良いんです

後で読み返してみて
オレッていいこと言うじゃん なんて他人事のように
思ってしまうほどの出来だったりするわけです。

多分ね
これって 集中力の違いから起こるんでしょう
締め切りが迫っているという危機感が
火事場の馬鹿力と言われる奴を
引き起こしてくれるに違いありません

でね
思ったわけです

人間という奴が 土壇場にまで追い込まれると
もの凄い集中力が発揮できるのなら
日頃から自分の中に締め切りを設ける癖を
付ければいいんじゃないかってね

そうすれば
自分の平常の状態の 数倍の仕事が出来るだろうし
仕上がりも 日頃よりいいものが期待出来ますわな

しかし 問題は締め切りに間に合わないと
締め切りを破る癖が付いてしまうと
元の木阿弥になってしまうというリスクがあります。

そこで
一度決めた約束を破らない自分を
誰にアピールするかですね
相手を間違うと鬱陶しいことになりますからね

ひとまず
うちの愛犬リクと約束をしておくことにしましょうかね。
彼だったら チーズで黙らせることができますから安心です。




情報との付き合い方

ひと昔前は
新聞や雑誌を切り抜きましてね
スクラップブックなんていうものを作っていましたな
これがまた あっという間に切り抜きが溜まりましてね
分厚くなったスクラップを眺めながら
こんなにたくさん情報があるんじゃ
必要な情報を探し出すのも大変やな って思ったもんです

確かに
スクラップという奴は
切り抜いた情報を活用するのが目的な筈なのに
いつの間にか スクラップを制作することが目的に
なってしまっていた処がありましてね
実質 役に立っていなかったんじゃないでしょうかね

そこで考え直しましてね
ビジネスにおいて 情報と向き合うときのルールという奴を
自分なりに作りまして 戦っているわけなんです

それはですね
何でもかんでも 自分のものにしようとするんじゃなくて
以下の3つの視点から情報を区分し
このカテゴリから外れたものは
自分には縁の無かった情報だと割り切ってしまうことなんです

1、オモシロイ話のネタになるかどうか
2、二度も三度も読み直したいと思う情報かどうか
3、私の好きな作家・学者・評論家が書いたものかどうか

こうやって 情報と覚悟を持って接していますとね
もし 人との会話の中でらないことが出てきましてもね
慌てませんでね

自分が拒否してきた情報の中にあった話なんですから
素直にその方に教えて下さいと言って 教えてもらうんです
知らないことは 恥ずかしくもなんともありませんよ
だって それ以外の情報については
それなりに 頭に入っているわけですからね

でも 知らないことがあっていいのかと言われれば
まぁ~ そう言われれば
知らないことはない方がいいとも言えますが
見栄を張っても仕方ありませんからね

どんなに歳を取っても
素直に「すみません 教えて下さい」って言える自分を
心掛けているつもりなんです

ただね
Evernote なんて便利なツールが出来たじゃないですか
最近 このパワーの凄さに圧倒されていましてな
情報との付き合い方について
もうちょっと欲張ってもいいかなって思っているところです

やはり
ツールという奴は 使いこなさないとね~
何か どこかで悔しいって思っちまうわけです
けっぱらなきゃね・・・




記憶をすること

ついこの間のことだと思っていましたけど
もう5年くらい前の話になんですね
以前 会社を紹介する番組で
ケーブルテレビに出演したことがあります

ホンマニ恥ずかしかったですけど
ちょっと楽しい経験でしてね
懐かしい思い出のひとつなんですが
実は 番組としては結構手が掛ってましてね
オリジナルのキャラクターなんかもいて
静かな人気番組だったんですよ

でね その番組の
プロデューサー兼ディレクター兼AD兼
カメラマン兼シナリオライターの方が
わざわざ脚本を用意していただいたりして
当日 撮影に入ったわけですけど
その時 愕然とする事実と向き合う羽目になったわけです

驚いたことに
全く台詞が覚えられないのです
愕然としましたね~

部下たちは
長い台詞も 平気でこなしているのに
私はアカンノデス

私の台詞待ちの時間なんかあったりして
何度も取り直しなんていうことになったわけです
最後は
どうしようもなくて
カメラの横に かんぺを用意していただいて
どうにかその場をやり過ごしたわけですけど

もう それからというもの
記憶に対するコンプレックスは
半端なもんやありません

何か記憶に留めておかなければならないことがありましたら
ペーパーナプキンのような紙切れにメモを取り
手帳にメモを取り
手の甲にボールペンでメモを取る
(看護師さんがやられていたので真似しています)

さらに
キーワードを口ずさんでみたりして
頭に焼き込むことに必死になっているんですね

こんなんじゃ 長生きはできません
そんなにして 記憶したことも
右見て 左を見ましたらね
綺麗さっぱりと記憶は消えているんですな

まぁ~
メモが何重にもしてありますから
思い出すことは出来るんですが
これが また 思い出すのに時間が掛るんわけです
ホンマニ トホホ ですわ

でね
苦労に苦労を重ねて ひとつ辿り着いた記憶術
いや 違いますね
記憶したいことを 憶えるんじゃなくて
忘れたことを 思い出しやすい記憶術という奴を
最近やっているんです

それはね ・・・
ひとつのことだけを記憶しようとせずに
いろんなことを関連付けて
一緒に記憶に留めるようにすることなんです

例えば シェールガスなんていう言葉があるじゃないですか
この単語を正確に記憶に留めるというのは
本当に骨の折れることなんですよね
シュールガス?
シールドガス?
シールズガス?
こんな似たようないい方をしている内に
どうでもいいやっていう気になってしまうんですな

そこで
やるわけです 情報をドンドン膨らませて
何度もキーワードと触れてしまうわけです
シェールとは泥や砂が固まって出来る頁岩のことをいい
シェール層から採取される天然ガスのことを
シェールガスという

発電用の天然ガスの代替えとしてシェールガスが注目されているが
イヒの旭化成では 石油の代わりにシェールガスを使って
合成繊維や樹脂の原料を生産するらしい なんてね

こんだけ 何度もシェールって言い続けますとね
いつでも 記憶から呼び起こせるわけです
ただね 手間暇掛りますわな 仕方ないんですけど・・・

あっ そうそう
こんな記憶方法をやっていますからね
シェールガスを思い出すときのキーワードは
イヒの旭化成 だったりするわけです

旭化成のテレビのコマーシャルを見ていますとね
頭の中にシェールガスっていう単語が思い浮かぶわけです
オモロイですわ




無知の知

ずっとずっと前の話
高校生の頃 サマースクールに参加したとき
講師の先生が 受験勉強ばっかりやっている
私達に向かって投げかけたキーワードでした

一生懸命 突っ張るのは若さの証拠 大いに結構
でも ひとつ知っておかなければなりませんよ
歳を取り あなた方の視野が広がったとき気が付く筈です
いまのあなた方が いかに無知であったか

