ひとり
年末になりますと
「正月に年賀状を届けたければクリスマスまでに投函して下さい」なんてね
良く考えればヘンテコなことを言われて それを当たり前のように受け入れ年
賀状を書いているわけですが 年賀状を書きながら思うのは
ひとりでいる時間を大切しなきゃいかんなということです。
数年前ですが ひとりで年末年始を東京のアパートで過ごしたことがあります。
世間の常識からすれば 孤独で寂しいということになるわけですが
年末の比較的人の少ない浅草に行ってみたり
原宿をウロウロしてみたり
静かに本を読んでみたりと
寂しいなんて思う間もなく 充実した時間を過ごしたことを覚えています。
世の中では
ひとりでいることは寂しいとか
ひとりっきりは孤独だということになっていますけど
ひとりで立っていられないと人と支え合うことすら出来ないわけですから
慌ただしい年末にこそ少し時間を作って
ひとりについて考えてみたいものです。
悪口を言いなさんな
ひと昔前の話ですけど
「俺の悪口を言っているそうじゃないか
そんな卑怯なお前なんかと仕事はしたくない」 ・・・ と
人の肩を叩きながら怒鳴られたことがあります
前日 誰かと酒を飲んだ席で
誰かの言った戯れ言を鵜呑みにし
翌日 私を罵倒した
いま思い出しても吐き気がする上司の言葉です。
あまりにも情けない上司の振る舞いに嫌気が差し
このことが切っ掛けとなって
さっさと会社を辞めてしまいましたが
この歳になって振り返ってみますと
人に誤解されてしまったということはやはり
自分に何かが足りなかったんだなと
反省をするだけの余裕は生まれました。
ですがね
「人間力が無いから 疑われてしまうんだ」と 分かってはみたものの
人の悪口を言って人を貶めようとする輩には
「この無礼者めが!」と どこかで本気で怒っておりますわ
昔なら その場で果たし合いか あるいは即刻無礼打ちですな
クレグレも人の悪口は言わんことです
さらに人の悪口を言っている人にも近づかんことです
近づいたら負のオーラに飲み込まれてしまいますからね
ブツブツ
ワテは頭が弱いじゃないですか
こうやって文章を書くのも本当は大変なんです。
描こうと思ったシチュエーションを
舞台にイメージして ト書きを入れながら配役を決めて
台詞を入れましてね 自由気ままに演じさせてから
秀丸を使って徐々に文章に落としてゆくわけです。
ですからね
こんな短い文章を書くのも
実は なかりの時間を要しているわけで
これが 翌日まで持ち越してしまいますとね
ガハハ
もうあきません 折角描いたシチュエーションを
コロッと全部忘れちまうんですな。
そうなると
もう二度と手を入れたくなくなるんですね。
そうやって
闇から闇へと消えていった戯れ言が
もの凄くたくさんわるわけです。
しかしね
みなさん 頻繁にアップされているじゃないですか
文章のボリュームも結構ありますでしょう
どうやって書かれているんでしょうかね
多分
スーっと書かれているんでしょうね。
ホンマニ羨ましい限りです。
この情報化社会に
もうひとつ乗り切れていないワテの愚痴ですわ。
もっと賢い頭に鍛えておけば良かった・・・
バランス感覚
新しい取り組みに取り掛かるべきかどうかを
判断するときというのは
市場調査をして可能性を分析したり
パートナーを探してきて協力を依頼したり
お金を掻き集めたりと
目論見書を書き上げるレベルまでは
世の中に便利な情報がたくさんありますから
進めるべきスキームはある程度分かるので
まぁ~誰にでも出来るわけですよ。
ところが
実際に行動に移りますとね
求められるモノが急に変わりましてね
ここで愕然とすることが多いわけです。
求められる典型的なモノといえば
それは
冷静にビジネスを実践してゆくスキル
いわば左脳が活躍すると言われる面と
常に現実を真摯に受け入れクリエイティブにビジネスを描き直すスキル
いわば右脳が活躍すると言われる面の
両方を持たなければならないということです。
ひとりのスーパーマンのような経営者が
この両面を持っていれば それで事足りるのかもしれませんが
やはり 組織としてチームとして
その機能を持たせる必要があると思うのです。
でね
このバランス感覚という奴が
企業の推進力だと思うわけです。
いやね
私は事業計画を描くことを
このクリエイティブな側面を意識して
デザインすると申し上げているんですが
