2012年10月31日水曜日
沈黙の重さ
沈黙の重さ
見たり聞いたり感じたりしてきたことが豊富な方というのは
言葉にするのが苦手な方が多いような気がします
でも そこにある沈黙は 言葉より多弁なときもありますね
おやじ
この歳になって やっと分かったような気がするぜ
男の沈黙の重さが ・・・
少し先の未来を予見し行動するということ
マイルストーンは、
少し先の未来を予見することが大切だというお話を
良くさせていただくのですが、
では、具体的にどんなことをいうのかという
お話をしてみたいと思います。
いろいろ考えてみたんですが、
今回、大阪府知事、大阪市長のダブル選挙が行われ、
大阪維新の会が圧勝したことを例にお話してみたいと思います。
まず、大阪維新の会が圧勝したという事実は、
お分かりのように、
すでに起こってしまった未来だと捉えることが出来ます。
そうしますと、
その先にある少し先の未来では何が起こるかを
予測することが出来ます。
多分、政府、与党、マスコミが一体となって大々的に展開した、
橋本氏に対するネガティブキャンペーンが根拠となって、
大阪府・市の議員や職員の嫌がらせや
サボタージュを引き起こすに違いないんですね。
そうなんです、大阪維新の会としては、
いまのこの時点で、
少し先の未来で起こるに違いないネガティブな言動に対して
一撃を加えておかなければなりません。
ビジネスでいうところの、競合との差別化を図るために特許申請や
商標登録をすることを意味すると思います。
・・・ で
いろいろ報道を観ておりましたら チャンとやってはりました。
記者会見の中で
「公務員としての領分をわきまえず、
政治に踏み込んだと思う職員は、潔く自ら退職して欲しい」とね。
このひと言が、ビジネスの特許並みに、
サボタージュを決め込んだ職員に向かった放たれるんですね。
「私は、記者会見で申し上げました、
公務員として不適切なモノは潔く去れと、
あなた方にもう一度申し上げる、
一生懸命、市民のために働くか、潔く去りなさい。」ですかね。
いやはや、大阪維新の会というのは、
ビジネスセンスを磨くという視点で捉えたとしても、
学ぶことの多い団体ですね。
これからも勉強させていただきたいと思います。
信頼
人から信頼されたいと誰もが思うわけですが
これがなかなか難しいわけで
信頼という奴は「築くものだ」と良く言われますね
企業などは コンプライアンスに反する行為によって
築き上げてきた信頼を 一瞬で失ってしまうなんていいます
では 我々一般人はどんな生活をすれば 信頼を得られるのか?
・・・ 考えてみました
簡単でした
ウソを言わないこと
ヒトの悪口を言わないこと
そして お喋りをすぎないこと ・・・ この3つですね
ウソを言う人間は ウソの帳尻を合わせるために
ウソの上塗りを繰り返してしまいますから
仕事を任せるなんて怖くて出来ないなんて言いますね
ヒトの悪口を言い続けると いつの間にか
あの人は表と裏があって信頼できない なんてなりますね
そして お喋りはヒトの話を聞こうとしない代名詞ですね
話を聞いてくれない相手のことは 信頼できませんわな
分かっちゃいるけどやろうと思うと難しい
だから信頼という奴は重たいんでしょうね
パーソナルコンサルタント
若い頃 営業マンとしていろいろなお客様とお会いしていましたが
中には急に元気のなくなる会社というのもあって
結構変化に富んだサラリーマン生活を送っておりました
どんなに素敵だった経営者でも
勢いの無くなった企業の経営者というのは
うまくいっていた頃の余裕はどこかに失せてしまい
鬼気に迫る迫力を感じたものです。
会社がこんなふうになる前に相談してくれれば・・・
なんて思ったりしたものですが
考えてみれば 若造に相談できることって知れていますから
時代の流れに飲み込まれてしまう会社を
どうすることもできなかったのかもしれません。
そして ときは流れ
今度は私自身が困った人を演じることになったわけです。
お陰様で 追い込まれた人間が 端にいる人に何を求めるのか
いろいろ勉強させていただきました。
そこで分かったことは
追い込まれた経営者というのは 通り一辺倒のアドバイスや
慰めの言葉なんかを言われたところで 何もうれしくなくて
どちらかと言えば そんなありきたりのことをいう人に対して
「何も分からないお前に 偉そうに言われたくはない」
なんて 逆にイライラしてしまうということなんです。
本当に悩んでいる経営者にとって 必要なモノといえば
「お前さんだけじゃないぞ 一緒にがんばろうぜ」と
誰からも相手にされず 孤独感に苛まれ
絶望の淵を歩むという同じ経験をしたことのある方から発せられる
静かな言葉なんですね。
そんな方からいただく 危機から脱するための
的確なアドバイスは 本当にありがたいものなんですね。
私が 小さな経営者の方を対象にした
パーソナルコンサルタントをしようと思ったのは
そんな経験をしたからなんです。
ひとりで苦しまなくてもいいんですよ
どうぞお話し下さいな ・・・ これが私のご挨拶です。
袖を通してはじめて生きる