自らの無知を知れば
人と謙虚に接することが出来るようになり
素直に人の才能に敬意を払うことができます
無知の知 大切にして下さい

この言葉が発せられたとき
それまで ざわついていた教室が一瞬でシーンとなりました
夏になる度に思い出すワンシーンです。




大儲けよりボチボチ

この世からおさらばするとき
ワテの人生結構いけてたんじゃない って思えるには
どうすればいいのか ちょっと考えてみました

でね
思い至ったのは

歳を取るまでに大儲けをして
老後は楽隠居する なんていう人生ではなくて

歳を取っても現役でボチボチ稼げる仕事を
ギリギリまでやれることではないかなってね

そのためには
これまで 積み上げてきた知識や経験は
大切な財産ですから 必ず棚卸をして
アウトプットの準備をしておかなければなりませんし
ギリギリまで 考える力が衰えてはなりませんから
気になった本はとにかく買って
必ず読み切ると自分と約束しますし
ビジネスに関わる情報は
ひとまずお金に換算してみて
合理性の有無を判断してみる癖を持ち続けなけらばなりません

さらに
人からアホちゃうかって言われるような
アイディアを出し続けることも必要ですね

そして
もうひとつ

生き方として群れで移動する羊になんかになるんじゃなくて
獲物を探してウロウロする眼光鋭い一匹狼となりましてね
同じように ビジネスのチャンスを狙っている
狼たちと その時を待つ覚悟をすることじゃないかって思うわけです

そう言えば
ダンス・ウィズ・ウルフなんていう映画がありましたね
やっぱ 狼って 男の憧れなのかもしれません

ただし ワテの場合
狼じゃなくて 熊の方が似合うかもしれませんな
いずれにしても 獣には近いような気がします




努力のベクトル

ワテら一般人は
あいつは頭がいいからな~
あいつは才能があるからな~
あいつはセンスがいいからな~

一生懸命努力をしているつもりなのに
一向に結果が伴わない自分に対して
こんな言葉を 念仏のように唱えて生活しているわけですが
一方で ビジネスシーンでこんなことも聞きますよね

キミの今回の地道な努力は 必ず報われるときがくると思う
引き続き頑張ってくれたまえ なんてね

「お客さんを毎日50件訪問してこい」という指示を請けて3か月
地道にノルマをこなしたきた営業マンに放たれた言葉だとしますとね
多分 やることはやったんだけど 成果は全く出なかったという
マネージャーのマネジメントミスの典型的なパターンなわけですわな

我々の日常には
こんな成果の伴わない努力を強要されることって
結構あると思うわけです

確かに
ひと昔前 上司の指示通りに仕事をすることは
組織で仕事をしてゆく上で 大切なことだと教えられてきました

でも
現在は そんな悠長なことをしていますとね
せっかくのビジネスチャンスを逃すことになりますからね
沈黙を保ってはならないわけです

成果の伴わない指示を請けたなら
一旦はやってみて すぐに改善案を出すなり
あるいは 指示の撤回を求め 別の方策を提案するのが
現在のビジネスのあり方だと思うわけです

もし
その提案が受け入れられなければ
転属を申し出るくらいの覚悟が必要なわけです

でね
改めて思うわけです
努力をするということは 確かに大切なことで
ある意味 黙々と努力することのできる方というのは
ひとつの才能だと思うわけですが

もし その努力が
結果を伴なわないものであるなら
言い換えるなら
向かっているベクトルが間違っているならば
ビジネスに参加しいる者として
その努力を継続することは 恥だということです

考えることを止め 指示待ちの仕事をするような
イノベーションを怠ってしまっている輩は
組織に莫大なロスをもたらしてしまうことを
決して忘れてはならないわけです。




情報の付加価値

情報という奴のことを
特別なモノ
例えばインサイダー情報のようなものだけに
付加価値があると思ってしまっているところがありますね

確かに
ここでしか聞けない裏話という奴は 面白いですが

でもね
良く考えてみて下さい

そんなモノ ワテら一般庶民にとって
何の役にも立たないわけでしてね
テーブルトークのひとつのネタとしては
面白いのかもしれませんが
それを元に 論文を書くわけにもいきませんし
ネットなんかにアップでもした日には
何が起こるか予想することすらできませんわな

そうなんです
特にビジネスにおいては

インサイダー情報のようなものは信憑性に疑問がありますからね
重要な判断をするときは 慎重に扱う必要があるわけです

先日 ヤルタ会談の密約情報が公開され
ロシアが7月末時点で参戦することが決まっており
当時の日本軍は 正規のルートから
その情報を入手していたことが分かりましたね

当時 ロシアを介して停戦の根回しを進めていた政府は
その情報を握りつぶしたことが分かりました
もし 停戦を7月時点で行っていたのなら
原爆も千島列島のロシア支配も無かっただろうにと
残念に思うわけですが
情報の選択の難しさを改めて教えられた話でしたね

このように
情報という奴は 
陰で何かゴソゴソやっていますとね

日陰で交わされる情報にこそ信憑性があって
正規に入ってくる日光消毒された公の情報という奴は
軽薄なモノのように映ってしまうんですね

実は これが怖い

ビジネスでトラブルに巻き込まれてしまう原因のひとつに
この情報の読み間違いという奴があるわけです
情報化社会の現在だからこそ
情報の信憑性を読み間違わない自分なりのルールという奴を
用意しておかなければならないような気がします

「旦那 ここだけの話なんですがね・・・」
これ 絶対といっていいと思いますね
悪意に満ちた 危険な情報ですわな ガハハ




資格を取る意味

資格の勉強をする若者たちと話をするとき
いつも言っていることがあります

資格の勉強というのは
資格を取得することが目的ではなくて
その資格を取り巻く世界のボキャブラリーを
勉強することであって 何か偉くなるためのモノではないわけです

ですからね 合格したからって喜んでいる場合じゃなくて
資格は その世界に入るチケットを持ったに過ぎず
合格というボーダーラインを越えたその瞬間からは
その資格の世界の一番ビリに立っているわけでしてね

そう
自分以外の人達は 若干の同期を除いて
みんな先輩ばかりなわけです。

考えてみたら 大変なことですわな
資格という奴は
資格の勉強を通して
業界のボキャブラリーを覚えたに過ぎない自分と
常にチャンと向き合う覚悟が必要なわけです。




目標を達成するルート

仕事をするにあたって
目標を明確に持っているだけでも
とても幸せなことだと思いますが

もうひとつ
目標を達成するためのルートを
正攻法以外にも複数持っていることは
もっと幸せなことだと思うわけです

「これをやるには これしかない!」
というメッセージは 信頼されているリーダーが発っしますと
確かに人を動かすかもしれませんけどね

組織を動かす責任者の立場からすると
これほどリスクの高いメッセージはないわけです

良く言われるように
山頂に向けての山登りのルートは 複数あるわけですが
目標へのルートも複数用意することが
ビジネスにおけるリスクヘッジの基本だと思うわけです

いやね
思うわけです

目標へのルートを複数用意していますとね
目標へのルートを切り開くチャンスが
増えることを意味すると思うわけです

もし
本気で目標達成を考えているのなら
「これをやるには これしかない!」 なんて
陳腐なメッセージを 決して出してはならんのです。




通販ショップの常套手段のひとつ

通販ショップの常套手段のひとつに
いまから30分以内にご注文いただいた方に限って ・・・
なんていう追い込みのセールストークがありますね

こいつに載せられて
ついつい衝動買いをしてしまったことのある方というのも
おられるんじゃないでしょうか

いやね
いつも思うんです

これってね
グローバル化に伴うにあたって 日本人の欠点だと教え込まれた
「日本人は組織で仕事をしているから即断即決をしない」という
常識からすると少し違っていますわな