実は このスキルを新鮮に保ち続けることの難しさを
クライアントさんに分かっていただくために敢えて申し上げているわけです。
ですからね
事業を見直すときなんかは
事業のリデザイン なんて申し上げているわけです。
そいえば 県庁の方とお話をするとき
ついついいつもの癖で
「私は事業のリデザインをお手伝いしております」と
自己紹介しましたらね
「あんたは デザイン屋なのか」と
言われてしまい 慌てたことがあります。
言葉使いには気を付けなければあきませんな。
大事なモノ
最近は Windowsの検索機能が優秀になりましたから
ファイルがどこに行ったか分からないなんていう
無様なことはなくなりましたね。
ですがね
Windowsの検索機能では探せない
書籍とか書類とか宝物といった
大切だと思って ちょっと別の処に仕舞ってしまったものは
欲しいと思ったときには 絶対に見つかることはありませんね。
以前 「また ガンダムでも作るかな」と思って
プラモデル用のニッパを探したんですが
これが無いんです。
分かり易いところに置いたという記憶はあるんですが
どこにいったかは全く分かりません。
メチャメチャ落ち込みますわね。
オレってボケタかなぁ~ ってね。
でね 思ったわけです。
宝物を保管するときは
綺麗に片付けようとするからいけないんだってね。
何も考えずに置ける場所
それも
グシャグシャのまま保管出来る場所を用意しようとね。
そこで考えたのが 大きな箱なんです。
何かの拍子に大切だと思ったもんは
この箱にボンボン放たり込むようにしたんですね。
早速 やってみましたところ
あっという間に大きな衣料用のプラスティックケースが
5ヶ積み上がりました。
もう グチャグチャですから
すぐにモノを見付けるのは無理ですが
いつでも探せると思いましたらね
安心しちゃうんでしょうか
ここ最近は 宝物を探したことってないんですね。
まぁ~大したモノを はじめから持ってませんから
探すこともないのかもしれませんけどね。
そうそう
ニッパですが 先日 箱にポンポン放たり込んだ封筒の中から
ポロンと出てきました。
しかし
未だに分からないんですよ
なぜ こんな封筒なんかにニッパを入れたのかってね
今度は そのことが気になってストレスが溜まりそうですわ。
やりきること
振り返ってみますと
コンサルタントの仕事という奴は
完全にやりきったことって 考えてみますと無いんですね。
コンサルタントとして
クライアントさんをサポートさせていただいていて
例えば
これまで以上に売上が上がった
ご提案した業務フローが稼働し始めた
会社全体の業務改善への取り組みが始まった としましても
企業は生き物ですからね
全ては途中経過に過ぎないんですね
そう
何かが変われば 何か新しい課題が目の前に現れ
そして
また 新たな悩みが始まるわけです。
ですからね
コンサルタントの仕事という奴は
緊急に対応する応急処置ということはあったとしても
やはり
一気に会社を改善してしまうような
過激な処方箋を描くようなことはしてはならないと思うわけです。
でね
これからも やりきった仕事って
ないような気がするわけです。
なんかモヤモヤしますわな。
だからかもしれません
コンサルタントの方って飲み食いが大好きな方が多いんですよ
もしかすると 仕事の節目を
食事会をすることで節目にしているのかもしれませんね。
最近多くありませんイヌ嫌い
私がガキの頃は
家の周りには いつも野良犬がウロウロしていましたし
近所でイヌを飼っている家も多くて
年から年中 イヌ達の鳴き声を聞いて生活していたような気がします。
私も イヌやネコ達と生活するのは
延べでいうともう40年以上になると思います。
でもね
最近の子供達は イヌをビックリするくらい怖がりません?
うちのリクくんなんかは
ミニチュアダックスフントですからね
怖い要素なんかどこにも無いじゃないですか
でもね 子供達は怖がるんですよ。
道ですれ違おうもんなら
道の反対側にまで移動して スルーしようとするんですよ。
ホンマニビックリですわ。
いやね
いまは個の時代と言われるじゃないですか
自分の力で何かを切り拓いてゆくというのは
並大抵のパワーでは出来ないわけで
そんな生き方をしようと思う人が
自然や動物達の協力が得られなかったら
新しい文化なんか創り出せないと思いません?