急に寒くなりますと
新聞の折り込みチラシも 冬服の広告が増えますね
わぁ~安い
これ暖かそう~
今年もこれを買おう
なんていう会話が交わされることになるわけですが
いざショップに出掛けて 洋服に袖を通し鏡の前に立ちますと
これまた 心が揺れることになりますね
どんなに 気に入ったぞと思った服でも
袖を通した途端 表情が変わり
着ている人を拒否する服もありますし
これってもうひとつだけどと思った服が
袖を通した途端 ぱぁ~と明るい表情に変わり
お待ちしていましたと応えてくれる服もあるような気がします
まぁ~ 恋人や奥さん 子供達からの贈り物なら
鏡の前に立つ姿を見るまでもなく 心が小躍りしますわな
生きていること
リクとマリンの生活ブリを観ていると
人間というのは
どこからこんなに忙しくなってしまったんだろうと
改めて思ってしまいます
朝夕の食事の時間
おトイレの時間
甘えたいと思ったとき
遊びたいとき
散歩したいとき
これ以外は ズッと寝ていますもんね
BLOGやfacebookに記事を書くわけでもなく
本を読んだり 手紙を書いたりするわけでもなく
意に反するような仕事をしてお金を稼ぐでもなく
他の悪口を言って溜飲を下げるでもなく
意地悪をしてニンマリするわけでもない
彼らは そこに生きているだけで満足しているのかもしれません
我々は 生きているだけでは満足できなくなったために
不幸になったのかもしれません。
でも もう引き返せませんけどね ・・・
望まれているということ
若いときというのは
先輩や上司から
「君にぜひやって欲しいんだ よろしく頼む」と言われて
我が意を得たりと 必死で働くなんていう時期があるわけですが
いま こうやって当時を振り返ってみますと
頑張り方が違ったなと思うわけです
若いときというのは
先輩や上司から直接 何かお願いされると
私は期待されているぞと やる気がフル回転してしまい
その仕事を一生懸命することが
将来の自分の地位を保証することになると誤解してしまうんですね
若いときというのは
それはそれで 会社の現実を知る試練のひとつでしょうから
大切な経験だと思いますが
本当に頑張るのはそこじゃないということを
やはり知っておいた方がいいような気がするんですよね
PCのキーボードを打つ しわくちゃな手を見ながら
若いということの危うさと
若いということだけで眩しかった頃を思い出しては
苦笑いするわけです。
毒にもなりクスリにもなる
癌の治療で入院していたとき
体中に張り巡らされた管の一本一本を目で追いながら
この薬って 元気なとき飲んだりしたら
多分 気分が悪くなるような劇薬だよな~
いまこうして 死にかけているから
体に入ってクスリとなって活躍しているんだよな~
なんて
ボンヤリと考えておりました
元気になったいま
毒にもクスリにもなるものを見付けました
それは 夢です
夢に心躍らすとき
それは
私のクスリとなって
人生を眩しいものにしてくれるに違いありません
しかし
夢に破れたとき
それは
私の毒となって 絶望の淵へと導かれてしまうに違いありません
夢も薬と同様 イノベーションを怠ってはならないようですね
小さな目標
何かの拍子に
順調に進んでいたことがピタッと止まってしまう
これまでの自信が揺らいでしまう
生きてゆく目標がぼやけてしまう
なんていうことってありますわな
そんなとき
混沌とした自分を味わうって面白いわけですが
もうひとりの自分からすると
少しでも早く そんな自分から逃げたいと思うもの
さてどうするかですね
世にいう落ち込んで立ち止まった自分の背中を押すには
どうすればいいかということでしょうけど
そんなときは
大きな一歩を踏み出すことは諦めて
小さな小さな目標を目の前にぶら下げ
実行した達成感を繰り返し味わうことが
解決策ではないでしょうか
今日は机の上の掃除をしてみる とか
今日はいつも乗っている電車より1時間早い電車に乗ってみる とか
今日は出会った人にはこちらから明るく挨拶してみる とか
実行しやすいこんな小さなテーマを決めて
さっさと実行してしまって 達成感をニンマリと味わうことが
混沌から脱出する近道ではないかと思っています
私の場合は リクと散歩するルートを変えることで
小さな達成感を味わっています
エネルギー
何かに挑戦すると決めたとき
何かに取り憑かれたように集中しているとき
自分を支配していた呪縛から解放されたとき
自分の中にある得体の知れない
うごめくエネルギーを感じるものです
そこには
眠気や食い気や色気といった邪念の入り込む余地はありませんね
こんな沸き上がるようなエネルギーを感じるビジネスを
一度でも経験してしまうと もう適当に仕事をやっちまうなんて
ヘタレな世界には戻れないわけです。
端からこんな必死になって働く姿を見ると
アホちゃうかと思うか
クダアネェ~と思うか
それとも 羨ましいと思うか
その評価はまちまちでしょうけど
その人のこれまで仕事との付き合い方が大きく影響するでしょうね
さて わたしの場合はといいますと
やっぱり 羨ましいと思うかな ・・・ チョットしんどいけど