30分以内に 買うか買わないかのジャッジを
日本人もチャンとやるじゃないですかね

確かに ビジネスにおけるジャッジと
個人向け商品を購入するか否かのジャッジとは
違うのかもしれませんが でも即断即決出来るという事実は
やはり事実ではありますわな。

でね
思ったわけです

通販ショップで衝動買いをしたときは
後で 反省することが多いと聞きますからね
本来ならば じっくりと情報を集めて調らべてから
判断すべきところを 売る側が それをさせないが為に
即断即決を求めているとするならば・・・

グローバル化に伴って
「日本人は組織で仕事をしているから即断即決をしない」という
常識は 外国人が商売を優位に運ぶために作り上げた
でっち上げの情報ではないかということです

日本人は 製品の仕様なんかを読んで他商品と比較検討する
なんていうことは 普通にやっていますからね
外国人が日本に何かを売り込もうと思ったとき
本気で調査されたら 困ることが沢山出てくるから
すぐに決めなさいって 脅しているんじゃないでしょうかね

やっぱり
ビジネスで「急いで決めて下さい」って言われたら
相手を疑って係る必要がありそうですね

逆に
「急いで決めて下さい」なんて言ったら
相手に警戒されてしまうとも言えますね。




デジタル頭とアナログ思考

ビジネスにおいて
人と面談をしなければならないとなったら
先方の情報をどのようにして収集されますか?

まずは 会社のHPですね
Webニュース等に掲載されているトピックスでしょうか
それから 社長のBLOG 出版書籍
さらに 最近ではソーシャルメディアに登場されている方も多いので
Twitter Facebook Google+ といったメディアにも
手を広げることになるんでしょうかね

こうやって情報を収集し
書かれている内容を編集するという行為が
デジタル頭でしょうね。

そこで まとめ上げられる情報というのは
「~は ○○○である」 という
決めつけられたモノの集合体になっているはずです。
でもね
ヒトって そんなに単純な生き物じゃないじゃないですか

会社での顔
家庭での顔
愛おしい人の前での顔
嫌な奴の前での顔
尊敬している人の前での顔
馬鹿にしている人の前の顔
憎んでいる人の前での顔
感謝している人の前での顔
同じでいる訳にはいきませんわな

たとえ
顔の表情を変えないで その人の前に立つようにしたとしても
体全体から放たれるオーラという奴は
誤魔化すことなんか出来ないのが人間という奴やと思うわけです。

でね
思うわけです

実際に情報を読み込んで分析をしてゆくという行為においては
「~は ○○○である」という
結論めいた情報から少し遠ざかりましてね
アナログ思考をフルに使う必要があると思うわけです

では
人と面談をするときのアナログ思考とは何か?

それはね
世の中に溢れているデジタルな情報を見て
その人はどんな風に思っているだろうかって考えることなんですね

喜んでいるのか
怒っているのか
楽しんでいるのか
困っているのか
前向きなのか
後ろ向きなのか
諦めているのか
もう一度ひと花咲かしてやろうと思っているのか ってな具合に

相手の気持ちを盛り込んで
情報を読み込んでゆくわけです

そうやって準備しておけばですね
相手の方とお会いしたとき
会ってはじめた分かったことに対する感動が大きくなるわけです。

デジタル頭とアナログ思考
両方持っておかんと この情報化社会においては
故意に編集された情報に騙されてしまうっていうことですな。




人生で一番の損

新人くんに勉強してる?って聞きますとね
「忙しくてかないません 勉強する時間なんてないんです」
なんていう答えが良く返ってきます。

確かに 残業をされてから家に帰りますとね
本を手にとって勉強しようなんていう気持ちにはなりませんわな
風呂に入って ビールをプハァーってかっ食らって寝る
これに勝るものはありませんわな 

仕方ありませんな ・・・ で終わってしまうと
何や やっぱりそうやんか となってしまいますけど

しかし
実際は逆なんですね

本気で自分に投資する時間を設けようと考えましたらね
時間という奴は いろんな処に転がっているもんなんです

一生懸命仕事をしていると思っていましてもね
どこにいったか分からなくなったモノを探す時間
行き詰った仕事に途方に暮れてしまいボーとする時間
お茶をすすりながらぼんやりと景色を眺めている時間
・・・ こんな時間って結構ありますでしょう?

こんな時間が多いのは
自分の能力の限界まで仕事をしたことがないからなんですね

明日までに 大学に向けた企画書を3本書き上げる とか
3か月で10本のマーケット調査の報告書を上げる とか
半年で100か所の遊園地へ遊技施設の組み立て作業を実施する とか

一度
眼の前の光景が 夢なのか現実なのか何か良く分からないくらいの
極限状態に陥る処まで徹底的に頭も体も仕事漬けにしてしまいますとね
モノを探す時間が いかに無駄な時間かを知ることになりますから
日頃から モノの整理整頓には気を付けるようになりますし
仕事が行き詰ってしまったら 周りに迷惑が掛ることを
身をもって知りますから 躊躇なくヒトにアドバイスを求めますし
お茶をすすりながら ぼんやりすることが
いかに贅沢な時間の使い方かを知ることになりますんでね
眼の前には必ずメモ帳が置いて
仕事の進捗状況などをチェックしたりするものなのです

そうなんです
時間という奴は
忙しくすればするほど生みだすことが出来るんですね

でね
思うわけです

もし 自己投資の時間がないなと思ったらですね
仕事に対するプロ意識がまだ甘いと反省しましてね

自分の人生での一番大きな損害は
時間と労力の無駄であることを
もう一度考えてみる必要があると思うわけです。




決めるということ

いまの世の中
常にジャッジは素早く行なわなければ
時代に取り残されてしまうなんて思い込んでいる節がありますね。

切り返しの見事さは
テレビを通して見ていますと良く出会います

ニュースにおけるコメンテーターとキャスターのやり取り とか
ネタをふられて パットこたえる芸人さん とか
来年の景気動向を聞かれて 天気予報のように答える経営者 とか
見ていて気持ちがいいなんて思ってしまいますね。