日本の危機は こんなところで垣間見ることができる なんちゃってね。
そう言えば
スティーブ・ジョブズの自伝を読んだんですが
彼もジェニーという名前の犬を飼っていたようで
とても愛犬家だったようですよ。
能力よりも
「能力さえあれば何でも出来るようになりますから
皆さんしっかりと勉強して下さい」と
義務教育を受けている間ずっと教わりますし
そのことに疑問を持ちません。
ですから 受験勉強なんていうものも
まじめに取り組むわけです。
されに
高校 大学と進んでも
基本的な発想は変わりませんから
試験のための勉強というやつをコツコツとやるわけです。
そして
就職活動に入っても SIPなんて人を馬鹿にしたような試験を
されても文句をいう学生や転職者はいなくなるわけです。
もちろん
能力が高ければ 可能性は広がるかもしれません。
でもね
それは ひとりの話でしかないんです。
考えてみて下さい ひとりの能力がどんなに高くても
いまの世の中 チームで仕事をするわけですから
数人が協力してモノごとにあたる体制で
仕事に臨んだ方が可能性は広るというのが
ビジネスの常識でしょう?
ならば
そこに求められるのは包容力ではないでしょうか
包容力すなわち どんな状況に追い込まれても
冷静に対処できて 人の気持ちを読んで行動できる
そんな器の大きい人のことをいうわけです。
もちろん
そんな人は 素直な気持ちで物事を見て学ぶという姿勢を
基本的に持っておられるでしょうから
自ずと能力も高くなってしまうと思いますが
包容力があるから能力が自然と高くなったという
感じではないかと思うのです。
決して 能力が先行はしていないように思うんですね。
今後
ますます情報化社会が進めば
バーチャルな人のつながりは増えると思うのですが
だからこそ リアルな人と人とのつながりを大切にする方が
重宝がられるような時代になると思うわけです。
包容力 ・・・
そういえばいい男の条件だったような気がしますね
しかし
現代では 男女関係なく求められるのが包容力なのかもしれませんね。
白鳥美麗
本当にオモシロイ芸人の方というのは
共演している人をも笑わせるパワーがあるようですね。
いまのってる白鳥美麗は もう最高ですな。
良く 中国との交渉で
井戸を掘った人として田中角栄氏や小沢一郎氏の名前が出てきますが
同じ井戸ですが 自分の井戸を掘り当てた人というのは
やはり恰好いいですよね。
影で猛烈な努力をされているんだろうなと 改めて感動するわけです。
ただね
どうひいき目に見ましてもね
白鳥美麗は 憧れの美人ではないような気がします。
http://www.youtube.com/watch?v=0TFsPHkXDHQ
程良い重さ
鍋の取っ手のネジが緩んだもんで
ドライバーで締め直したんですが
このドライバーが プラスティック製でね
軽いのなんのって まぁ~心許ないことこの上ないのです。
力を入れたら ドライバーの方が壊れるんじゃないかと
心配になってしまいましたからね。
いやね
モノに
は 必ず重さという奴があって
その重さを感じることで
なんというか 安心感とでもいいますかね
そんなモノを感じていると思うわけです。
しかし
全てのものが軽薄短小に向かっていた時期があってからか
やはり行き過ぎちゃったものって いろいろあるわけです。
特に
工具類なんかは 適度な重さがなきゃ 心許ないですよね
でね 思うわけです
人間という奴も 少々重いくらいじゃないと 心許ないとね
ですからね 私は 痩せられないわけです。
どう考えているんだろう
人の考えていることなんか分かりっこない
これが本音ですが そうともばっかり言ってわれないのが
大人の社会という奴ですからね
何か予想する方法を考えておかなければなりませんね
単純で 分かり易くて やりやすい方法と考えてゆきますと
昔ながら言われている方法ですが
自分の感情を殺して
自分が相手の立場だったらどう考えるかと
シミュレーションするのが一番効率いいようなんです。
ここで大切なのは
自分の感情 思い込み 噂話といったものを取り払うことなんですね。
実は これが一番やっかいなんですわな。
ええもんやね
自分の意見と違う話を聴くというのは
なかなか度胸のいることですから
ついつい 相手の話を遮ったり
話題を変えてしまったり
大きな声で恫喝してしまったりと
卑怯な手を使ってしまうことが多いモノですね。
しかしね
考えてみますと
自分と意見が違うということは
反対意見と考えるから攻撃的な態度に出てしまうわけで
異論と捉えれば 自分にとって参考となる意見なわけで
聴かないともったいないんですね。
ただね
問題は誰がそれを言っているかですかね。
日頃から
相手の方を敵視していますとね
冷静に聴くことは難しいかもしれません。
でね
私は昔からね 一緒に仕事をするかどうかを判断するとき
相手の方の大人度を計るのに
この異論を最後まで聴けるかどうかを使っているんですよ。
もちろん 自分の大人度もこれでチェックしています。
自分と違った意見を
「ええもんやな」って思いながら
冷静に最後まで聴ける相手が何人もいるって
とても幸せなことやと思いません?