素早く決断できるヒト
気の利いたコメントができるヒトこそが
頭の良い人ということになっています。

でもね
思うんです

ビジネスにおいては ちょっと違うような気がするってね

考えてみて下さい
決断が早いということは
ものごとを単純に捉えているとも言えるわけで

もっと売上を伸ばさなければならない
なら もっと商品ライブラリを増やして数多く売ればいい

最近 残業が多くて困っている
なら 定時に照明を落とすようにすればいい

社員のモチベーションが落ちている
なら 成果報酬制度を導入すればいい なんてね

コインの裏表のようなジャッジをすることをいうわけです。
確かに 端から見ますと素早い決断をしているように
映るかもしれませんがね

ものごとを一面からしか見ていないからこそやってしまう
典型的なミスジャッジとしか 私なんぞは思ってしまうんです。

確かに
これは正しい これは間違っているという
我々は試験で○を貰うための勉強を長くやっていますから
ついつい 世の中を正しいことと間違ったことのふたつで
捉えようとする傾向があるんですが

ビジネスにおいては
白黒判断できないような 曖昧なことが多いわけで
こんな状況になったら こう処理をするようになんて
プログラムを書くようにはいかないもんだと思うんですね。

判断を下すというのは
試験回答を書くときのような良い悪いが判断基準ではなくて

曖昧な情報が交錯する中で
「こういうリスクもあるが 現時点では我々はこうする」 
という風に 矛盾する情報の中で苦渋の選択をすることこそが
決断をするということだと思うわけです。




トラブル時の見積もり

ビジネスにおけるリスクという奴は
出来るなら避けて通りたいものですけど
歩道を歩いていても絶対交通事故に合わないなんて言えないように
絶対安全なビジネスなんてあり得ないと思うわけです。

ですから
何か始めようとするとき
リスクが高いからという理由だけで躊躇してしまうなんて
ナンセンスだと思うんですよ。

でね
思うんです

何かことを始めるときは
どんなに対策を施したところで
トラブルや予期しない出来事 想定外の事故というのは
避けて通れないものだと覚悟しましてね

そのリスクに対する 損切りのボーダーラインを用意することと
そこに掛る費用を準備することだと思うわけです。

ビジネスに携わるもの
本気で仕事をしたいと思うなら
トラブル時の見積もりを適格に出せるスキルを
身につけなはれというわけです。



人にお願いすること

人に何かをお願いすることを
自分の能力が足りないことを公にしてしまう
恥ずかしい行為であると考えておられる方って
結構おられますよね

確かに
誰にも頼らず仕事が出来るなんて
理想的なビジネスマンじゃないか なんてね
思ってしまいますけど

良く考えてみて下さい
野菜ひとつを買うにしても
生産者 運送会社 卸会社 小売会社 ・・・ ってね
いろんなヒトや組織のバックアップがあってこそ
自分が購入できるわけで
私は人の世話になんかなったことがない なんて
偉そうに言ったところで
人にお願いしなくて済むような人生って
あり得ないっていうことですね

でね
思うわけです

どうせ 人にお願いしなければならない成立しないビジネスなら
「いやぁ~ あなたからの依頼なら喜んでご支援させていただきます」
っていう風に言われる自分でありたいってね

ですから
こう考えるようにしているんです
人が頭を下げるときの気持ちを考えながら
人と接するようにしようってね

自尊心も
プライドも こっちに置いておいて
「ちょっと 教えてほしいんですけど」とか
「ここは勝負処 ひとつ手伝ってはもらえないか」とか
「申し訳ない ご協力をお願い出来ないだろうか」とか

自ら信じるビジネスを具現化するために
頭を下げ お願いされるときの当人の思いというのを
ちゃんと受け止めるて 対応することが
ひいては 近い将来 自分が同じ立場に立った時
手を差し伸べてくれる仲間になってくれるかどうかの
境になるということだと思いますね。





将来のお客様

サラリーマンをしながら
近いうちに転職や独立をと考えていますとね

ついついやっちゃうんですね

上司に対して
指示命令に対してやたらと口答えをしたり
聞こえない振りをして無視してみたり
陰で同僚達と悪口を言ってみたりと

感情的な対立を生むような言動をしてしまいがちなんですな

でもね
これってあかんのよ

考えてみなはれ

転職しようが
独立しようが

いずれにしても いま勤めている会社は
近い将来 お客様のひとつになる可能性が高いわけです

経営者がどんな人で
役員はどんな業務を担っていて
決済の基準はどのようになっていて
誰が実権を握っているのか
さらに 会社の将来のビジョンはどのように考えているのか

こんな企業情報を 全くの第三者の立場で入手しようと思ったら
それは それは 大変な労力と時間を要すると思うんですね

ところがですよ

自分の勤めた会社であれば
そんな情報をみんな肌で感じることが出来るわけですし
友人知人も多いわけですからね
こんな素敵なお客様は なかなかいないわけです

ですから 
自分の勤めていた会社と対立してしまうなんて
勿体ない話なわけです

見方を変えれば
会社側からしても 自社のことを良く知ってくれている
パートナーという風に見ることもできるわけです

これを生かさない手はないですよね

でね
思うわけです

いま勤めている会社に上司がいて
将来 転職あるいは独立を もし考えているのならなおさらのこと
日頃からの上司との付き合い方に工夫をする必要があるとね。

それは
金環日食のように
上司の枠から ほんの少しハミ出るような仕事の仕方をすることです

「おっしゃる通りだと思います
 ただ こんな風に考えることも可能かと思いますが
 いかがなものでしょうか」 という風に

お客様と接するときのイメージで仕事をするわけですね

上司に気持ち良く働いてもらって
転職するときは アドバイスをもらっちゃえばいいし
転職したり独立した後は 人脈を紹介してもらったり
仕事を回してもらっちゃいましょうや

こんなアホな上司と付き合ってられるか~なんて
イジケテしまっているあなた
そんなことをしていたら チャンスを逃すことになるかもよ~




サラリーマンをしていますとね

昔 サラリーマンをしているときの話なんですが
サラリーマンをしていますとね
ついつい目先のことが気になってしまいますから

こんな仕事をさせやがって とか
あいつと一緒に仕事なんかやってられるか とか
どうしてオレが あいつの換わりをしなきゃいけないんだ とか

どうしても
会社の尺度でものごとを考えてしまっていますんでね
ちょっと冷静に考えてみれば 下らない見栄やこだわりで
気持ちよく仕事が出来なくなってしまっている自分に
気が付くんですけど でも 納得いかないわけです

ですがね
ビジネスの世界で
この人はなかなかな人やなって思うような人というのは

やらなきゃいけないと決まった仕事に対しては
愚痴なんか言わずに 淡々とこなされますし

誰かの仕事を換わりにやるということになったら
つべこべ言わずに そつなくこなされるんです

知り人が何かイベント企画されたりしたら
忙しい筈なのに ちゃんと出席されているんですね

こういう方を 「まめ」というんでしょうかね

人の喜ぶことを あるいは
人が困っているなら自分で出来る範囲のことを
出来るだけお手伝いしようという気持ちを
常に持っておられるんですね
こういう人と接しますとね ホンマに感動するわけです

ついつい
サラリーマンでいますとね
胡坐をかいてしまいましてね

社内の肩書きで世の中を見ようとしてしまうんですね
ビジネスの世界でいうところの
「出来る奴」からは ドンドン遠ざかるんですな
でね
思うわけです

知人に人を紹介されるとき 自分のことを

「~会社の部長さんです」って紹介されるのがいいと思うのか

「この人は 本当に凄い人なんですよ」って紹介されるのがいいか

まぁ~ この違いは どちらにすべきかと考えるんじゃなくて
仕事に対する美意識の違いという気がしますけど
この違いを意識して
仕事と向き合う必要があるような気がするわけです。

ちなみに私は 何て紹介されたいかと言いますとね

「この人は ちょっとユニークな経歴の持ち主でしてね」って
 紹介されるのが夢なんですよ
でも ワテのような普通の一般庶民には
ちょっとハードルが高いかなって思っています。




フットワーク

ビジネスの基本はといえば
現代はスピードが最優先されますね

でも
ビジネスの世界で生き残るためには
自分の存在感を示していないと
あっという間に淘汰されてしまうと
考える風潮がありますから

自分の仕事が手に入ったら
失敗しないように
ひとりで慎重に仕事を進めようとするわけです

そうなんです
自分のスキルの足りない部分は
必死になって勉強したりしましてね
どうにかつじつまを合わそうと努力するわけです

勉強したり
自分の欠点を直そうと努力することは
大切なことだと思うのですが

でも
結局 ひとりで仕事を取り込んでしまったために
仕事そのものがスピード感を失ってしまい
パートナーに迷惑を掛けてしまう
なんていうことが起こったりするわけです

でね
思うわけです

自分の持っているスキルを本気で生かそうと思ったなら
フットワークを軽くしないと駄目だっていうことです

ひとりで ウジウジ考えても
出てくる結論なんてタカが知れていますからね

仕事なんざ~チームで取り組んでやった方が
スピード感も出ますし いいもんが出来るのが常です
自分の出来ることと そうでないことを明確に分け
フットワーク良く動いて お願い出来る仕事はお願いして
ドンドン仕事を進めることですよね
その方が 絶対にいい仕事になりますって

ですから
私たちは ビジネスに参加するからには
フットワーク良く動くと決めておかなければなりません

その際
フットワークというのは
年齢に関係ありませんし
体型にも関係ありません
お金が少なくても
時間が少なくても
フットワークには関係ありません

そして
一番大切なのは
絶対これだ これ以外は考えられない なんて
自分の考えに固執しないこってす

結果を出すのに
いまできるベストな選択は何かって考えることこそが
フットワークを良くするコツというわけです




仕事のクオリティ

ビジネスにおいて
仕事の仕上がり具合に当たり外れの差があるのはなぜなのか
気になるところですよね

でね
いろいろ考えてみましたところ
ひとつの仮説に行きあたりました

それは
何事においてもスピードが求められる現代にあって
常に100点満点を狙って仕事をしてしまうからなんですね

100点満点を狙うということは
自分の頭の中で満点の世界を作ってしまっているということで
どうしても 自分の主張が優先してしまい
周囲の意見や市場の要求に視線を逸らして
ものごとを進めようとしてしまっているんですね

そんなことですから
自分としてはいくらやっても終わりがありませんし
いつまで経ってもビジネスの路線に載せることができませんし
コストに見合ったクオリティという発想にならないんですね

でね
思ったんです

ビジネスと本気で向き合いたいのなら
全ての仕事に100点満点を出そうなんて
ガキみたいなことは考えずに

まずは60点を目指し まだ行けそうなら
いろんな人の意見やパワーを取り入れながら
100点を目指して少しずつ進めてゆく
これに限るなってね

60点をボーダーラインに置きますとね
結果を早く出せますし
このまま続けるかどうかという重大な判断も
傷口が広がる前に手を打つことができますからね
経営的にもいいですよね

もちろん
製品開発の手を抜けと言っているわけじゃなくて
商品としては常に最高レベルの技術とサービスを
提供すべきでだと思いますよ

ただ
何もかも 100点満点を目指していたのでは
スピードが出ないわなっていう話です。




頭の体操です

日本の人口が20万に減ったって報道されていましたが
少子化と高齢化とが同時に進んでいる日本においては
この傾向は避けられないものなんでしょうね

こんな環境下で
高齢者を対象としたビジネスを考えちゃいますと

やはり
お年寄り向けの介護・福祉ビジネスということに
なるんでしょうけど
今日は もう少し捻ってみたいですね

私の知っている年寄りの方というのは
ハッキリ言いまして 私より元気ですしね
私より好奇心旺盛ですし
私よりお金持ちですわな

でね
こんなお年寄りの方向けてサービスを考えてみました

小奇麗な年配の女性の方が揃っておられる高級クラブ
ベテランのサラリーマンOBにとって
チャライ話しかできない若い女性ばかりのクラブなんて
面白くもなんともないじゃないですか

政治経済の話OK 政治財界の話OK 趣味の話OK
子供達の話OK 孫の話OK なんていいんじゃないですか

インテリクラブの出来上がりですね

では
女性をどうやって募るかですが

バリバリのOLに声を掛けましてね
現役 OB に限らず 副業を希望されている知人に
声を掛けてくれるように
お願いするというのはどうでしょうかね

とにかく
お年寄りを 病人のように扱うことを前提にした
ビジネスを考えるのではなくて
バリバリの現役時代いを懐かしく味わえるような
ビジネスモデルの方がサービスとして
輝いているように思うんですが
いかがなもんでしょうか。




寄り道 大いに結構

誰にでもあると思うんですが
試験勉強をしていたら
読みかけの本が気になって気になって仕方なくて
ついつい手を伸ばしてしまったりとか

テレビを見ていると
目の前の新聞が気になって仕方なくなり
テレビの音を聞きながら
新聞を読む羽目になったしまったりとか

翌日のプレゼンの資料を作っているのに
趣味のカメラが眼に入って妙にいじりたくなり
カメラに集中していたら
風呂の時間になってしまったりと

人というのは
どこか浮気的なところがあるもんですよね

だからといって
ものごとに集中できない自分を恥じるなんて
必要ないと思うわけです

人の成長って
右肩上がりっていうことないじゃないですか

ガタゴトした道を歩んでいるようなもんで
溝に足を取られて足をくじいいたり
石につまずいてコケテしまったり
道があると思っていたら崩落していたりと
ワテら一般人というのは 失敗の連続ですわな

だから 人生という奴はオモロイとも言えますがね

でね
思うんです

自分の成長曲線を 右肩上がりに描くからしんどいんでね
寄り道 わき道 行き止まり 大いに結構じゃないかって
思えるようなイメージを持ったらどうだってね

そう
自分の成長を 螺旋階段を登るようなイメージにするんです

寄り道なんかしながら大周りしつつ歩み続けていると
いつの間にか 一階分成長していたというイメージです

そうしましたらね
ものごとに集中できずに
いろんなことに手を出してしまう自分を

寄り道 わき道 行き止まりを経験しているということは
大周りであっても間違いなく 自分の成長になっているって
許せますしね 自信にもなるじゃないですか
エエことですな~

まぁ
天然の極楽とんぼの考え付きそうな話ではありますがね




忘れてはあきませんね

最近 本当に禁煙の場所が増えましたね
健康に害があるからということで
徹底的に排除されていますけど

これって
メタボ対策と良く似ていて
どうも行き過ぎてはいないかって思うんですよね

確かに
喫煙者もメタボ体型の方も
動脈硬化のリスクは高いかもしれませんし
発がんのリスクも高いのかもしれません

でもね
社会的な不適応者になる可能性の高いのは
アルコール依存症であり
飲酒後のトラブルですよね

確かに
飲酒運転は厳しく罰せられるようになりましたけど
禁酒法を適用しようなんて 聞いたことありませんよね

でね
改めて思うわけです
したり顔で世の中に浮遊している情報に
踊らされてはならんぞってね

やはり
この手の情報と接するには
自分なりに 情報の真意を図る方法という奴を
持っておかなければならないように思んです

それは
目の前にある情報と
過去の事例とを比較して
どこに どのくらいのギャップがあるのかを見極め
「ホンマカイナ?」って疑うことではないしょうか

そう
情報と接するときの基本は
必ず反対意見にも注意を払うということを
忘れてはあかんということでしょうね。




鵜呑み

ひと昔前まで
サラリーマンの給与というのは
若い頃は安い給与でも我慢して働いて
中高年に差し掛かったところで
肩書きも給与も上がるというスキームだったと思うのですが

いつからでしょうか
年齢に見合った給与を渡すという契約を反故にしてしまって
働きに見合っていない人材はリストラの対象とし
リタイヤしていただくなんて言い出してしまったのは ・・・

これって終身雇用に換わる成果主義の導入って言われていましたよね

同じように 雇用の流動化という言葉で
正社員が減って派遣社員やパートが増えたのも
同じ理由から発したトレンドだったような気がします

成果主義 雇用の流動化という流行りの言葉に載って
経営の基本を変えた企業のその後はどうでしょうか

時代のトレンドを牽引してきた企業が
いま軒並み 赤字に転落している現実を見ますとねゾッとします

当時 時代の主流はこうだと報道していたマスコミは
言っていたことすら忘れたかのように
中高年齢者の再就職が厳しいだの
派遣労働者の現実が厳しいだのと報道しておりますね

原因の一助を担ったに違いないマスコミの
無責任さを改めて感じると同時に
マスコミが声を大にして取り上げている
トレンドのキーワードというものが
誰かの都合によって意図的に流されているらしいことがわかりますね

ですからね
改めて思うわけです

我々 人のいい一般人は
マスコミがもっともらしく報道していること
あるいは 誰かお偉いさんが言ったことであっても

鵜呑みにしてはならないということですな

最近 同じようなことが起こりましたよね
「偉い政治家が4人集まって大丈夫だって決めたんだから
 原発を再稼働しても大丈夫なんです」って言った方が

その方は 昨日 広島におられましたけど・・・

我々はもっと賢くなりましょうや
属人的に情報を見るのではなく
属事的に情報を見るようにしましょう

特に ビジネスにおいては大切なことではないでしょうか。
信じるべきは 自分の五感ということですね。




無駄を平気でする

世の中
これまで通りに行かなくなったものって多いですよね

ほんの数年前まで
オール家電を推奨していた電力会社は
いまや節電を強要してくる時代になっちまったんですからね

オール家電のマンションなんか
今さら どうしろっていうの
ここまでオール電化にさせておいて 今さらなにさ
酷いわね 鬼 悪魔! なんて言いたくなりますわな

でもね
日本人は 強かですからね
権力者は裏切るものって心得ていますんで
平気な顔をして生活しちゃっうんですよね

マニュアルの上で生き残っている企業は
いずれは淘汰されていってしまうもんだって
我々一般庶民はみんな知っているわけです

いやね
経済が成熟した現代においては
ものごとを マニュアル通りにやっていたのでは
同じ質の商品やサービスが乱立するだけで
競争そのものが 価格競争だけになっちまって
なかなかうまくいかない時代になったと思うわけです

ですから
こんな現代だからこそ
マニュアルで 体系だてられた面の世界から離れて
掘り出し物を探すという 非効率的な点の世界へ
戻る必要があるのではないでしょうかね

点という奴は
それをたくさん集めても面にするのは
並大抵の努力では成し得ませんが
点と点を結んで 新たな面を形作るのは
出来ない話ではなかろうと思うわけです

例えば
三谷幸喜氏監督の「ステキな金縛り」という作品を
見ますとね 目茶目茶面白いって感じるわけです

そこには
監督独自の歴史観があり
法曹界や霊界といった世界にも深い見識があって
監督独自のウィットが重なってはじめて
完成することが出来た作品だと思うんですね

もちろん
至るところに 同監督の
「ザ・マジックアワー」「古畑任三郎」といった作品の
匂いが感じられたのも
ファンとしてくすぐられた点かもしれませんけどね

とにかく
一見 何のつながりもない 無駄な知識の点が
いくつか寄り集まって ひとつの面を作り上げることで
全く新しい世界観を作りあがることに成功した作品と
捉えることが出きるのではないでしょうか

もともとマニュアルなんか存在しない
映画の世界というのは
いま正に始まった新しいビジネス環境で戦おうとしている我々は
学ぶコトが多いのかもしれないと思うわけです。

自分のビジネスに対する発想を変えたいと思ったなら
映画を見ること ・・・ 妙な結論になりましたね
でも オモロイ




脳は遊ばすに限る

我々一般人は
勉強といいますとね
あまり面白くない本を ただただ記憶することだと
思ってしまっているところがありますね

確かに
ボキャブラリーが増えないと
情報を読むとか
考えるとか
人と会話するなんていうことが
スムーズにいきませんから
必要なことなのかもしれませんけど

みなさん気付かれているように
なんらかのアクションに繋がっていない言葉っていうのは
不思議なくらい 時とともに記憶から消えてゆきますよね~

そうなんです
記憶するための勉強というのは
無理やり記憶に留めようとする行為でしてね
脳のストレスと戦っているようなもんなんですな

ですから
記憶し続けるというストレスを止めた途端
呪縛から解放された脳は さっさとストレスの元を
消し去ってしまうんです

言い換えると
ワテらのような一般人は
記憶し続けることが苦手ですから
いつも脳の中がスッキリしているとも言えますね

しかし
この変化の速い社会の中で ビジネスに携わる限りは
新しい情報と触れ合うための勉強は不可欠ですし

それも
趣味程度の勉強ではなくて
ビジネスで使えないといけないわけですからね
こりゃ~また ストレスの溜まるこって です

でね
思ったんです

勉強という奴と うまく付き合うにはですね
脳へストレスを掛ける勉強だけではなくて
脳を心地よく遊ばせてやるようにすればいいのではないかとね

では
どうすうるのか

ヒントは落語にありました

寄席に行きますとね
余興で 落語家さんが三題噺をされることがあるんですが
これなんですね
新しい勉強方法として使えるんじゃないかと思うわけです

仕事の中で使うキーワードや
お客さんから聞いた情報があったとするじゃないですか
それらを 自分の頭の辞書にストックするという行為が
これまでの記憶という勉強方法とするなら
自分の脳を遊ばせる勉強とは
キーワード達を いくつか集めましてね
まさしく 三題噺のように お題を頂戴した落語さんのごとく
ストーリーを組み立てて 楽しむわけです

買い物難民
ネットショップの台頭
コンビニエンスストアーのデリバリーサービス

こんな風に並べてみた情報を
立体的に組み立ててゆきましてね
ひとつのストーリーを組み立てて楽しむわけです

過疎地だけではなく 都会の中にも
買い物に困っておられる老人の方がおられるようだけど
何か対策はないだろうか
いまは 小型トラックを改造して移動ショップのような
ことをされているスーパーの方もおられるようだけど
多分採算は合っていないだろうから
ボランティアかもしれないな
 
そう言えば コンビニの中には 近隣の地域に対して
電話注文でデリバリーサービスをするところがあるようだけど
老人やOLの方にとっては 重たいものを運んでもらえるから
便利に違いない

私ならどんなサービスを考えるだろうか
やはり ネットとスーパー デリバリの機能を融合させて
スーパーのように 毎日仕入れてきた新鮮なモノを
ネット上に開店したスーパーマーケットで販売する
なんていうことを考えるかもしれないね

地域もある程度限定して
注文後3時間以内にお届けするというサービスだったら
老人やスーパーに寄る時間のないOLさんだけでなく
小さなお子さんを持ったお母さんなんかにも
受け入れてもらえうかもしれないね
儲かるかな~

あっという間に億万長者かな
ええやないの ・・・ なんてね
こんなこを考えて楽しむわけです

そうなんです
考えようと思ったら
いろんな情報を見直す必要がありますし
いくつかの情報は追加しなければなりませんからね
その時の作業はと言いますと ・・・

ストレスの掛る勉強ではなく
心地よいアドレナリンが出る勉強になっていると思いません?

ワテの勉強は もっぱら この方法です




掘り出しモノ

仕事をしていますとね

どうしても
どこかに
持って生まれた生真面目さという奴がありましてね

仕事に始めちゃうと
周りが見えなってしまうんです

声を掛けられても 上の空ですし
飯も食べたいと思わなくなりますし
寝るのももったいない なんて思ってしまうんですね

ただね
さすがに この歳ですから
気持ちは 仕事好きのバカ者 いや 若者でしてもね
体がついてゆきませんでね

集中力が途切れ途切れになるもんですから
周りのことが目に入りますし

何か いつも小腹が空いていますから
お菓子をバリバリ食いますし

アレッ?ちょっと眠いぞと思ったら
もう机の上にうつ伏っして寝ています

まぁ~
それはそれでご愛敬ということでしょうけど

こんな無様な状況になって
はじめて気がついたことってあるんですよ

それは

集中力がブチブチ切れるようになってからの方が
セレンディピティという奴ですか
頭が寄り道を良くするもんで
掘り出しモノを見つけることが多くなったということなんです

オリンピック報道をちょっと見てみたら
仕事のヒントになるようなキーワードを拾っちゃったり とか

小難しい本を読んでいたら
どうしてもマンガが読みたくなって
本を持ち換えたら あっ! っていう閃きがあったり とか

素晴らしいと言われている 集中力から解放された方が
セレンディピティへの門は開かれるみたいなんですね

ですからね
何かやっているとき 気が散るようなことがあったら
いろんな処に散っちゃいましょう

しばらくして
元に戻ってくればいいんですからね
あれも これも どれも これも みんな
「オモロイやないか」って思える人生って楽しいじゃないですか

その上
もしかしたら セレンディピティ という
ご褒美があるかもしれませんしね




怖い上司

サラリーマン時代
頭を悩ませたのが 怖い上司って奴です

とにかく声が大きくて
何か気に食わないことがあったら
すぐに飛んできて ガミガミ食いついてくるんですね

それにね
大きな声をしている割には
内容が陳腐でしてね

昔お前はこう言った けしからん
昔お前はこんなことをした けしからん
昔からお前は上司に対して失礼だ けしからん ってね

現状のことをろくに聞きもしないで
昔 頭にきたことがあったんでしょうね
私を集中的に攻撃するわけです

声が大きいだけに
隣の課まで聞こえてしまいますもんで
毎日のように怒鳴られているワテは
余程のアカンタレやと思われていたみたいです

でもね
ある時 思ったんです

この上司が怒鳴れなくなるには どうしたらいいかってね

帰りに一杯なんてね 媚びるのはコリゴリですしね
家族ぐるみでお付き合いをする なんていうのも苦手ですし
これまで怒鳴られ続けていることに対して
自分なりの意見をブツケテ黙らせるっていうのも鬱陶しいですわな

でね
考えたんです

この上司より 賢くなってやれってね

上司と交わす会話で登場するキーワードに
磨きをかけることに注力してみたんです

当時は 今のように入門書みたいなものがなくて
小難しい専門書ばかりの中 経済や経営 マーケティングなんて
いまでも 頭痛がするような書籍を片っぱしから読み漁ったんです

ワテとしては 上司との戦いですからね
本来ならば小学校の頃から勉強嫌いで
すぐに勉強はそっちのけってなるところですが

 必死だったというこも手伝ってか
飽きることもなく結構続けることができたんです

そうしましたら

少し世の中が見え始め
少し考える力が備わり
少し人との話に幅が出るようになったんですね

一番驚いたのは
新聞を読んでいて 意味の分かる記事が増えたことです

そうしている内に
いつの間にか
あんなに五月蠅かった上司が
全然怒鳴らなくなったっていたんですね

ざまぁ~みろって思ったんですが
静けさを勝ち得た喜び以上に
これが切っ掛けで勉強に対して
大嫌いだというトラウマが払拭出来ましてね
私としてはそちらの方が嬉しかったですな

いまも その上司には感謝しているんですが
でも なぜ急に怒鳴らなくなったのか
ずっと気になるところではありました

ある時 上司に呼ばれて
プロジェクトの説明をしているとき
その理由が分かったんです

「受験生でもないのに
 あんなに必死に勉強している君をみて感動したんだ」 だそうです

あんたをギャフンと言わせるためだったんですよ とは
さすがに言えませんでしたけど

人って 何かに打ち込んでいる姿を見ると感動するもんだなって
その時思ったんですね。

その上司は
その後 独立されましたので
その後も 長いお付き合いをさせていただきましたけど
私の若い頃の懐かしい思い出のひとつです。

いやね
オリンピックの選手たちの必死になっている姿を見ていましたらね
ちょっと 昔の上司の言葉を思い出したんですわ。




贅沢

仕事にもうひとつやる気が出ないとか
もう会社を変わりたいとか
新しい仕事に就きたいとか

まぁ~人生にはモチベーションの上がらない時というのが
ちょくちょくあるもんですね

そんな時は
就職サイトなんかに登録して
自分に相応しい仕事って何だろうかとか
もっと条件の良い会社ってないだろうかとか
この際だから 新しい人生を歩みだそうかなんてね

いろいろ足掻くもんです

でね
そんな時はですね

行動を起こす前に
ちょっとだけ 時間を使ってですね
自分に鞭を入れるつもりで
自身の棚卸という奴をやるべきやと思うわけです

まず
履歴書を書いてみますでしょう

それから
職務経歴書を書くんです

後は
自分をもっと理解してもらうために
これまでの作品やBLOG facebook といったものを
人に見てもらいやすいように整理をするわけです

そこまでやってからですね
本気で頭を使うわけです

いまの仕事を10年後もやっているとしたら
同じ品質の仕事を
同じ量だけこなせるだろうかってね。

いまの仕事が
何らかの条件が整っていないと出来ないものだとしたら
職務経歴書に書いた
自己PRの文章が心元ないものになるわけです。

大口受注をバンバン捌いているやり手営業マンだとしても
会社の看板と潤沢な予算があって
はじめて可能な仕事であったのなら
転職する先も限られるでしょうし
独立するなんて
危険極まりない選択ということになるわけです。

でね
思うわけです

自身の棚卸をしてみて
いまの仕事に対する不満が
自分の実力を過信したものだったとしましたらね

何事もなかったように
もう一度 真摯に仕事と向き合い直しましてね

まずは
いまの仕事を
10年後も粛々とやっていられるように
自分の時間を作るために
残業を減らす業務プロセスの改善をしたり

部下を指導できるように
コーチングの勉強をしてみたりと
仕事のイノベーションを実施するわけです。

その上で
もう一度 モチベーションが上がらない という
贅沢な時間を味わってみましょうや。

気が付かれると思いますよ
悩む時間があるって 何て贅沢なんだろうってね。




競争が苦手な人の作戦

昔の話ですが
幼稚園で遊んでいる子供たちを見ていましたらね

運動場一杯に広がって 子供たちが遊んでいる中にあって
砂場でひとりポツンと座って
何かゴソゴソやっている友達がいるんです

気になりましてね
覗き込んでみましたら
その辺の落ち葉を集めては
積み上げているんですよ

ただ それだけなんですが
落ち葉を集めては 山のように積み上げて遊んでいる姿は
周りの子供たちも 気になったんでしょうか

いつの間にか
多くの友達が付近の落ち葉を持ち寄るようになりましてね
あっという間に
砂場を覆い尽くすような落ち葉の山が出来上がったんです

いやね
これって大人の世界でも言えるんじゃないかと思っているです

どんなに時間を費やしても
自分としては全く苦にならないことって
誰にもひとつやふたつはあると思うんです

そのことが
他人には関心のないモノであったなら

いわば
この世のニッチなモノのひとつということですわね

そんなもんを
他人の視線を気にすることなく
深く深く掘り下げてゆきますとね
人の気がつかない体験や知恵を
たくさん授かることになるわけです

ここで蓄積された知識は 唯一無二の情報となって
遠い将来ですね その世界の専門家 あるいは評論家
もっと進んで作り手となって
その業界に君臨することになるかもしれないわけですな。

そうなっちまったら
昔 見た幼稚園の光景と一緒ですね
人が興味を持って集まってくるんですわ

その時は
他人と競争する必要がありませんから
この厳しい競争社会の中で生き残る
ユニークな方法と言えると思いません?

ちなみに
ワテのユニークさといえば ・・・
端から見て 大変そうな仕事も
当人は至って平気でしてね
基本的に仕事が好きなんですな
ワテのユニークさといえば これになりますな




勉強を考える

受験戦争に勝ち残ることこそが
勝ち組に入る条件であった時代は
もう終わっていると思っているんですが
どうなんでしょう

学校で授業を受けているときも
親が遊んでいる私を見つけたときも
会社で一生懸命仕事をしているときも

いつも言われましたよね

「勉強しろよ」ってね

この勉強って
成功者という勝ち組になるために
必死で勉強して自分の能力を開発して
勉強しない奴らより優位な立場になれる
そんな処から発せられている言葉でしたよね

確かに
世の中のほとんどの方が そう思っておられるでしょうし
それを実際に実証された方もおられるかもしれませんね

でも
それって
ひとつの面でしか見ていないと思うわけです

例えば 
試験でいい点を取るための勉強をして
立派な資格を取られたとして

そのことによって
その方々を勝ち組とした 成功者として定義したとしましてもね
所詮は
負け組と区別するためのものでしかないんですね

そうなんです
勝ち組になったとしましてもね
その人の一生が
必ず充実したものになると言えるのかというと
そうでもなくてね

端からは成功者ともたはやされたとしても
当人にとっては 毎日
人に裏切られるのではないかと 不安で仕方なかったり

権威権力という看板に守られていた組織が
最近の社会構造の変化によって
瓦解してゆく光景を目のあたりにして
鬼の形相で いまの地位を守るために走りまわる毎日であったりと

一見幸せそうな勝ち組の皆さんの生活も
本当にそうなんだろうかと 疑いたくなる現実がありますよね

でね
思ったわけです

どうせ生きてゆくなら
勝ち組とか負け組といった
端から評価される価値観に流されるのではなくて

日々の生活や 仕事や 知的な作業の中に
自分が没頭出来る おもしろさ を感じられる
そんな 打ち込める何かを持つことの方が
一生を満喫できるのではないかとね

自分のお気に入りの場所で
自分のお気に入りの人達と一緒に
自分のお気に入りの道具を使って
自分のお気に入りの勉強を
自分の気が済むまでやるということ
これって最高の幸せのような気がするわけです

もちろん ここでいう勉強ってね
テストで100点満点を取るための勉強を
言っているんじゃありませんぞ
自分の世界観や可能性がドンドン広がり
継続的な収入を可能とし
知的満足観を感じさせくられる

子ども頃でいうところの
自由研究のような勉強のことを言っているわけです

こんな勉強って
本気でやろうと思ったら
大人になんなきゃ出来ませんからね
しっかりと楽しみたいもんです
これって贅沢な時間の使い方やと思いません?




ひとまず行動するこっちゃ

ビジネスに携わるものというのは
毎日の仕事の中から多くのことに気づき 学び
そして行動するものですわな

行動しすることで
うまくいったり いかなかったり
周りから褒められたり 怒られたり
鼻高々だったり しょげかえったり と
それなりの結果が得られるわけで

その結果こそが
新しい知恵となるわけです

でね
思うわけです

ビジネスに携わるもの
自己啓発のために 本を読んだり
研修・セミナーに参加したり
異業種交流会のようなものに参加したり って
するじゃないですか

その時
「これは 仕事で使える」って閃くものがあっても
行動を起こそうとはせずに 頭の引き出しにしまっちゃうか
綺麗に過去のこととして忘れ去ってしまうじゃないですか

これってもったいないと思いません?

「こいつは 何かに使えそうだ」って思ったら
朝のミーティングで ちょっと話してみるとか
次の会議で発表するために 情報を整理してPPTに落とすとか
企画書にまとめて 組織を動かしてみるとか ってね

ひとまず
何らかの行動を起こしてみるべきやと思うわけです

起こした行動は
全部 自分の大切な経験としてインプットされるわけですからね

何か閃いたら ひとまず行動しなはれや